君の体温が私の心を弱くする

 私の彼氏は、私よりも友人を優先する人だった。

 今日も彼氏と友人たちと私で、私は隅で座って携帯と仲良し。


《要らないなら、連れてこなければいいのに》


 Twitterに書いたそれを自分で見て、苦笑いをする。本人に言えばいいのに、言う勇気がない自分に、腹が立つ。

 ぷらぷらと足を揺らして、何をして暇を潰そう、と考える。ソシャゲにはもう、飽きてしまった。

 すとん、と、私の横に彼氏の友人が座る。


「ん、……どうした?」


 友人の中で唯一私より年下で、唯一私のTwitterを知っている子。

 なんでもないですよ、と彼は、やっぱり敬語を使って首を振る。

 彼の向こうに見える彼氏は、未だ友人と笑い合って、私たちには気付いていない様子。


「彼女ならもう少し一緒にいても良さそうなもんですよね。俺そういうのわかんないですけど」


 無愛想に言った彼に、ああTwitterを見たのか、と、彼の携帯を軽く覗いて察する。


「仕方ないよ。あの人、昔からそういう人だし」

「でも、男の中で一人だけ女の子ですよ。もう少し見てあげても、」


 少し声を強めた彼は、ハッとして言葉を止める。確かに、このゲーセンには今、知らない人も含めて男性しかいなかった。

 物珍しさで声をかけてくる男性は今まで何人もいたけれど、そういう心配をしてくる男性はいなかったせいで、思わず笑ってしまう。


「大丈夫よ。一応彼氏の視界にはいるつもりだし、何かあればさすがに助けてくれるでしょ」


 そう笑いつつ、心の中では「気付かないかもしれない」と考えてしまう。それほどに私は見られていなくて、ここにいる意味がわからないほどで。

 笑っていたはずの顔を見て、彼は顔をしかめる。


「本当は、別のこと考えてません?」


 そう言った彼の眼鏡越しの目から、思わず目を逸らす。ゲームの音の中で、微かにため息が聞こえた。


「俺には彼女がいるんだぞ、って、周りの彼女居ない人たちに見せ付けるためだけに連れてきてるんだと思いますよ。見せ付けられればいいから、一緒にいる必要がない」


 そう言った彼は、いつもの周りに気を使う笑顔を振りまく彼ではなく、全力で不機嫌な顔をしている。その通りだ、と、声を漏らすしかない。

 後ろから聞こえる彼氏たちの笑みの混ざった話し声が、酷く遠くに聞こえる。距離は、さっきと変わっていないのに。

 肩が触れるほどの距離に座った彼の右手が、私の左手に触れる。


「……ごめん、さすがに勘弁して、」


 私が手を離そうとすると、彼は触れた手に力を入れた。


「嫌、です」


 こちらを見ない彼は、近くにあった鏡越しに、彼氏の動きを見ている。


「嫌、ですか?」


 そう聞いてきた彼の声は自信なさげで、でも手に入った力は抜かれなくて。


「ダメになるから、ほんと、」


 ほとんど掠れた私の搾り出した声を、彼は聞き取った。

 言葉とは真逆に、だんだんと彼の手を握る私の力が強くなる。


「ホント、彼氏さん、嫌い」


 笑顔も敬語もない、彼の初めての声に、私は崩れる。

 彼氏が私たちの方を向くまで、二時間。ずっと彼は隣で、私の手を握っていた。

 私の心まで崩すには、十分な時間だった。

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