SGS014 ソウルオーブってすごい

 元気よく返事をしたが、魔法なんてオレに使える気がしない。


「着火魔法をやってみよう。指先に炎を出す一番簡単な魔法だよ。呪文はこう言うんだ。おれの後に続いて言ってみろ」


 副長はそう言って、割と簡単な呪文をゆっくりと唱えて、自分の指先に炎を出して見せた。オレも同じ言葉を唱えて、自分の指先を見つめた。


 ――でも、炎は現れない。


「もういちど……」


 副長は同じように呪文を繰り返した。オレも真似をする。しかし炎は出ない。その後、何回か繰り返したが同じだった。オレが唱える呪文が間違ってないか、副長にじっくり聞いてもらったが、呪文は間違いないということだった。


「考えられる原因は、おまえの脳で魔力が作られていないか、ソウルの変換器が支障を来しているか、その両方か……。

 ちょっとここで待ってろ。部屋に取りに行ってくる物があるから」


 そう言って、副長は隊舎の中に入って行った。


 やっぱり魔法はダメなのか……。なんとなく、そういう悪い予感があったが、実際にそうであることが分かるとショックだった。この世界で魔法一つ使えないなんて……。


 オレはこの世界でどうやって生きていけばいいんだろう。


 ハンターになるなんて、これで絶対ムリだと分かった。副長が言うように専属従者になって体で奉仕するしかないのだろうか……。


「う、うっ……」


 いつの間にか、涙が次から次へと溢れて泣いていた。


 くそっ! オレはこんなことでめげるような柔な人間じゃない。泣くなーっ! 心の中でそう言って自分を叱りつけるが、女になって体が感情の起伏に敏感になっているのだろうか。頭に霞がかかったようで涙が止まらない。


 いつの間にか副長が戻ってきていた。うつむいて泣いているオレを抱き起して、ぎゅっと抱きしめた。


「そんなに泣くな。魔法が使えなくてもおれが守ってやるから」


 しばらくの間、副長の腕に抱かれて泣いていたが、少しずつ頭がはっきりしてきた。あっ、こんなことをしていたらマズイ……。


 副長の腕の中から逃れて、副長に頭を下げた。


「すみません……。なんだか悲しくなって泣いてしまいました」


「気にするな。生身の体の魔力なんて、実際の狩りでは役に立たないんだから。実際の狩りや戦いではこれを使うんだ」


 副長はそう言って青っぽい球体を取り出した。大きさはパチンコ玉くらいだ。


「これがソウルオーブだ。ソウルオーブについてはさっきも少し話したが、この中に変換器の機能が備わっていて、これを装着していれば高度な魔法でも使えるようになるんだ。それだけじゃないぞ。魔力を蓄積したり、スキルを使ったりできる。それにソウルを封じ込めることもできるんだ。われわれのようなハンターや兵士が原野や魔樹海で生き残っていくためには無くてはならない物さ」


 副長は小さなソウルオーブをオレに見せながら、これがどれだけ大きな力を持っているか力説した。


「ソウルオーブにソウルを封じ込めるんですか? それって何ですか?」


「ああ、そのことか。魔獣や妖魔を倒したときにな、そのソウルをソウルオーブに封じ込めることができるんだ。そうするとな、自分の魔力がぐんと高まるし、魔獣や妖魔のように限りなく魔力を使うことができるようになるんだが……。今はその説明をしている時間は無さそうだ。後でラウラにでも教えてもらえ」


「はい、分かりました……」


 魔獣や妖魔を倒して、そのソウルをソウルオーブに封じ込めたら魔力がぐんと高まるし、限りなく魔力を使うことができるようになるらしい。その話をもっと詳しく聞きたかったが、副長は面倒くさいのか話す気は無さそうだ。後でラウラ先輩に教えてもらおう。


「さっきも話したように人族の魔力はすごく弱いだろ。だからな、このオーブに魔力を溜めて、その魔力を使って戦ったり仕事をしたりするんだ。ソウルオーブの魔力は〈10〉だ。つまり人族の10倍の出力で魔法を使えるってことだ。すごいだろ。だから、おまえの体に魔力が無かったとしてもソウルオーブさえあれば問題ないのさ」


「それはつまり、これがあれば、わたしでも魔法を使えるってことですか?」


「そうだ。このオーブには魔力が溜まっているから、装着すれば今すぐでも使えるはずだ。試しにこれを装着してみろ」


 副長が言うには、装着の呪文をオーブに向かって唱えれば、このオーブを装着できるそうだ。自分に魔力や変換器が備わって無くても、このオーブがそれを備えているから問題ないと説明してくれた。


 不安に駆られながら装着の呪文を唱えてみた。


 あっ! 何かが繋がった気がする。目の前に何かの文字か記号が浮かんできて、暫くすると消えていった。なんだろ? ともかく、繋がったようだ。


「どうだ? ソウルオーブとリンクできたか? その感触が分かるか?」


「はい、何か不思議な感覚ですけど、繋がった気がします」


「よし。おまえのソウルとソウルオーブが繋がったな。その感覚をよく覚えとくんだぞ。それじゃあ、さっき教えた着火の呪文を唱えてみろ」


 指先を見ながら呪文を唱えた。すると何かがオレの体を通って指先から流れ出る感覚があって、ロウソクのような頼りない炎がオレの指先に現れた。


「できた! できました、副長!」


「うん。だから、おまえでも魔法が使えるんだ。よかったな」


「はい、ありがとうございます」


 ソウルオーブってすごい。これさえあれば……。


「だが悪いが、今はそのオーブをおまえにやるわけにはいかない。ソウルオーブは原野や魔樹海で生きていくためには必需品だ。しかも高価だ。ソウルオーブの新品は1個で10万ダールもするんだ。10万ダールがあれば夫婦が1年間楽に暮らせるし、おまえのような従者を何人か買うことができる。そう言えば、そのオーブの価値が分かるか?」


「わたしは……、つまり、自分のソウルオーブを持つことができない……。だから魔法を使うことはできないってこと……ですか?」


「今はそうだ。でもな、いずれおまえがおれのものになれば、そのときはソウルオーブをやろう。そして一緒にパーティーを組んで狩りをするんだ」


「自分がこれからどうすればいいのか……、今は分かりません。もう少し考えさせてください」


 オレはそう言って、オーブを副長へ返した。しょげているオレを副長は「元気を出せ」と抱きしめた。


「おっと、忘れるところだった。おまえにこれをやろう」


 副長は古い手帳のようなものをオレに手渡してくれた。


「それは魔法便覧だ。魔法の名前と呪文、その働きが簡潔に書かれている。おれが魔法を修得するために使っていたものだ。全部覚えてしまったから、おれにはもう不要だ。だから遠慮せずにおまえが使うといい。いつかおまえがソウルオーブを入手したときに、すぐに魔法を使えるように呪文を覚えておくんだ」


「ありがとうございます……」


 小さな声で頭を下げた。でも今のオレには自分が魔法を使うようなときが来るなんて想像もできない。


 いや……、諦めるのはまだ早い。もしかするとオレには普通の魔法じゃなくて、何か特別な能力があるのかもしれない。ラノベやゲームでは異世界へ転移させられた主人公はたいてい特別な能力を与えられているものだ。それならオレも……。

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