SGS013 オレは魔法を使えない?

 嫌な予感がする。もし魔法を使うことができなかったら……。


「あのぉ、自分はぜんぜん魔法を使える気がしないんですけど……。ええと、魔法を使えない人もいるんでしょうか?」


「いや、聞いたことがないな」


 副長はオレの心配をスルーして話を続けている。とりあえず自分の不安な気持ちは抑えて、副長の話に耳を傾けることにした。


「例えばだな、着火のような簡単な魔法であれば誰でも使える。しかしな、火砲やキュアのような高度な魔法を使えるようになるには厳しい修行が必要だ。何万回も魔法を使って魔法のレベルを高めていくことが必要なんだ」


「え? 魔法にレベルなんてあるんですか?」


「ああ。魔法には属性があって、魔法の属性ごとにレベルがあるんだ。例えば〈火〉の属性や〈水〉の属性だな。〈火〉属性の魔法を何万回も成功させれば、さらに高度な〈火〉属性の魔法が使えるようになっていくんだ。話を先に進めるぞ。次は呪文の話だ」


 呪文とは変換器に対して魔法の発動を指示するための言葉なのだそうだ。呪文は声に出して、古代から伝わる言語を正確に詠唱しないと魔法が発動しないとのことだ。魔法の種類やレベルなどによって呪文は異なっている。複雑な指示を出す場合は魔紙と呼ばれる紙に古代語で呪文を書き連ねて呪文書にして、呪文書に対する発動文を唱えないといけないらしい。呪文を覚えるのも面倒だし、古代語で呪文書を書くなんて、もっと面倒くさい。


「古代語って言うと、普段使っている言葉とは全然違うんですよね? もっと普段の言葉で発動できる簡単な呪文はないのでしょうか?」


「普段の話し言葉の呪文などは無い。遥か昔からこの古代語で呪文を使ってきたんだ。この呪文以外の言葉では魔法は使えないから、おまえもズルをせずに覚えることだな」


 うっ! バレた……。


「それともう一つ教えてください。声に出さないで、心の中だけで呪文を唱えても魔法は発動できるんですか?」


「いや、それもダメだ。声に出して呪文を唱えないと魔法は使えないんだ。魔物たちが魔法を使えないことは知っているな?」


「はい、知性が低いからですよね?」


「それもあるが、あいつらは言葉をしゃべれないだろ? ということは、呪文も唱えられないってことさ」


「それなら、魔物なんてたいしたことないですね」


「とんでもない! あいつらは魔法が使えない代わりに、魔力を使った特殊攻撃ができるんだ。以前、おれはボンジャスピガと戦ったことがある。ボンジャスピガっていうのは火毒サソリのことでな。尾に二つの攻撃針を持っていて、火と毒の砲弾を交互に放って攻撃してくるんだ。おれたちは五人のチームで戦ったんだが、三人が死んだ。おれも危うく死ぬところだったよ。運よく通り掛かった豹族の魔闘士が助けてくれたんだ。生き延びたのはおれとラウラだけだった」


「豹族の魔闘士?」


「いや、それはどうでもいい。話が逸れたが、つまり魔物は自分の体の中に魔力を特殊攻撃に変える専用の変換器を持ってるってことだ。だからな、絶対に油断しちゃダメなんだ」


「分かりました。でも、もしわたしが原野や魔樹海で魔物に出くわしたとしても、そいつが動物なのか魔物なのか区別ができないと思うんですけど?」


「魔物はな、その姿を見たらひと目で分かるさ。なにせ、醜悪な姿をしているし、すごい殺気を発散しているからな。だから出くわしたら腰を抜かさないようにしろよ」


 副長はわざとオレを怖がらせようとしているのだろうか。でも実際に魔物に出くわしたらどうすればいいんだろ?


「魔法の最後の要素のことを説明するぞ。それは材料だ。材料がいらない魔法もあるが、たいていの場合は魔法で何かをするときは材料が必要になるんだ」


 魔法によって使用する材料が決まっているそうだ。例えば炎の魔法であれば材料は空気だ。風の魔法も空気。土の魔法は土。水の魔法は空気や土に含まれる湿気や水を集めて材料にするらしい。空気や土であれば地上のどこにでもあるから特に用意する必要はない。魔法を発動したときに周辺の空気や土が材料となるだけだ。しかし予め材料を用意しておかないと使えない魔法もあるということだ。つまり魔法でも無から有を生み出すことはできないわけだ。


「キュア魔法の材料は?」


「キュアは材料を使わない。体にはもともと治癒の力が備わっているからな。キュアはその治癒の力を魔力で高めることで体の回復速度を上げる魔法だ。だがな、魔力があれば誰でもキュアができるわけではないんだ。傷や病気の具合に応じてキュアには高度な変換器と強い魔力が必要になるのさ。出来の悪いキュア魔法で治療されると、完治するのに何十日も掛かったり、傷が残ったりするんだ」


 そうすると、オレの背中の傷を完全に治してくれた人は、魔力が強くて、高度なキュア魔法が使えたってことだ。いったい誰が治してくれたんだろう?


「それと魔法には注意しておくことがいくつかある。その一つは魔法の失敗だ。いくら優秀な変換器を持っていても、魔力が低ければ高度な魔法はなかなか成功しないんだ。魔法に失敗すると10秒間くらいすべての魔法が使えない状態になるから注意しろ。戦闘中にそうなると致命的だからな」


 副長の教え方は意外に丁寧だ。


「それともう一つ注意しておくことは魔法の属性だ。魔法の属性についてはさっきも少し話をしたが、相反する属性の魔法は使えないから注意が必要なんだ。例えばな、〈火〉と〈水〉は相反するから〈火〉属性を取ったら〈水〉属性の魔法は制限が掛かって大半が使えなくなる。〈土〉と〈風〉、〈生〉と〈魂〉も相反する。だから自分が育てたい属性の魔法を使うようにしないと、後で後悔することになるぞ」


「えっと、ちょっと意味が分からないんですけど?」


「つまりだ、属性については〈火〉と〈水〉の場合はどちらか一つを選ぶってことだ。同じく〈土〉と〈風〉もどちらかを選ばなきゃいけないし、〈生〉と〈魂〉についてもどちらかを選ぶんだ。自分が育てたい魔法を選んで、繰り返し使えばその属性のレベルが少しずつ高まっていくからな」


 それにしても、魔法というのは思いのほか面倒だな。厳しい修行が必要らしいし、長ったらしくて意味不明の呪文を唱えないと魔法は発動しないし……。それに戦闘中に魔法に失敗すると致命的な状態になるとか、はっきり言って戦いには不向きだと思う。


「魔法って、呪文の詠唱に時間が掛かりそうだし、失敗もあるし、なんだか狩りや戦いでは使いにくいですね」


「そういうことだ。だから、戦いのときには攻撃魔法はあまり使わないんだ。その代わり戦う前にバリア魔法という防御の魔法を自分に掛けておくのさ。バリア魔法っていうのは体を目には見えない防御壁で包んで攻撃から身を守る魔法だ。だからな、攻撃を受けてもバリアが防いでくれる」


「それなら、バリアを張っていれば魔族や魔物を恐れることはないですね」


「それは違うぞ。攻撃を受けたダメージ分だけバリアは削られていくんだ。自分の魔力に余力があればバリアは徐々に回復するし、別の者がバリア回復魔法を掛けてくれればバリアは急速に回復する。だがな、バリア回復よりも攻撃で削られるほうが大きければ、バリアはいずれ消滅する。そのときは生身の体が直にダメージを受けることになるんだ。バリアが早く消滅したほうが戦いに敗れる可能性が高いってことだ」


「バリア回復という魔法もあるんですか?」


「ああ。バリア回復の魔法は生死に関わるからすごく重要だ。狩りをするときは普通はパーティーを組むってことは知ってるだろ? そのとき、敵の前面に出て剣や斧で攻撃する戦士と、その戦士を後方から支援する魔法使いでパーティーを組むことになる。

 魔法使いが何をするかと言うと、後方から味方のバリアを回復したり、魔法で敵の動きを邪魔したり眠らせたりという支援活動だ。バリア回復がうまくできないと戦士は倒されるし、その後、魔法使いも攻撃を受けて倒されてしまう。だから魔法使いが行うバリア回復に勝敗が掛かっていると言ってもいいくらいだ」


「でもキュア魔法がありますよ。バリアが消えて体を直接攻撃されても、キュア魔法で回復すればいいじゃないですか?」


「何を言ってる。キュア魔法の回復なんて、完治するのに何十時間も掛かるんだぞ。戦闘の最中は役に立たないんだ。傷が浅ければ何時間かで完治するときもあるがな。とにかくキュア魔法を使うのは、戦闘が終わったときに生き残った者の傷を治療するときだけさ」


 副長は思いのほか親切に説明してくれたから何となくオレにも魔法の理屈は理解できたような気がする。


「魔法の説明はこれくらいでいいだろう。それじゃあ、炎の魔法で一番簡単なものをやってみるか?」


「はい、お願いします」

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