SGS012 魔法を教えてください

 このままだと副長の部屋に連れ込まれてしまう! どうやって逃れようか?


「あの……、ええと……、副長、誰かに見られると困ります。これが隊長に知れたら副長が困るんじゃないですか?」


 副長は立ち止った。オレの手を掴んだままだ。


「……そうだな。二人でおれの部屋に入るのはマズイな」


 なんとかして、さかりのついた犬のようになっている副長をなだめないと……。


「それなら中庭のベンチで話をすれば……。ね! そうしませんか?」


「でも、それでは二人の関係が余計に目立ってしまわないか?」


「いえ、副長がわたしを訓練してるってことにすれば、誰に見られても大丈夫ですよ」


 副長の手から興奮が伝わってくる。手を握られてるだけなのに、なんだかドキドキしてきた。


「訓練って、夜中に? 男と女で? どう考えても不自然だが……」


「ええと、わたしが副長に魔法を教えてくださいって、ムリヤリお願いしたことにすればどうでしょう? 避妊の魔法も使えないんじゃ、困ってしまいますし……」


「それもそうだな。よし、中庭へ行こう」


 しまった! 余計なことを言っちまった!


 ………………


 副長とオレは中庭にあるベンチに並んで腰掛けた。中庭には月明かりが射し込んでいる。見上げると月が見えた。満月だ。


 こっち世界でも地球と同じように月が1個だけあって、満ちたり欠けたりするようだ。地球のお月様よりも少しだけ大きい感じがする。絵の中にいるような不思議な感覚だ。


 そんなことをぼんやり考えていると副長がオレの腰に腕をまわしてきた。すかさずオレを抱き寄せた。いつの間にかオレのヒザに副長の右手が乗っている。ワンピの裾をまさぐろうとしているらしい。


「きゃっ!」


 内腿を触られて思わず声が出てしまった。女の体は厄介だ。変な声を出すと却って副長の気持ちに火を付けてしまう。オレはワンピの裾を両ヒザで強く挟み込んで、手を入れられないようにした。


「ガードが固いな」


「副長、そんなことをされると声が出てしまいます。この場所でそんなことをするのはマズいですよ……」


 なんとかこの状態から抜け出そうと、オレは必死に抵抗した。非力な体が情けない。


「おまえが声を出さなかったら大丈夫だろ」


 強く抱かれて、オレは副長の胸に顔を埋めているかっこうになってしまった。


 そのとき隊舎の扉がガタッと音を立てて開いた。


「誰かいるの?」


 ラウラ先輩の声だ。


 副長は驚いたのか、オレを離した。


「あぁ、ラウラか。おれだ。今、ケイに魔法を教えているところだ。心配しないで、おまえは先に寝ていいぞ」


「……はい、分かりました。おやすみなさい」


 扉の閉まる音がした。ラウラ先輩は行ってしまったようだ。


 オレは急いで副長と離れたところに座りなおした。


「しかたないな。今夜は諦めるか。魔法を教えているってラウラに言ってしまったからなぁ」


 ラウラ先輩が現れてくれて助かった。副長の気も逸れたみたいだ。


「すみません、わたしがムリを言ったせいで」


「いや、おまえはいずれおれのものになるんだ。気にするな」


 やっぱり完全に誤解している。


 この世界で自分がどうやって生きていくのか真剣に考えないといけないのに、何も考えられないままオレは立ちすくんでいる。まるで木の葉に乗っかって水に流されていく小さな蟻のようだ。オレはどんどん流されていくだけで、自分では何もできない。いったいどうしたらいいのだろうか……。


 ………………


 それからは副長は気を取り直して魔法の基礎知識を教えてくれた。


 このウィンキアの世界では、人族や亜人、魔族であれば誰でも魔法を使えるそうだ。


「魔法なんて、おまえにもすぐにできるはずだ」


 副長は簡単そうに言う。自分の体から魔力を体の外に押し出すことで魔法を使うことができるらしい。


 ただし魔法を使うためにはいくつかの要素があるそうだ。それは、魔力、変換器、材料、そして呪文だと、副長はその一つひとつを説明してくれた。


「まず、魔法を使うためには魔力が必要だ」


 人族の場合は脳の中で魔力は生成されるらしい。電気や熱のようなエネルギーの一種と考えればいいのだろうか。


「だからな、おまえの頭の中でも魔力が作られているんだ」


 副長はそう言ってオレの頭を小突く。


「魔力が大きいほど強い魔法を使うことができる。だがな、残念なことに色々な種族の中で人族の魔力は一番弱いんだ。魔力には種族ごとの目安があって、人族が精一杯出せる魔力を〈1〉としたら、ゴブリンは〈3〉、エルフは〈4〉、ドラゴンなら〈70〉だと言われている。

 つまりドラゴン一頭を相手にするには、人族70人が一斉に魔法を出せば同じ魔力になるってことだ。だけどな、実際はドラゴンに勝てっこないんだ。それはだな、人族はドラゴンより魔力量がずっと少ないからだ。70人が一斉にドラゴンを攻撃しても、魔力がすぐに尽きてあっという間に全滅するってことだな」


 副長は魔力について丁寧に教えてくれた。


 今まで“魔力”という言葉を何気なく使っていたが、副長の説明で何となく分かってきた気がする。魔力とは、言ってみれば自動車の最高出力を表す“馬力”のようなもののようだ。


 こちらの世界では魔法で単位時間当たりどれくらいの最高出力を発動できるかということを馬ではなく人を基準にしているらしい。人族の魔力を1人力とすれば、ドラゴンは70人力ということになるのだろう。


 オレが遊んでいたゲームの中では魔法を使うときには“魔素”とか“マナ”とかいう素粒子っぽい物が必要だったから、こっちの世界でも同じような“何か”があるに違いない。そう思って副長に尋ねてみた。


「うん? それが魔力だぞ?」


 おまえは何を言っているのだ、というような顔をされてしまった。


 うーん……。どうやらこちらの世界では“魔力”という言葉はもっと広い意味で使われていて、すべてを“魔力”という言葉で済ませているらしい。例えば「魔力を溜める」とか「魔力の量が多い」とかだ。いい加減なのだな。


 ともかく種族間で魔力を比べるときや自分と他人との間で魔力を比べるときは最高出力で比べていることは確かなようだ。


「ええと……、神族が強いってことを聞いたことがあるんですけど、神族の魔力はどれくらいなんですか?」


「畏れ多いことを聞くなぁ。神族の魔力は〈1000〉くらいあるそうだ。魔力量も無限だと聞いたことがある」


 神族は1000人力か……。オレはもっと大きな魔力を予想していたから、少しがっかりした。でも魔力量は無限らしい。1000人力でずっと魔法を使い続けることができるってことだから、それはすごいことなのだろう。


「話を続けるぞ。変換器についてだ」


 副長は説明を続けた。変換器とは魔力を何か特定の作用に変換するための機能だ。例えば魔力を炎に変えたり、キュア(治癒作用)に変えたりするのが変換器ということだ。変換器は一人ひとりが持っていて、それは自身のソウルの中に備わっているのだそうだ。ただし普通の人族や魔族の場合は、そのソウルは単純な変換機能しか持っていない。そのため、素のソウルだけでは難しい魔法を使うことはできないとのことだ。その機能不足を補うためには“ソウルオーブ”という特別なものが必要なのだと副長は説明してくれた。


 その説明を聞いてオレは完全に自信を無くした。自分のソウルに魔力の変換器なんていう能力が備わっているとは思えない。オレは地球生まれのソウルなのだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る