SGS011 副長はその気になってる
サレジ隊では女の従者は隊員たちの相手を毎晩することになるらしい。2カ月後、オレにはそういう未来が待っているのか……。
「でも毎晩、違う男を相手にするのはイヤだろ? だからおれが隊長から買い取ってやる。そんなに心配するな。おれはもともと王都民だし、サレジ隊から独立することも決まっている。ハンターギルドへの加入がもうすぐ正式に承認されるはずだから、そうなれば完全に独立だ。もう家も買ってある。金も余裕があるから、何人かの従者を持つこともできる。おまえもその一人になれ」
副長は励ますつもりで言ってくれているのだろうが、オレは茫然となった。
「ちょうど良かった。この近くにおれが買った家があるんだ。見せてやろう。おまえも一緒に住むことになるんだからな。こっちだ」
副長はオレの手を取ってグイグイ引っ張っていく。
目の前には2階建の石造りの家があった。
「ここだ。どうだ、割と良い家だろう?」
少し古びた感じがするから副長は中古の家を買ったようだ。
「ここがおれのイルド隊の隊舎になるんだ。サレジ隊の隊舎よりはちょっと小さいが、イルド隊が大きくなれば、この庭を使って家を増築するつもりだ」
副長は雑草が伸びた広い庭を指差している。
「イルド隊って?」
「あ、余計なことを言っちまったな。実はな、おれが独立したらおれに付いてきたいと希望してる隊員が何人かいるんだ。サレジ隊の雇われ隊員の大半がそれを希望してる。さっきも言ったように、サレジ隊は報酬も待遇も最悪だからな。
隊員の移籍が決まったら、おれが親方になってイルド隊を立ち上げるつもりだ」
「副長、さすがですね……」
オレにとってはどうでもいい話だが、副長が自慢気に話しているので一応褒めておいた。そんなことよりも、恐ろしい未来が自分に迫っていると分かって、オレは何も考えられないような状態になっている。
副長は褒められて嬉しくなったのか、まだ話を続けている。
「それがだな、そんなに簡単じゃないんだ。移籍を希望しているのは全員が雇われ隊員だから自由に移籍できるんだが、何て言うか、サレジ親方に対してはハンターとして育ててもらった恩義があるからな。移籍についてはサレジ隊長とまだ交渉中で、穏便に移籍ができるか微妙なんだ。アンニが移籍の件に猛反対しているし、サレジ隊の中にはこの話を知らない隊員もいる。従属契約をしている隊員たちは何も知らないはずだ。だからこの話は内緒にしてくれ。隊の中で騒ぎが大きくなるのは困るからな」
アンニというのはサレジ隊長の奥さんだ。アンニが猛反対してるのなら隊員の移籍は難しいだろう。それなら……。
「わたしを買い取って専属従者にするという話も難しそうですね」
なんとかして副長の専属従者になる話は断りたい。かと言って、2カ月後にサレジ隊長や隊員たちの夜の相手をするのはもっと嫌だが。
「ええと、隊員が移籍するってことは、今まで世話になったサレジ隊を隊員が自由意志で辞めて、おれの隊へ移るってことだ。だからそういう意味では義理を欠く話になるんで、おれもちょっと心苦しい。だがおまえの場合は違うぞ。金で決着できるからな。ちゃんとおまえを買い取ってやるから心配するな」
「いえ、そういうことを心配してるんじゃなくて……」
立っていられなくなって思わず副長の腕を掴んでしまう。
「もしかすると、サレジ隊長から専属指名されることを心配してるのか? うーむ……。たしかに、あと3カ月くらいでラウラの従属契約の期間が終わる。そうなると隊長の専属従者がいなくなるから代りにおまえが指名されるかもしれないな。うーん、困ったな。おまえはこうしておれを頼ってくれているというのに……」
副長はなにか大きな誤解をしているようだ。ともかく、男に抱かれるなんて、とんでもない! しかも、このままいくと、毎晩!? 違う男と!?
狭い歩道の真ん中でふらついて倒れそうなオレ。それを支える副長。擦れ違う人たちはジロジロとオレたちを見ていく。
どうする? これは現実なのか?
いくら考えても頭は空回りするばかりで、この先の運命から逃れる方法が見つからない。袋小路に入って抜け出せない。
オレの頭は思考が止まっていた。副長に支えられながら、なんとか隊舎に帰り着いたが、よく覚えていない。
副長にお礼を言って部屋に戻ると先輩たちが待っていた。今は目の前の現実に対応しないと……。
「たくさん買ってもらえたね」
「よかったねぇー」
「あたしも欲しいなぁ」
三人に皮肉や嫌味を言われながらも着替えを済ませて、借りていた服を返した。夕食の準備をしてから遅い夕食を済ませ、汚れたワンピも洗って一日が終わった。
昨日の夜は疲れ過ぎていてそのまま寝てしまったが、今夜は自分のベッドに入っても寝付けそうにない。
ラウラ先輩はベッドにいるようだが、リリヤ先輩とロザリ先輩は部屋に戻って来ない。男たちの部屋は2階と3階にあって、狭いけれど一人ひとり個室が与えられているそうだ。その個室に連れ込まれて、今ごろ先輩たちは男の相手をしているのだろうか……。
どうしてオレは女になってしまったのだろう……。でもこれが現実だ。どうしたらいいのか分からない。頭の中は堂々巡りをして目は冴えるばかりだ。
眠れない。なんだか喉も渇いてきた。水でも飲めば気分が変わるかもしれない。
そう思って部屋から出て台所へ向かう。
あれ? まだ誰かが食堂にいるみたいだ。誰だろう?
夜の隊舎の中は薄暗い。一応、照明はある。天井や壁に張ってある魔紙に魔力を10秒くらい当て続けると、魔紙はそれを吸収して1時間くらい光り続けるそうだ。光ると言っても、ロウソクのような頼りない明るさだ。
今も廊下とその先の食堂は誰かが灯した魔紙が仄かな光を放っていた。
食堂の入口から覗き込むと……。あ……、副長が一人で飲んでるみたいだ。
副長もオレに気付いた。
「どうした? 寝ないのか?」
「はい、なんだか目が冴えて……。さっき副長から聞いた話を考えてしまって……」
「おれもおまえのことを考えると眠れなくなって、こうして酒を飲んでいる」
いや、オレはこの男のことを考えて眠れないわけじゃないんだけど。なんだか、こいつ、すごく誤解している気がするのだが……。
「おまえもその気になってるのなら、どうだ。今からおれの部屋に来ないか? おまえが黙っていれば、隊長には分からないさ」
副長はオレの手を掴んで引き寄せた。立ち上がって、オレの腰に手をまわした。すっかりその気になっているようだ。
えーっ!! 勘違いだー!! って叫ぼうとしても圧倒されて声が出ない。
副長はオレの手を掴んだまま部屋のほうへ歩き始めた。
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