SGS009 副長は親切だけど

 目の前の男は割と優しそうな顔をしている。頼めば助けてくれるかも……。


「ええと、この鳥と、そこのカゴの中にいる動物を肉にするように言われたんですけど、どうしていいか分からなくて……。それで、とりあえず鳥のほうから何とかしようと思って、カゴを開けたら逃げられてしまって……」


「なんだ、獲物の解体の仕方も知らないのか?」


「すみません。なにも覚えてなくて……」


 少し悲しそうな顔をする。したつもり……。


 あ、涙が出そう……。涙がじわーっと出てくる。


 わっ! 女ってすごい! こんなことができるんだ。


「うーん、しかたないなぁ」


 イルド副長は本当に親切だった。まず、あのジャンボニワトリ、正式にはタッコラ(大鶏)という鳥だそうだが、その解体から始めた。


 オレの代りに副長が全部やってくれるのかと思っていたら、そう甘くはなかった。


「おれが指図する。具体的に教えてやるから、おまえが捌くんだ」


 そういうことで、まず鳥の両足を縄で縛って木の枝に吊るした。すごく重い。タッコラが本当に重たいのか、自分の力が弱くなったのか。たぶん両方だろう。とにかく、ケイさん、筋力弱すぎだ。


 次にタッコラの首を落として血抜きをするらしいが、オレは刀やナイフは持っていない。


「だから首を落とすのは、副長さん、お願いします」


 そう言ってみたが、それは表向きの理由だ。生きているニワトリの首を落とすなんて、そんなことは気持ち悪くて自分にはできそうにない。


 副長は親切だった。古くなった狩猟刀があるからと隊舎の中に取りに戻って、「これをおまえにやろう」とオレに渡してくれた。


 えーっ! そんな親切、いらないぞ!


 その狩猟刀は刃の長さが30センチくらいあってズシリと重い。刃先の尖ったナタのような感じだ。鉄製か? だが錆びてはいない。


「これで首を落とせ。好きなようにやってみろ」


 そう言われても、そう簡単にできるものではない。でも、しかたない。その狩猟刀を竹刀のように持って素振りをしてみた。感覚はかなり違うが、やってみるか……。


 タッコラは魔法で眠っているのか、頭を下にして吊るされてグッタリしている。


「ごめんよ」と心の中で呟きながら狩猟刀を上段に構えて、タッコラの首をめがけて思いっきり打ち込んだ。


 ――首がスパッと切れた……かと思ったが、木の枝に吊るされているタッコラはぶらーんと揺れて向こうに行き、また戻って来る。首からは大量の血が噴き出していて、オレはもろにそれを浴びてしまった。


 副長は面白そうに笑っているが、こっちはそれどころじゃない。それこそオレにとっては一張羅の服なのにタッコラの血がベッタリ付いてしまった。


 ほんと、泣きそうなくらい情けない。そう思っていたら本当に涙がじわっと出てきた。男だったときはこんなに簡単に涙は出なかったが、どうなっているのだろう?


「いや笑って、スマン。血抜きのときはタッコラの頭を押さえて打ち込まないと今のようになるぞ。早く首を落として血を抜いてしまえ」


 それからは手取り足取り、丁寧に教えてくれた。副長は親切だが、やっぱり男だ。時々お尻も触られた。オレ一人では何もできないから、尻を触られるくらいなら安いものだ。


 羽を完全にむしって、内臓も取り出して解体完了。


 次はもう一頭の動物。イノシシにそっくりで、ダンブゥ(暴猪)という動物だ。これも副長が魔法で眠らせた。


 副長の指示にしたがって、横たわっているダンブゥの心臓近くの動脈に狩猟刀を突き入れた。今度の血抜きは気を付けたから返り血は浴びてない。


 副長はダンブゥに魔法を放った。皮膚の一部を高温にしたからその毛をむしり取れと言う。指示どおりにすると、その部位の毛が表皮ごと面白いように抜けた。すべての毛を抜くと、ダンブゥはヌード姿になった。真っ白な体が艶めかしい。


 その後も副長の指示にしたがって、前足、後足、頭を落として、内臓を取り出して解体完了。肉は部位ごとに素焼の容器に入れて、台所へ運んでおく。


「ふぁー、つかれたぁー。あ、色々教えていただきありがとうございました」


 たぶんタッコラとダンブゥの解体で3時間以上掛かっているはずだ。その間、副長はずっとオレに付き合ってくれたのだった。


「これで、おまえも獲物の解体ができるようになったろ?」


「え? でも、オ……、わたし、魔法を使えないから、ひとりではムリです」


「おまえ、魔法も忘れてしまったのか?」


「あ、はい。っていうか、魔法なんて使える気がしないんですけど……」


 もしかすると、教えてもらったらオレでも魔法が使えるようになるのだろうか? いや、そんな弱気じゃいけない。この世界で生きていくためには、魔法は無くてはならないものらしい。だから、なんとしてでも魔法を使えるようにならなきゃだめだ。


「あの、魔法を覚えるには、どうしたらいいでしょうか?」


「そうだな……。まず、ラウラたちを呼んで来てくれ」


 捜すと、三人は一緒に狩猟道具の手入れをしていた。イルド副長が呼んでいると言うとすぐに中庭に来てくれた。


 ラウラ先輩は解体の残骸を見て、それからオレに目を移し、何があったか察したようだ。


「ああ、来たか。見てのとおりだ。ケイがタッコラとダンブゥを解体するのをおれが指導してやった。どうしておまえたちがちゃんと教えてやらないんだ?」


「すみません。ひとりでは何もできないことをケイに気付かせようと思って……」


 そういうことだったのか……。


「そうか、分かった」


 副長は少し考えた後、言葉を続けた。


「まず、リリヤ。おまえの服をなんでもいいからケイに貸してやれ。今から、ケイの服を買いに行くから、その間だけでいい。

 それから、ロザリ。おまえはここを片づけろ。

 最後にラウラ。後でケイに魔法の基礎を教えてやれ。魔法が使えないのでは、ハンターとしてやっていけないからな」


「分かりました。しかしここの片づけはケイにやらせます。それが躾けですから」


 ラウラ先輩の指示で残骸を裏の畑に捨てに行った。隊舎の裏は敷地と同じくらいの広さの畑になっていて、その片隅に生ゴミを捨てて堆肥にする穴が掘られているのだ。


 街の中に畑があるのは不思議だが、どの建物も表は道に面していて、建物の裏か隣には畑を作っているらしい。街壁の外にはもっと広い畑があるらしいが、そっちは魔族や魔物が現れるおそれがあって危険だそうだ。特に女たちにとっては……。


 残骸を片づけたことをリリヤ先輩に報告すると「付いてきなー」と言われた。


 なんだか怒っているような感じだ。先輩の後に付いて自分たちの部屋まで戻った。扉を閉めると、呆れたような顔で服を押しつけられた。


「早く着替えて、副長のところへ行きな。あんたとは口も利きたくないけど、あんた、分かってないみたいだから言っといてあげる。

 あんたは、ほんと、バカだよ! ラウラ先輩から、昨日、あれほど強く言われたよねー。色気で男を惑わすな! 変なことするな! そう言われたろ。あたしも言ったよ、ラウラ先輩に気に入られるようにしなさいってね! おまけに、イルド副長はラウラ先輩の想い人だよ。あんたは知らなかったんだろうけどねー」


 どうやらオレは地雷を踏んだらしい。頭の中が真っ白で何も考えられないままリリヤ先輩が貸してくれた服に着替えた。今まで着てたのと同じようなワンピースだ。かなりサイズが大きいがウエストのところを折り返してごまかした。


 まだ頭がぼんやりしているが、部屋を出て食堂へ行く。そこにはイルド副長がいた。オレを待っていたらしい。


「遅かったな」


 やばい、ここでも失敗したら救いようがない。


「すみません、お待たせしました……」


「それじゃあ、行こう」


 副長の後についてオレは歩き始めた。

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