SGS008 従者は楽じゃない

 ラウラ先輩からの命令で、まず洗濯。この隊舎に住む二十人分を全部手洗いだ。その後は各部屋を掃除。そして食事の用意。


 どうしていいか分からないことだらけだったが、ロザリ先輩が思ったより丁寧に教えてくれた。


 食事の用意と言っても、オレが料理を作るわけではない。食材や食器を洗ったり、出来上がった料理を運んだり、そういう料理の腕前がいらない仕事をやらされた。


 今は自動操縦モードだから楽と言えば楽なんだけど、体はクタクタだ。体を自由に動かすことはできないが、「疲れたぁー」という感じは体の節々から伝わってくる。


 みんなが夕食を食べ終わった後、一番最後に余り物だけの遅い夕食を取った。

後かたずけをして食堂の椅子にへたり込んだ。さすがに自動操縦ロボットみたいなこの体も疲れ切ったようだ。


 そこにリリヤ先輩とロザリ先輩が近寄ってきて隣に座った。


「意外に頑張ったわね。あんたが来てくれて、あたしたち、すっごく喜んでるのよ。ロザリもあたしもラウラ先輩から扱き使われてるのよねー。今度からはあんたに、そういうことは全部やってもらうから、助かるわぁ、ほんと」


「あたし、1年前にここに来て下働きばっかりやらされてたの。でも、あなたが来てくれたから、あたしも少しはハンターの修行ができるようになるわ」


 なるほど。そういう事情があって、オレが来たときにリリヤ先輩たちは嬉しそうにしてたのか。でも、ラウラ先輩はどうしてあんな怖い顔でオレを睨んでたのだろ?


「それから、気をつけなさいよぉ。あんた、ちょっと可愛い顔してるからね。ラウラ先輩はあんたのこと、気に入らないのよ。

 あたしらもあんたと同じように買われてきた身だけどねー。ラウラ先輩は、ここに15年近くいるのよ。このサレジ隊でのハンターの技量は隊長の次にラウラ先輩が高いって言われてるわ。だから、同じ従属契約の身でも、ラウラ先輩は隊長や男連中からも一目置かれているのよ」


 そうか。先輩たちもサレジ隊長と従属契約をしているらしい。三人とも黄色の首輪をつけているが、あれは従属の首輪なのだ。と言うことは、オレの首輪の色も黄色に変わっているってことか。自分では見えないけれど。


 後で教えてもらったことだが、従属の契約が成立すると首輪の色が銀色から黄色に変わるそうだ。


「ねぇ、あんた。あたしが言ってること、分かってるぅー? つまり、ここでうまくやっていくためには、ラウラ先輩に気に入られて可愛がってもらえるようにすることが一番大事ってことよぉー」


 ちょっと軽薄そうな感じだが、リリヤ先輩は丁寧に教えてくれた。


「よく分かりました、先輩。ありがとうございます」


 オレの口が自動応答する。


 ラウラ先輩にゴマをすらなきゃいけないって、よく分かったけど、今、気になることを言ったよな。買われてきた身だって……?


 つまり、オレはここに売られてきたってこと? 誰に……?


 あーっ! あのクソじじい。オレをここに売ったんだ!! 親切な爺さんだと思っていたのに……。


 この異世界に来てまだ一日も経ってないけれど、オレは異世界の初日で大失敗をしたのかもしれない。それも、人生を棒に振るような大失敗だ。騙されて売られてしまったなんて……。それを今ごろ気付くって、なんてバカなんだ……。


「ずいぶん疲れてるみたいねー。部屋に行こうか?」


 リリヤ先輩の後について行くと、そこは1階の奥にある小部屋だった。狭い部屋に二段ベッドが二つ並んでいる。下の段はカーテンで内側が見えないようになっている。上の段にもカーテンは付いているが、一つだけは開かれていて、ベッドの上には雑多な荷物が置いてある。


「あんたは上の段のここを使っていいよぉー。置いてある荷物は戸棚に入れればいいからねー」


 オレは自動操縦モードのままベッドの荷物を片づけて寝床を作った。よほど疲れていたのだろう。そのまま眠ってしまった。


 ………………


「いつまで寝てるの? 早く起きなさい!」


 耳元で誰かの声。母さんかな? 昨夜は変な夢を見たからなぁ……。


 寝ぼけたまま股間に手を持っていく……。


 あれ? お腹のところから手が入らないけど……? ワンピース? ノーパン? 股間!! ――ってことは夢なんかじゃない!


「朝っぱらから、なにをイヤラシイことしてんの!?」


 目を開けて横を見ると、ラウラ先輩が怖い顔で睨んでいる。


 びっくりして飛び起きた。


 あ、体が動く。体がオレの思いどおりに動くようになっていた。


 ………………


 異世界2日目。そして女性になって2日目。


 自分が慣れ親しんだ元の世界と今のギャップが大きすぎて、心が追いついて行かない。嫌なことや面倒なことからは逃げ出したい。だけど今はそれもできない。


 そっと自分の首に手をやった。やっぱり首輪がある。夢ではない。これがオレにとっての現実だ……。


 そう自分に言い聞かせながら、オレは今、大きなタライに男たちの汗臭い下着を入れてモミ洗いをしている。


 何なんだーっ、この違和感は!!


 ………………


 ようやく洗濯物を干し終えた。ほっとしているところにリリヤ先輩が来て「次はあれだよー」と指をさす。


 見ると、荷車に乗ったカゴが二つ。一つのカゴにはニワトリをひと回り大きくしたような鳥が入っている。もう一つの大きなカゴは見るからに頑丈そうで、中は見えないがブヒブヒという鳴き声が聞こえてくる。


「それじゃ、あたしたちは別の仕事があるから後はよろしくねー」


 リリヤ先輩は立ち去ろうとする。


「えぇっ? これ、どうするんですか?」


「決まってるじゃない。お肉にするのー!」


 えーっ!! オレが固まっている間にリリヤ先輩はどこかへ行ってしまった。


 どうすりゃいいんだ?


 とりあえず簡単そうな鳥のほうから手を付けることにした。


 まずカゴから出さないと、始まらないよな。こいつ、カゴから出したとたんに飛んで逃げたりしないだろうなぁ……。


 そーっとカゴの蓋を開けて中を覗いてみる。なーんだ、図体がデカイだけで、姿かたちはニワトリと同じじゃん。トサカもあるし。


 蓋を大きく開けると、そのジャンボニワトリが飛び出て来た。捕まえようとすると、バカにするように「コケーコケーッコ」と喚きながら中庭を逃げ回る。


「おまえ、何やってんだ?」


 後ろから声をかけられた。騒ぎを聞きつけて隊舎から出てきたのだろう。たしかハンターのひとりだ。


 男は何が起こったのかすぐに分かったようだ。逃げ回るニワトリに向かって手をかざして何か呪文を唱えた。とたんにニワトリがひっくり返っておとなしくなった。


 男はオレににっこり微笑みかけた。25歳くらい、身長185センチ、筋肉の塊のような体格、彫りの深い顔立ちと笑みの白い歯が印象的だ。


「ありがとうございます。鳥に何をしたんですか?」


「タッコラ(大鶏)を逃がしてしまったんだろ? 魔法で眠らせただけさ」


「すごいですね! あの、オ……、わたしはケイと言います。昨日からここで働いてます」


 無意識に「オレ」って言ってしまいそうで怖い。できるだけ女らしく話しておかないと、中身が男だとばれてしまう。ボディジャッカーなんぞと間違えられたら大変だ。


「おれはイルド。ここの副長だ。おまえ、記憶を無くしてるんだって?」


「はぃ……。記憶を無くしてしまって……。何も分かりませんが、よろしくお願いします」


 ペコリとお辞儀をした。

 

「ああ、事情は聞いてる。隊長が留守の間はおまえを躾けるように言われている。で、何をしているんだ?」


 チャンスだ! 男が救いの神に見える。

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