SGS007 従属の首輪をつけちまった

 目の前に男の顔があった。右手でオレの顎をつまんで顔を横に向かせて、また戻す。右手をオレの首筋から胸、腰へと這わせていく。オレの体がびくっと反応すると、男はニタっと笑って手を離した。


「うん、いい女だ。ジイさん、ありがとう」


 体が動かず何も抵抗できない。悔しかった。叫ぶことも逃げることもできない。いつまでこんな状態が続くんだ!


「さっきも話したように、この娘は記憶を無くしておって何も覚えとらん。じゃから、少し手間を取らせるかもしれんが、優しく丁寧に教えてやってくれ」


 爺さんはその男からオレのほうに視線を移した。


「それじゃ、おまえさん。このサレジさんの言うことをきちっと聞いて頑張るんじゃぞえ」


「はい、ありがとうございました」


 オレの意志を無視して勝手に口が動いた。感謝の言葉に、爺さんは「うんうん」と頷きながら出て行った。


 この男が親方のサレジか……。見た目は40歳くらいだが、こちらの世界の年齢は分からない。がっしりした体格で、身長は今のオレより30センチくらい高い。モミアゲから頬まで髭を伸ばしている。元の世界でも近寄ったらアブナイ感じの人っていたけど、この男も同じような雰囲気をプンプンさせている。


 ここにいるとアブナイ感じがする。特にこの親方は危険だ。頭の中では警報が鳴り続けている。でも体を動かすことができない。これではどうしようもない。


「さて、おれに弟子入りするためには、ちょっとした儀式をしなきゃならん。この従属の首輪をつけて、おれに従うという宣誓をしてもらう」


 サレジはいつの間にか右手に首輪を持っていた。太さが直径5ミリくらいの金属の首輪で、その一部は親指くらいの長さと太さがある。やわらかい金属のようだ。サレジは輪が切れているところを開いて、オレの首にはめた。


「アブド、パルフィン、マリュセル……」


 何かの呪文を唱える。


「それでは、ケイ、おまえは、おれに従属することを誓うか? 右手を上げて誓うと言え」


 ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ……。頭の中では警報が鳴り響いているが、自分の意志とは裏腹にオレの右手が勝手に上がった。


「はい、誓います」


 言っちまった……。


 首輪がキュッと締まって、輪の感触が固くなった。全然苦しくないが、完全にオレの首に固定されたようだ。金属製なのに意外に軽いし冷たくない。


「素直ないい娘だ。これでおまえはおれの従者になった。おれに従属の誓いをした。つまり、おれの命令には絶対服従ということだ。分かるな?」


 オレは頷く。もちろん、オレの意志に反してだ。


「まぁ、その首輪をしているかぎり、おれに逆らったり逃げたりはできないがな。首輪を外そうとしたり、ここから逃げ出そうとしたりしたら、おまえはその首輪に殺されることになるからなぁ」


 サレジはおれを見ながらニタリと笑った。ただの脅しかもしれないが、もしかすると本当のことかもしれない。


「それから最初に言っておくが、この隊舎にはおれの家族やおまえの先輩たちがたくさんいて一緒に生活している。おまえは一番下の弟子だ。だから、おまえはおれの命令だけでなく、家族や先輩たちの命令にも従わなければならない。おれのことは隊長と呼ぶのだ。分かったな?」


「はい、隊長。分かりました」


「よし。それじゃ、みんな、こいつの面倒を見てやってくれよ」


 部屋にいる男たちが一斉に頷く。しかし、どの視線も何か絡みついてくる感じで気持ちが悪い。


「まず最初に、おれの女房のところに連れていく。付いてこい」


 サレジ隊長の後に付いて1階へ降りていく。1階にも広い部屋があった。ここは食堂のようだ。何人かの男女が食事をしている。そこを通り抜けて奥の部屋に入った。


 40歳前後の赤毛の女性が机に向かって何かを書いている。隊長に気づき、顔を上げた。ちょっと気難しそうな感じのおばさんだ。


「アンニ、今日から弟子になったケイだ。見てのとおり、従属の契約は済ませてある。好きなように使ってくれ」


 サレジはオレの首輪を掴みながら話を続けた。


「それから、こいつは記憶を完全に無くしちまって何も分からないらしい。ラウラの下に付けて下働きをさせながら仕事を叩きこむつもりだ。手間を取らせるかもしれんが、おまえも時々見てやってくれ」


「何も分からないような娘を弟子に取って大丈夫なのかい? あんたはちょっと可愛い娘がいると思ったら見境がないから、どうしようもないねぇ……」


 おばさんは「ふぅ」と溜息を吐いてからまた強い口調で言葉を続けた。


「あんたがこの娘を弟子にしたんだから、あんたがラウラに引き合わせるんだよ。ラウラは台所にいからね。それとこの娘の部屋だけど、ラウラたちが使っている部屋に入れてちょうだい」


 自分の亭主に言いたいことだけ言うと、今度はオレをじろっと睨みつけた。

 

「面倒を起こすんじゃないよっ! 何かあったらすぐに叩き売るから覚悟しときなっ!」


 怖いおばさんだ。


「はい、よろしくお願いします」


 次に連れて行かれたのが台所だ。そこで若い女性たちに引き合わされた。三人いて、見た目はみんな18歳くらいだ。オレと同じくらいの年齢に見えるが、実際は何歳かは分からない。三人とも黄色い首輪をつけている。名前はラウラ、リリヤ、ロザリだと紹介された。


 ラウラのほうが先輩格なのか少し偉そうにしている。可愛い美人だが少しキツイ感じだ。背丈はこの世界では小柄なほうだろう。と言っても、オレよりは背が高いから165センチくらいか。


 リリヤは少し面長でおっとりした顔立ちだ。ラウラよりも背は高くて175センチくらいあるだろうか。


 ロザリは三人の中で一番若い感じで背丈もラウラと同じくらいだ。顔つきは整っているが、なんとなく子供っぽく見える。


 ラウラとリリヤが筋肉質の鍛えた体つきをしているのに比べ、ロザリは手足も細くてあまり鍛えていないようだ。ここに来て日が浅いのかもしれない。


 隊長は三人にオレのことを紹介した後、とんでもないことを言いだした。


「おれは今日から商隊の護衛で弟子たちを十人ほど連れて出かける。戻って来るのはたぶん2カ月くらい先だ。それまでにおまえたちはケイに色々教えてやってくれ。まずは下働きからだ」


「はい、分かりました」


 ラウラが返事をすると、サレジは頷きながら言葉を続けた。


「それからケイを原野に連れ出してゴブリンくらいは倒せるようにしておくんだ。おれが護衛の仕事から戻ったら、ケイにどれくらい筋肉と技量が付いたか見てやるから、しっかりと鍛えておけ。ラウラ、おまえが教えるんだ。頼んだぞ。リリヤもロザリも分かったな?」


 あのぉ、ゴブリンってどういう魔物? この華奢な体でどうやって魔物と戦うんだよぉー。そう心の中で叫んでも聞こえないよな……。


「はい、隊長」


「はい、ラウラ先輩と一緒にこの娘に色々叩きこみます」


 隊長に対して三人ともやや緊張ぎみに受け答えをしている。三人にとっても、隊長は怖い存在のようだ。


 そうか。この三人のことは、ラウラ先輩、リリヤ先輩、ロザリ先輩と呼べばいいみたいだ。


 隊長はオレを置いて台所から出て行った。先輩たち三人は隊長が出ていくのを見送るとこちらに向き直った。リリヤ先輩とロザリ先輩は嬉しそうな顔をしている。しかしラウラ先輩はオレを睨みつけて強い口調でこう言った。


「あんたに先に言っておく。あたしの命令には必ず従うこと。勝手な行動をしないこと。それから、色気で男たちを惑わさないこと。変なことをやったら叩きのめすから覚悟しときなさい! 分かったわね!?」


 後輩を可愛がる気はまったく無さそうだ。

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