SGS006 ハンターへの弟子入り

 オレは今、裸の女性十人に囲まれている。それもみんな若くて美人だ。男としてはまさしく天国気分なのだが、今のオレは文字どおり手も足も出ない状態だ。


 据え膳食わぬは……なんて言葉が頭の中に浮かんできて心の中で手足をバタつかせているが、実際の体はピクリとも動かない。今の自分は手を膝の上に置いて静かに座っている。


 ガラッと扉を開けて、さっきのお姉さんが戻って来た。


 周りの女性たちが「あ、隊長、ご苦労様です」、「お疲れ様です」と言って、お姉さんへ一斉に挨拶をする。


 さっき一緒に風呂へ入ったお姉さんは隊長だったらしい。


 オレも声を出そうとするが……、やっぱりムリだった。


「うん、みんな、ご苦労様。お風呂に入ってゆっくり休んでちょうだい」


 そしてお姉さんはオレのほうを見て、にっこり微笑んだ。


「ジイが戻って来たよ。付いておいで」


「はい」


 あれ? 声が出るぞ?


 立ち上がって、お姉さんの後を付いて行く。


 でもオレの意志で動いているのではない。


 この体、いったい誰が動かしているんだ!?


 別の部屋に入って行くと、さっきの爺さんが待っていた。


「風呂はどうじゃった? 気持ちがよかったじゃろう?」


「はい、気持ちよかったです」


「うんうん。あ、隊長、ここはもういいから。後はワシに任せて、休んでかまわんぞえ」


「じゃあ、ケイ。これからの新しい生活、頑張るんだよ」


「はい、頑張ります」


 お姉さんはオレに手を振って戻って行った。


 オレの意志を無視して勝手に動く体と口。これって、どうなってるんだろう?


 あっ! もしかすると、ケイさんのソウルが戻って来たのか? そうであれば、オレは文句を言える立場ではない。元々この体はケイさんのものだから。でも本当にそうならオレはどうしたらいいんだろうか?


 それとも、ほかの悪いソウルがこの体をボディジャックしているのだろうか? もしそういうことなら、オレのソウルがこの体から追い出されたときに、オレは意識も記憶も無くして浮遊ソウルになるってことになる。つまり死ぬってことだ。


 えーっ! どうすりゃいいんだ!?


 ――爺さんはオレを見ながら話を続けている。


「おまえさんを引き取ってくれるのはサレジという名前で、ハンターの親方をしとる。ハンターギルドの中でも有望な親方でな、この街じゃけっこう有名なハンターじゃよ。あぁ、ハンターとかギルドとか言っても、おまえさんには分からぬじゃろうのぉ」


 爺さんは詳しく説明してくれた。ハンターというのは魔族や魔物の狩りを生業としている狩人のことらしい。ハンターギルドはそのハンターを支援する組合組織だ。魔物の出没情報の公開や討伐依頼はこのハンターギルドを通して行われる。


 ハンターになりたいと思ったら、普通はハンターの親方に弟子入りをするそうだ。そこで修行してハンターとしての技能を高めていくらしい。親方のところに弟子入りするなんて相撲みたいだと思った。


「もちろん、親方に教えてもらうわけじゃから無給じゃよ。じゃが寝る場所と食事はタダで用意してくれるでな。流民は王都の中で住んだり、王都の外から仕事で通ったりすることは禁じられておる。じゃが住み込みでギルドの親方に弟子入りすることは認められておるのじゃ。おまえさんにはそれが一番良い方法なのじゃよ」


 そう言って爺さんはオレの顔を覗き込んで少し顔を顰めた。


「何を不満そうな顔をしとるんじゃ。ギルドの親方に弟子入りするのは嫌かえ? 女の流民が一人で生きていくなら、もっと手っ取り早い仕事もあるのじゃが……。おまえさん、可愛い顔をしとるから、そっちの仕事の方がええかもしれんの。そっちを紹介しようかえ? ワシが最初の客になってやるでなぁ」


 爺さんの手がオレの内股に伸びてきた。自分の全身にぞわっと鳥肌が立ったのが分かった。


 イヤイヤをするようにオレの顔が左右に動いた。この体を動かしているのが誰だか知らないが、爺さんからのスケベな誘いを断ってくれたようだ。オレは正直ほっとした。


「嫌なのかえ」


 爺さんがちょっと残念そうな顔をした。


「それならやっぱりハンターへの弟子入りじゃな。弟子入りするのが不満なのかもしれんが、どんな仕事でも弟子入りから始めるものじゃぞ。商人、職人、戦士、魔法、なんでもそうじゃよ。親方に弟子入りして辛抱強く教えてもらうんじゃ。一人前になって、ひとりで仕事ができるようになったら独立できる。独立できたら自分もその職種ギルドに入るんじゃよ。とにかくギルドに入らないと仕事は回って来ないし仕入れもできんからのぉ」


 爺さんは言葉を切って、オレが理解しているか確かめてからまた言葉を続けた。


「ギルドに入れたらな、また王都民の登録簿にも名前を載せてもらえて、国民として扱われるようになるのじゃ。そうなればこの街で家も持てるし、正式な結婚もできるぞえ。ワシの話は分かったかえ?」


「はい……」


 自分の意志ではないが、オレは頷いた。


「うん。じゃからな、今日からおまえさんはサレジ親方のところに住み込んで働くことになる。サレジさんのところは弟子が二十人くらいおるでの。その中でおまえさんは一番下っ端じゃ。まずは下働きということになるのぉ」


 勝手に話が進んでいくが、まぁ悪い話ではないと思う。ハンターの技能が身に付いて、その場所で生活ができるのであれば一安心だ。


「それからもう一つ。おまえさんの言葉遣いはちょっとマズイのぉ。弟子入りしてぶっきら棒な言葉遣いをすると嫌われるぞえ。可愛がってもらうためにも、もそっと女らしい丁寧な話し方ができんかのぉ?」


「はい、努力します」


 女らしい話し方って……、たぶんムリだと思う。まぁ、丁寧な話し方くらいならできるかもしれないけれど。


 それはともかく、体のコントロールが利かないというこの状態はマズイ。まるで自動操縦のロボットに乗っているような感じだ。ずっとこのままなのかな?


「付いておいで」と言った爺さんの後を追って、初めて建物の外に出た。


 今は早朝なのだろう。広場に少しだけ日差しが差し込み始めている。気温は21度か22度くらいだろうか。寒くはない。湿度もカラッとしているようだ。


 爺さんは歩きながら「この広場を囲む建物はすべて王都防衛隊の建物じゃ」と自慢そうに説明している。


 真正面にアーチ状の門があった。広場からの出入り口なのだろう。それを抜けると広い通りに出た。


 街の中の通りらしいが、これまでオレが知っている道路とは少し違っている。道の両端はそれぞれ2メートルくらいの幅で石が敷き詰められていて人が行き来していた。つまり歩道のようだ。道の真ん中は幅10メートルくらいの乾いた土の道だ。そこを何頭ものゾウを大きくしたような動物が人と荷物を載せて歩いて行く。大きな馬のような動物が馬車を引っ張っている。


 うん、あれはどう見ても大きなゾウと大きな馬だ。こっちの世界にもゾウや馬がいるらしい。まぁ、人間がいるのだから、ゾウや馬がいても不思議ではないか。


 道の両側には石造りの建物が道に沿って並んでいる。どの建物も壁面が灰色と茶色の石材でモザイク模様になっている。屋根瓦の赤っぽい色と調和していて、なんとなく美しい。道のずっと先、かなり遠くのほうまで建物は続いていて、さらにその先には高い石の壁が見える。あれが街壁なのだろう。この街を囲んで、ずっと続いているようだ。


 爺さんは迷うことなく道を進んでいった。15分くらい歩いたろうか。3階建ての建物のアーチ門を通って中に入っていった。門には「ハンターギルド所属 サレジ隊」という大きな看板が掛かっていた。


 入るとすぐに建物に囲まれている中庭に出た。厩があって、数頭の馬が見える。

中庭から石の階段を上って建物の2階の入口から中に入った。広い部屋に十人くらいの男たちがたむろしていた。木のテーブルがいくつか置いてあって、それぞれが椅子に腰掛けている。


 部屋に入ると男たちが一斉にこちらを見た。爺さんじゃなくてオレを見ている。視線が痛いくらいだ。


「よく来た。おれがサレジ隊の隊長、サレジだ」


 厳つい顔をした男が立ち上がってオレに近寄って来る。


 あっ!!


 男は何のためらいもなく左手でオレの腰を掴んだ。ぐいと男の方に引き寄せられた。

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