SGS005 女風呂で固まる

 オレはお姉さんの言った「ボディジャック」という言葉にドキッとした。たしかに、ケイさんの体にオレの魂が乗り移っているのだから、ボディジャックそのものだ。


 蒸し風呂で体が温まって汗がジワーっと吹き出てくる。でも今のような話を聞くと、体の芯が冷えて来る気がした。


「ええと、教えてほしいんだけど。もし調べた相手がボディジャックされた人だと分かったら、その人をどうするの? もしかして問答無用で殺しちゃう?」


 オレは自分で言ってて怖くなってきた。


「そのソウルが協力的ならば、たぶん、国はその人を高官として迎えるだろうねぇ。なんせ魔力は高いし賢いからね。強力な戦力になるってことさ。野心的なボディジャッカーは、乗っ取るターゲットとして王族や貴族の子供ような身分の高い人を狙うことが多いのよ。子供の体を乗っ取られたら、その両親は子供の体からソウルを追い出すことも子供を殺すこともできないから普通は諦めるみたいだねぇ。たいていの場合は、どうせならその子を育てて、その優れた魔力や知力を利用しようということになるらしいよ」


「ソウルが協力的じゃなかったら?」


「そのときは、たぶん、そのボディジャッカーはすぐに行方を晦まして魔族の味方になるはずだねぇ。そういうやつらは妖魔人って呼ばれているんだ」


「魔族の味方になるってことは、人族から見れば敵ということだよね?」


「そういうこと。だから、ボディジャッカーが逃げようとすれば、妖魔人だと判断して殺すのさ。ボディジャック直後なら、妖魔人はまだ乗っ取った体に慣れてないから、こっちに勝ち目があるからね。

 でも、たいがい、身分の高い人を乗っ取るボディジャッカーは人族に協力的で野心的だね。現にこの国の貴族にも何人かそういう人がいるからねぇ」


 ということは、オレはボディジャッカーとは少し違うみたいだ。なにしろ、オレは意識してケイさんに乗り移ったわけじゃない。それに、魔力なんか持ってないからな。


 もう我慢できないくらい汗が噴き出て流れていく。さっき、どれくらい気を失っていたのか分からないけど、この蒸し風呂に入って1時間くらい経つんじゃないかな?


「あのぉ、体を洗ってもいい?」


「うん、もう十分だねぇ」


 お姉さんが先に起き上がって洗い場のほうへ行き、水をかぶりはじめた。


 オレも木桶で樽から水をすくって、まず、足先に掛けてみた。少し温い感じの水だ。火照った体に気持ちいい。


「そこの石鹸を使っていいよ」


 お姉さんが石鹸と言ってるのは、桶に入った白い色のねっとりした液体だ。お姉さんに尋ねると教えてくれた。何かの樹脂らしい。タオルにつけて体を擦ってみると、たしかに体の汚れが取れていく気がする。うん、気持ちがいい。


 自分の体に慣れるために念入りに体を洗った。どこを念入りに洗おうが、自分の体なのだから遠慮はいらないよな?


 そう自問自答しながら体を洗っている自分が可笑しかった。


 髪も洗って、すごくさっぱりした。気持ちがいい!


 扉を開けて蒸し風呂から出た。


 あっ、鏡がある。風呂に入るときには背中側だったから、気付かなかったんだ。


 ――恐る恐る、鏡に近づく。自分の顔を見るのが怖い。オレって、どんな顔になってるんだろ?


 鏡に映った自分に呆然とした。17歳か18歳くらいの可愛い女性だ。すごい美人だから一度会えば覚えているはずだが、初めて見る顔だった。小顔で栗毛色の髪。濡れた髪の毛が緩いウェーブで胸元までかかっている。


 オレは視線を自分の胸、おへそ、腰、おしりへと移していった。オッパイはさっき手で触ったまんまのボリューム感を強調しているし、その下、腰からおしりへのラインは女性らしさを強調している。


「ねぇ、お姉さん、変なことを聞いてもいいかな?」


「え? 何か聞きたいことがあるの?」


「自分に子供がいるって聞いたけど、間違いじゃないかなぁ? 自分の顔さえ覚えてなくて、今、鏡で見たら、幼い顔をしてるなって不思議なんだけど……」


「たしかに、あんたはちょっと若く見えるねぇ。体も少し小さいし。でもね、あんたには子供がいるし、結婚して5年経っていて、年は23歳。それもたしかなことだよ。事件があったときに、うちの警ら隊が調べたんだから」


「つまり、わたしはホントに子供を産んでるってこと?」


「変なことを言うねぇ。それは間違いないことさ。辛いことを言うけど、行方不明の子供は諦めた方がいいよ。売られちまった子供はまず見つからないし、取り戻すこともできないからねぇ。子供や死んだ亭主のことは忘れるんだ。あんたは若いんだから、早く次の相手を探さなきゃね。生きていくためにはそれが一番手っ取り早いことだよ」


 次の相手を探す? それって次の結婚相手を探すってことかよ!


「とんでもないっ! 次の相手なんて……」


「何を言ってるの! あたしも結婚は3回目だよ。前の二人の亭主は戦いで亡くしちまってね。あたしは38歳になるけど、今年に入って今の亭主と結婚したのよ。若いうちに三人目と結婚して良かったと思ってるの。あんたは、あたしよりもずっと若いんだからね。ちょっと頑張れば相手はすぐに見つかるさ」


「え? お姉さんって38歳なの? 25歳くらいかと思った。シワやシミも全然無いし……」


「顔に小じわやシミが出てくるのは50歳を超えてからだよ。そうなったら気を付けなきゃいけないけど、あたしは38歳だからね。まだ後10年くらいは大丈夫さ」


 そうか。この世界じゃ38歳は若いほうに入るんだ。そう言えば、さっきの爺さんが人族の寿命は120歳くらいだと言ってたな。ということは、こっちの世界の50歳は元の世界の30歳くらいに相当するのだろうか……。


「あんた、いつまでも鏡に向かってないで、早く服を着なさい!」


 そう言われて、また、固まってしまう。


「ええと……、下着は?」


「え? ブラはサンダルの横にあるでしょ」


 革のサンダルの横に革の何かが置いてある。手に取って広げてみると、たしかにブラのようだ。


 どうやって着けるんだろ?


 手に取ったまま固まっていると、見兼ねたのかお姉さんが手を貸してくれた。


「あんた、ブラの着け方も忘れたの?」


 革ヒモを首に掛けて……。なんとか着けることができたけど、どうもオッパイの収まりが悪くて気持ち悪い。


「こうやって――、革ヒモをもっときつく縛って……」


 お姉さんが直接手に取って教えてくれた。


「ええと、パンツというか……おしりのほうの下着は?」


「何言ってるの!? あんたは戦士じゃないんだから、そんなもの穿かなくていいの」


 そうですか。やっぱりこの世界の女性は基本的にはノーパンらしいな。


 ワンピースも着て、革のサンダルも履いた。おしりがスースーするけど、これは慣れるしかないみたいだ。


 ワンピは少し大きくて、ヒザが隠れるくらいだ。かっこ悪いかも。


 なんだか服を着るだけで疲れてしまった。


「着替えが終わったら、ジイが戻ってくるまでそこに座って待ってな」


 え? お姉さんもどこかへ行っちゃうのか?


 仕方なく木の椅子に腰掛けて、この先どうするべきかと考えた。でも何もアイデアが浮かばない。


 あ! 扉が開く音がしたので振り返る。


 さっきのお姉さんが戻って来たのかと思ったら、現れたのは別の女性だ。一人ではなく何人もの女性たちが部屋に入って来た。みんな革の服を着こんでいて図体がでかい。そうか、みんな隊員のようだ。


「あぁ、あなたね? 生き返ったっていう人は。隊長から話は聞いてるわよ。もう、お風呂には入ったのね?」


「はい。あの、みなさんは?」


「うん、街の夜間巡回を終えて戻って来たところよ。今からお風呂に入るの」


 そう言いながらどんどん着ているものを脱いでいく。


 十人くらいいるだろうか。どの女性も若くて美人だ。みんな筋肉質だけど、ウェストがきゅっと締まっていて丸いおしりの形がいい。裸の女性たちに囲まれて、その甘酸っぱい体臭の中に埋もれていると頭がクラクラしてきた。鼻の奥がツンとしてきて鼻血が出そう……って感じたところで、ふわぁーっと意識が遠のいた。


 あ、気を失うかも……。そう感じたが、そこで踏み止まった。よかった、気絶しなくて。


 あれ? でも体が動かない。


 目は見えている。音も聞こえている。でも手足が動かない。声も出ない。どうしたんだろ? 焦ってみても、どうにもならない。

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