SGS004 オレってボディジャック?
扉を開けて入って行くと、小学校にあるような木製の椅子が10個くらい横向きで一列に並んでいる。間仕切りが……無い!!
なにーっ、全部丸見えじゃん!
椅子の下には水が水音を立てながら勢いよく流れている。けっこうな水量だ。これで排泄物を流すのだろう。椅子の前には座ったまま手の届くところにもう一本の水の流れがある。これで手を洗うのだろうか?
「あの……、使い方が分からないんだけど」
呆れたような顔をしながらお姉さんは実演してくれた。
「まず、ここに座りな。そして出すものを出す。うーん――」
いや、そこは実演してくれなくて、いいんですけど。
あ、椅子のおしりが当たるところに穴が空いているんですね。洋式トイレと同じ原理。
「ふぅー。それで、出し終わったら、この手桶でここから水を汲む。腰を少し浮かせて、手桶の水を流して右手で受けながら、その右手でおしりを洗う。こうやって何回か水でおしりを洗えばきれいになるでしょ。最後に、その右手をきれいに洗えばおしまい」
最後までご丁寧な実演、ありがとうございました。食べるのも、拭くのも、全部、右手なんですね……。
「分かった? 分かったら、やってみな」
えぇーっ!? 言われなくても、しますけど。お姉さん、そこで見てるの?
オレ、女性として生まれて初めてオシッコをするんだよね。それをじっと見られると、出るものも出なくなると思うんだけど……。
仕方ない……。ワンピを少し捲って腰を下ろす。
あれ? ケイってノーパンだったんだ。もしかすると、この世界の女性って、ノーパン、ノーブラが基本なのか?
椅子に腰掛けて出すものを出そうとする。
あァー、いっぱい溜まってたんだ。
水音に負けないくらいの勢いで出ていく。後は――、お姉さんに教わった手順でおしりをきれいにして、右手もよく洗って……。
水が勢いよく流れているから気持ちがいい。それにしてもこの水はどこから来てどこへ流れていくんだろ?
「不思議だ」
オレが水の流れを見ながら呟いたのが聞こえたのだろう。お姉さんが説明してくれた。
「この水は魔力で循環してるのさ。王都の中ならどの家にもあるから珍しいものじゃないよ。下水の水は濾過して再利用するし、溜まった排泄物は畑の肥やしにするんだ」
なるほど。こっちの世界では魔力を電気のように使っているらしい。
さっきの部屋に戻ると、お姉さんが服を出してくれた。
「これがあんたの着る服とサンダルだ。あんたの背丈にゃ、ちょっと大きいと思うけどねぇ。女性の中で一番背が低い隊員が持ってる服から分けてもらったんだ。お古だけど有難く貰っときゃいいよ」
毛糸で編んだような厚手の布地だ。広げてみると薄黄色のワンピースで、腰ひもがついる。
「それを着る前に風呂に入りな。今着ている服はここで脱いで。それから、風呂で使うタオルはこれだよ。風呂場へはそこの扉から入って行けるからね」
そう言いながら、お姉さんも服を脱ぎ始めた。
ええっ! 一緒に入るのかぁ!?
オレが戸惑っていると、すでに真っ裸になったお姉さんは前を隠しもせず、こちらを見て「早くしな!」と急かす。
思い切ってオレもワンピを脱いだ。たしかに、こんなに裂けて血が付いてちゃ、もう着れないな。
うつむいて自分のオッパイをまじまじと見る。
このボリューム感。顔が赤くなりそうだ。
そして、ノーパン。
お姉さんもノーパンなのかな? さっき、お姉さんが服を脱いだとき、ちゃんと見ておけばよかったなぁ。
そんなことを考えながら、お姉さんをじっくり見ると、なんて逞しい体! 筋肉モリモリじゃん。
「あんた、あたしの体に興味あるの? あたしは女を相手にする趣味はないから、ごめんね。それより風呂に入るよ。早くしな!」
お姉さんはオレの腕を引っ張って、風呂の扉を開いた。
ここは蒸し風呂だ。部屋の中は何かハーブの匂いがして、湯気で霞んでいる。奥のほうには石のベッドが10個くらいあって、扉の近くに水を溜めた大きな樽が並んでいる。洗い場になっているのだろう。
お姉さんは奥にある石のベッドに座ってオレを手招きする。
「ここに寝て背中を見せるんだ」
たぶんオレの傷を見たいのだろう。オレは素直に石のベッドに横たわって、背中を彼女のほうに向けた。とても温かくて石の感触が気持ちいい。
「へぇ、きれいな体だねぇ。傷一つない。ちょっとごめんね。アブド、ブダビュアル、マファト……」
お姉さんは何を言ってるんだろう? 体を治療する呪文かな?
あぐっ!! いきなり体中に痛みが走った。心臓や脳を何かにギュッと掴まれた感じで体がガクガクする。頭の中で何かが弾けて、オレはそのまま気を失った。
………………
誰かが背中を撫でている。目を開けると、心配そうにオレを見つめるお姉さんがいた。
「気が付いた? ごめんね。キュア魔法を掛けたからもう大丈夫だよ」
「――いったい、何をしたのさ!?」
「あんたがボディジャックされてないか、調べさせてもらったのさ。稀にね、意思を持った浮遊ソウルが人の体に入り込んで、体を乗っ取るんだよ。あんたにもその疑いがあったからね。魔法を掛けてみたんだけど、体は乗っ取られていないようだね」
「ひどい! 死ぬかと思った!!」
ちょっと涙目になる。
「いや、ほんと、ごめん。ボディジャックを調べるのって、こんな手荒な方法しかなかったんだ。もし浮遊ソウルが体を乗っ取っていたら、バリア魔法で体を守ろうとするはずだからね。誰でも電撃魔法を受けるのはイヤだもの」
さっきのは電撃魔法かよ!
「ええと、そのボディジャックとか浮遊ソウルっていうのは何なの?」
「人族も魔族もみんな、死んだら体からソウル、つまり魂が離れて浮遊ソウルになるんだよ。目には見えないんだけどね、その浮遊ソウルっていうのが、この空間にウヨウヨいるってことよ」
お姉さんは何もない空間をあちこち指差しながら言葉を続けた。
「普通はね、どんなに偉い人族や魔族でも死んで浮遊ソウルになると、それまでの意識や記憶を無くしてしまって、魔力もすごく小さくなってしまうのさ。空間を漂っているだけで無害だから心配は要らないよ。そのうち転生して、赤ん坊として新たな命で生まれてくることになるんだ」
――ってことは、つまり、霊魂じゃん……。霊魂がオレの周りにもウヨウヨ飛んでるっていうことか!?
オレは思わず周りを見回した。ここは風呂場で薄暗い。鳥肌が立つ。やっぱり、いるんだろうか……。
「でも、稀にね、意識や記憶を持ったまま浮遊ソウルになっているのがいて、そういうのが人の体に乗り移ろうとするのさ。完全に体を乗っ取られたら、もうどうしようもなくなるんだ。元のソウルは体から追い出されて、意識も記憶も無くして浮遊ソウルになっちゃうわけ。死んだのと同じよ。かわいそうだろ?」
「つまり、ボディジャックっていうのは、意識を持った霊魂というか、その浮遊ソウルというのが他人の体を奪って乗っ取ってしまうってこと?」
「そういうこと。狙われやすいのは王族や貴族、裕福な家の者が多いらしいよ。特に子供は狙われやすいって話だね。そういう意識を持った浮遊ソウルは知力と魔力がすごく高くてね。だから、電撃魔法を受けると分かったら、必ずバリア魔法で身を守ろうとするのさ」
「バリア魔法?」
「あ、記憶を無くしたんだったねぇ。バリア魔法というのは、全身を目に見えない防御壁で覆う魔法でね。バリアを張れば物理攻撃だけじゃなくて、魔法攻撃も防げるようになるのさ。でもね、バリア魔法は魔力が高くないと使えないんだ。つまり一般人には使えない魔法なのさ」
一般人はバリア魔法は使えない。でも浮遊ソウルに体を乗っ取られていればバリア魔法を使うことができる。だからバリア魔法を使ったらそいつは怪しい。そういうわけか。なるほど……。
理屈は分かったけど、もっとスマートに調べる方法はないのかな? いきなり、無実の人に向けて電撃魔法を放つのは余りにひどすぎる。
心の中で怒り狂ってみるが、お姉さんに文句を言うのはちょっと怖い。
もしかすると自分はボディジャックした悪いソウルなのだろうか?
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