SGS003 お姉さんと連れション

 自分では分からないが、この体は死体置き場で3日間も横たわっていたらしいから、嫌な臭いが付いているのかもしれない。


 風呂に入れるのは嬉しいが、この爺さん、変なことをたくらんでいないだろうな……。でも、警ら隊の女性が対応してくれると言ってるから大丈夫だろう。


 警ら隊というのは、爺さんに尋ねると、王都をパトロールする警察官のようなものだと分かった。隊員十人で一つのチームになって、街の中を歩いて防犯活動をしているという話だ。


 ケイたちの死体を見つけたのも警ら隊だったそうだ。パトロール中に魔法屋の前を通りがかって、深夜に店のドアが開いたままになっているのを不審に思った隊員が家に入って見つけたらしい。


「こっちじゃ」


 爺さんに付いて長い廊下を歩いて行く。ここは1階のようだ。床も壁も粗い石材でできている。数メートルおきに石の柱と窓があって、窓からは広場が見える。早朝なのか夕方なのか分からないが、広場は全体が建物の影になっている。広場の周りにも3階建てくらいの建物が並んでいて、すべて石造りのようだ。どこか中世のヨーロッパのような感じだった。


 時々廊下で擦れ違う男性や女性は図体がみんなデカイ。今のオレよりも10センチから30センチくらい背が高い。ということはこの世界の人間は身長が170センチから190センチくらいが普通のようだ。


 それに誰もが日本人と同じような顔立ちで、そのくせ、みんな美男美女だった。髪の色は黒や少し茶色がかった栗毛色の者もいた。


 さっきから気になっているんだけど、こっちの女性はブラを着けてないようだ。少なくとも今の自分はノーブラだ。歩いているとオッパイの揺れが気になり始めた。先っぽがシャツに当たって余計に意識してしまうのだ。


 急に爺さんが立ち止って振り返った。


「あ、そうじゃ、言うのを忘れとった。かわいそうじゃが、おまえさんの家や家財は国に没収されたぞえ。家族全員が死んだり行方不明になったからのぉ。おまえさん自身の名前も王都民の登録簿から消されて、鬼籍に移されてしもうた。じゃから、今のおまえさんは流民の身分じゃ」


 なにーっ!! 当てにしていた自分の家や財産がダメになるってことか!?


「でも、こうして生き返ったんだから、家や財産は返してもらえるよね?」


「この国がそんな甘い訳はなかろう。没収できるもんは残さず没収するのが国ちゅうもんじゃ。かわいそうじゃが、家や家財はあきらめい」


「そ、そんなぁ……」


 オレはがっくりして座り込んでしまう。


「本当のことなの?」


 座り込んだまま爺さんを見上げて尋ねた。何とかしないと大変なことになりそうだ。頭の中は不安でいっぱいだ。


「ワシはウソは吐かん」


「流民の身分になったらどうなるの?」


「流民の身分に落ちた者はのぉ、王都の外へ追放されるのじゃ。普通の流民は王都の中では住むことはできんからの。流民というのは自由な民じゃからな。王都の外ならどこへ行こうと自由じゃよ。よその国へ流れて行っても良いが、途中で魔物に食われるか、餓死するのがオチじゃな」


「じゃあ、どうすれば……」


「この王都の外に流民が住む場所があるぞえ。街壁の外側に流民街や流民の村があるのじゃ。東門の近くじゃよ。おまえさんの器量なら流民街の娼館で働くことができるじゃろ。貧民相手の娼婦じゃから、体はきついじゃろうし、暮らしも厳しいじゃろうがな。気の毒なことじゃ」


 爺さんの言葉に自分でも顔が青ざめていくのが分かった。オレが娼婦になるなんて考えられない。


 爺さんはそんなオレを労わるような優しい顔で眺めている。


 もしかしたら、この爺さんがオレを助けてくれるかも……。


「何か助かる方法があるんだよね? 娼婦になるなんて絶対にイヤだから、何か別の方法があったら教えてほしいんだけど」


「助かる方法かえ? まぁ、無いことは無いのじゃがのぉ」


「どうかお願いします」


 必死で頭を下げた。


「面倒じゃが、そうまで頼られたら仕方がないのぉ。おまえさんがこの王都の中で暮らせるよう、ワシが知り合いに話をつけて来てやろうかの。とにかく今は風呂が先じゃ。風呂場へ急ぐぞえ」


 爺さんはオレの腕を掴んで立ち上がらせて、引っ張って歩き始めた。いくつかの扉を通り過ぎて部屋に入っていく。そこには革の服とズボンを穿いた大柄の女性が待っていた。


「連れて来たぞえ」


 爺さんはそう言った後、少しの間、その女性と小声で何かを話していた。


「ワシは知り合いのところへ行って来るでの。後は頼んだぞえ」


「あぁ、分かった。まかせときな、ジイ」


 爺さんはあっさりと部屋から出ていく。


 えーっ! 行っちゃうのー!?


 オレは心の中でそう叫んでいた。いつの間にか爺さんを頼りにしていたようだ。


 爺さんが居なくなると急に不安になってきた。


 あらためてその女性に目を向ける。この女性も目鼻立ちが日本人と似通った美人だ。髪は栗毛色で短くカットしている。年齢は25歳くらいだろうか。身長は180センチ以上ありそうだ。


 お姉さんのほうもジロジロと遠慮ない視線をこちらに向けてくる。


「あんた、あの傷でよく助かったね。ジイから聞いたけど、何も覚えてないって? あたしが言ってること、分かる?」


 オレが頷くと、「うん、色々教えてあげるから心配いらないよ」とにこっと微笑んでくれた。意外にいい人かもしれない。


 さっき爺さんが言っていた話が本当のことか尋ねてみよう。


「あのぉ、ちょっと聞いていい?」


「ああ、遠慮せずに何でも言ってみな」


「ええと、さっきのお爺さんが言っていたんだけど、わたしは家を没収されて、流民の身分に落とされたって。だから、この街の外に追放されると聞いたんだけど、本当なの?」


「それは本当のことだよ。気の毒だけどねぇ。でも、さっきのジイが言ってたけど、あんたが流民の身分でもこの街の中で暮らせるようにね、あのジイが段取りを付けるらしいよ。なんでも、ジイの知り合いのところで住み込みで働けるようにすると言っていたから。あのジイが見かけによらず親切だから、あたしも驚いているのさ」


「そうなんだ……」


 どうやら爺さんが言っていたことは本当のことだったようだ。


「それよりも、あんた。お腹がすいたろ? 服と食べるものを持って来たから、まずこれを食べたらどうだい?」


 テーブルの上でお皿に乗っているのは、硬そうなパンと何かの肉、茹でたイモだ。コップに入った液体のようなものもある。あまり空腹感は無かったが、ありがたく頂くことにした。だが箸もフォークも無い。


「ありがとう。教えてほしいんだけど、これってどうやって食べるの?」


「食べ方も分からなくなっているんだねぇ。まずはレング神様に感謝して、それから肉やイモは手に取って食べればいいのさ。焼いた肉は小さく切られてるから、そのまま食べられるよ」


 レング神様への感謝なんてどうやるか分からないから「いただきます」とだけ言って食べ始めた。


 何の肉か分からないけど塩味が付いている。イモはジャガイモっぽい感じで煮てあった。これも塩味だ。パンは小石のような形で、見た目のとおり歯が立たないような硬さだった。コップの液体は水だ。


 でも、全く知らない世界でこうして親切にしてもらえるのは何だか嬉しい。


「ごちそうさま」


 食べて飲んだら、トイレに行きたくなってきた。


「ええと……、トイレはどこ?」


「そこの扉がトイレだよ。あたしもお風呂の前に行っておこうかな?」


 え? お姉さんも一緒に行くの? この世界にも連れションってあるんだ。でも一緒にトイレに入るなんてちょっと恥ずかしいぞ。

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