SGS002 異世界に来てしまった
ここはウィンキアという世界だそうだ。つまり、オレは本当に異世界に来てしまったらしい。
今いるところは、セルシア大陸の中のレングラン王国、その王都にいるそうだ。王国と言っても、端から端まで歩いて2日か3日くらいで行ける小さな国。この国はレング神を崇拝していて、今はレング暦3273年だと爺さんは言う。どうやら人族は国ごとに崇拝する神が違うようだ。
「人族の国って言ったよね。それは人族以外の国もあるっていうこと?」
「もちろんじゃ。と言うか、人族以外の国の方が多いのじゃよ。このウィンキアは魔族と魔物の世界じゃ。あやつらはワシら人族や亜人と比べて数も多いし、圧倒的な魔力を持っておるからの。魔族たちは色々な国を作っておるそうじゃが、魔物のほうは魔力は強いが知恵が足りんから国なんぞ持っておらんがのぉ」
亜人? 魔族? 魔物? またまた分からない言葉がたくさん出てきた。
爺さんに尋ねると、亜人というのは、エルフ族、ドワーフ族、クーメル族(獣人)などの総称だと教えてくれた。それらの種族をまとめて『亜人』と呼んでいるらしい。人族と共通の言葉を持ち知性が高い。それに人族よりもずっと長生きをする。信じられないような話だが500年くらいは平気で生きるらしい。
「じゃが、長生きをする分、亜人の数は少ないのじゃ。亜人は神族や人族を助けるために生まれて来た種族じゃよ。じゃから、亜人は神族や人族の味方じゃし、魔族とは敵対しておるのじゃ」
そう説明されて、また分からなくなった。
「神族って? 神様も種族なの?」
「いやいや、神族は神様ではないぞえ。口にするのも憚りがあるが、人族の最上位種が神族なのじゃ。神族は人族をはるかに超える魔力を持っておる。寿命も、ワシら人族は百二十年くらいしか生きれんが、神族は何千年も生きるそうじゃ。その代わり、数はすごく少ないらしいがの。ともかく、ワシらは神族に守られておるのじゃ。このレングラン王国を守っておられるのはレング神様じゃよ。ありがたいことじゃな」
「ということは、レング神様がこの国の王様っていうこと?」
「それも違うのぉ。レング神様は、たしかにこの国を支配しておられるが、王様ではないぞえ。ここの王様はレング神様から任命されて、神族の代りにここを統治しておるんじゃよ。レング神様は王都から遠く離れたところに住んでおられる」
聞けば聞くほど、自分が住んでいた世界と違っていることが分かる。
「魔族や魔物が強いと言ってたけど、神族よりも強いの?」
「そりゃ、一対一なら神族が圧倒的に強いじゃろうよ。じゃがな、魔族は数が多いし、魔物も凶暴じゃからのぉ……」
魔族というのは人族や亜人と敵対している種族の総称だ。正確に言えば、人族や亜人と敵対していて言葉を持つ種族が『魔族』と呼ばれている。敵対していても魔族が使う言葉は人族や亜人と共通らしい。
爺さんの話によると、魔族にも色々な種族がいるそうだ。粗暴な魔族としてはゴブリン族やオーク族などがいて個体数も多い。魔力が高い魔族としてはデーモン族やドラゴン族が存在するが個体数は極端に少ない。
魔物は魔力を持っているが知性が低く言葉を持たない。個体数はそれほど多くはないが大半の魔物は凶暴らしい。
ほかに魔力を持たない動物もこの世界には多数存在するようだ。
「特に極悪凶暴なのが妖魔や魔獣と呼ばれる存在じゃ。魔族や魔物の中の一頭が突然に変異して妖魔や魔獣になるのじゃよ。姿や大きさが変わるだけではないぞえ。その魔力量は尽きることが無いほどじゃし、凶暴さと言ったら言葉では言い表せんほどなのじゃ。めったに現れることはないが、運悪く出くわしたら、おのれの命は諦めるのじゃな」
その話にオレが息を呑むと、爺さんは口元を歪めながら、さらに話を続けようとする。爺さんはオレが何も知らないと思って、わざと怖がらせようとしてるのかもしれない。
「王都の中に居れば、まず魔族や魔物に襲われることはないじゃろう。じゃが、街壁を一歩出ると、いつ襲われるか分からぬからの。特に女はあぶない。ゴブリンやオークにさらわれたら、種付けをされて、魔族の子を産むことになるからの。気をつけるんじゃぞ」
「えーっ!? 種族が違えば子供なんかできるわけないよ」
「そんなことも分からぬようになっとるのかえ? 姿形が近い亜人や魔族とは交配して子を産むことができるのじゃ。子供でも知っとるぞえ。異種交配では魔力が強い種族のほうの子が生まれる。じゃから、おまえさんがゴブリンとまぐわえばゴブリンが生まれるし、オークとならオークが生まれる、ということじゃ」
なにーっ! 自分がゴブリンの子を産むなんて、絶対考えられないぞ!
オレが鳥肌を立てたのを見て、爺さんはニヤリと笑った。
「なにせ魔力は人族が一番小さいからのぉ。つまり、なんの備えもしなかったら人族が一番弱いということじゃ。まして、おまえさんは女じゃからの。けっして原野や魔樹海に行ったりしないことじゃ」
また、分からないことを言う。
「その“まじゅかい”って、なに?」
「魔樹海というのは、高さが100モラくらいある原生林が延々と続く魔の樹海じゃよ。ウィンキアの大半は原野や魔樹海じゃ。魔族や魔物がウヨウヨおるそうじゃ……」
ちなみに、モラというのは長さの単位だ。爺さんに聞くと、1モラは1メートルと同じくらいの長さだった。1000モラで1ギモラになるらしい。つまり、1ギモラは1キロメートルとほぼ同じ長さということだ。
さっき、爺さんは高さ100モラの原生林って言ったよな。つまり、樹の高さは100メートルということになる。
なんと、この世界の樹は地球よりもずっと背が高いってことか? しかも原生林で、それが延々と続くって、どんな世界なんだ!
ついでに、時間の単位も尋ねてみた。1日は24時間。1週間は6日。1カ月は30日。1年は360日。1時間は60分。1分は60秒。ほとんど地球と同じだ。不思議だな……。
………………
「そろそろ話はこれくらいでよかろう。立ち上がれるかえ?」
オレが立ち上がろうとすると、爺さんは腕を掴んで支えてくれた。
立ってみると、やはり違和感があった。オレの元の身長は170センチだったが、今は10センチくらい低いようだ。髪は背中に届くくらいに長い。
「体は大丈夫のようじゃの。じゃが裸足じゃし、その服もダメじゃな。背中が破れて血も付いておるしの。何か履くものと着るものを探してくるから、こここで待っておれ」
爺さんは扉の奥に消えていった。
………………
爺さんから色々と話を聞けたから、ようやく今の自分がどういう状況なのか、少し分かってきた。頭の中を整理してみる。
オレの名前は木村圭杜(きむらけいと)。33歳の平凡な会社員だ。某IT企業勤務のシステムエンジニアで独身。と言っても3年前までは結婚していた。両親が建てた二世帯住宅の2階で新婚生活を送っていたが、最愛の妻は交通事故で突然に逝ってしまった。
そして、今。ナゼだか理由は分からないけれど、オレは違う世界にいる。ケイという名前の死んだはずの女性になっていた。オレの心が乗り移って、生き返ったようだ。
でも生き返ったのはオレだけだ。ケイの夫は死んで、娘は連れ去られて、この世界で家族は誰もいなくなってしまった。つまり、今のオレには誰も頼れる人がいない。
そしてこのウィンキアという世界。ここは魔族や魔物が襲ってくる危険な世界だ。人族は弱い存在だが魔法が使えるらしい。あの爺さんは、女は特に危ないと言ってたな。
何が起こったんだろう? どうすればいいんだろう?
頭の中ではその疑問が繰り返し浮かんでくるが答えは出ない。
あの爺さんが出て行ってからずいぶん時間が経ったが、なかなか戻って来ない。
今はあの爺さんを頼るしかないよな……。
あっ! でも、ケイさんが住んでいた家はあるだろう。それに、商売が繁盛していたならお金も貯まっているかもしれない。
元の世界に帰れるかどうか分からない。だから、まずはこの世界でなんとか生きていけるようにしなくちゃな……。
厄介なことに巻き込まれたくないし、面倒くさいことも嫌いだ。だけど今はとにかくこの世界で生活できるように何とか頑張るしかないだろう。そのためには住む場所と金の確保を真っ先にしておくべきだ。
よし、あの爺さんに自分の家のことをまず尋ねてみよう。
「――さっきから呼んでおるのに、聞こえんのかい!?」
あっ! 考えごとに集中していて、爺さんが手招きしているのに気が付かなかった。
扉のほうに歩いて行こうとして、ふと気付いて立ち止った。
そうだ。5年の間、一緒に暮らした人のことを忘れちゃ、かわいそうだ。ケイさんの夫だった人は、剣で切られたせいか少し顔を歪めて目を閉じている。
オレは静かに手を合わせた。
この人はケイという女性とどんなふうに生きていたんだろうか。
すみません。奥さんの体を借ります……。
扉のところで待っている爺さんに近づく。たしか、何か着る物を探してくれると言ってたのに爺さんは何も持っていない。
「風呂に入れてやるから付いてくるんじゃ。警ら隊の女性に頼んでおいたから、着るものもそこに持ってきてくれるそうじゃ」
逆光の中で、爺さんの顔がニタついているような気がする……。
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