ソウルゲートストーリー ~オレは隣の魔女~
牧場野クラク
SGS001 オレの体が……
『ケイ、ケイ……』
母さんか? もう少し寝かせてよ。
『ケイ、ケイ、起きて、ケイ……』
なんだか寒いな……。
肩が出たままだ。ふとんはどこだろ?
ベッドが固いし……。
少しずつ、頭がはっきりしてくる。
自分のベッドじゃないよな……。ここはどこだろ?
あれ? 昨日、何してたっけ? 思い出せない。
覚えているのは……バスに乗っていたことだ。夜、9時ころ。会社からの帰り。いつものバスに乗って、いつもの席に座って、イヤホンで音楽を聞いていた。
そうだ! 急ブレーキが掛かって……、眩しい光に包まれて……、それから……、それから……どうなったんだろ……。
目を薄っすらと開けてみる。薄暗い。かなり高い所に天井がある。
ということは建物の中だ。今いるところはかなり広い部屋のようだ。
何か臭う……。生ゴミか何かが近くにあるんだろうか?
となりにもベッドがある。誰かが寝ている。その向こうにもベッドがあるが空っぽだ。その向こうには石の柱があって、その先もベッドが置いてあるようだ。だが暗くてよく分からない。
うっ! 何かが違う!
飛び起きようとしてすごい違和感を覚える。
ベッドに手をついて上半身を起こした。――感じる胸の重み。
どうして自分の体にオッパイがあるんだ!?
手で掴んでみる……。ムギュ。音がしそうなくらいのオッパイ。ほんものだ!
手も、指も、オレのと違う。左手にあるはずの竹刀ダコが無い。
髪も全然ちがう。こんなに長い髪じゃない。
顔に触ってみる。よく分からないが違うようだ。
自分が女? そんなはずはない……よな……。
夢か? いや、違う。
誰かのイタズラか? 悪い冗談だよな?
ほんとうに女の体になっちまったのか!?
確かめるには……。
アソコをまさぐろうとするが、お腹のところから手が入らない。服が上下一つにつながってるんだ。こういう服、なんて言ったっけ? あ、ワンピースか。
とりあえず、服の上から触ってみる。
うわっ! やっぱり、オレのオチンチンが無くなってる。けっこう自信があったのに。
代わりに、今まで感じたことない股間の感触……。
落ち着け、自分! そして、思い出せ! オレは何をしてた?
たしか……、バスに乗っていたはずだ。それは間違いない。バスはいつもの商店街通りを走っていた。車内は混んでいて、立っている人も多かった。オレは座っていて、座席の窓から夜の街をぼーっと眺めていた。突然だった。急ブレーキが掛かって、体が前に投げ出された。と思ったら、目の前が一気に明るくなって、眩しいくらいに明るくて目を閉じた。そのまま、たぶん気を失ったんだ。
それからどうなったんだろ……?
あーっ! 事故に遭ったんだ!
そのとき、車内でぶつかった女性と体が入れ替わった!?
ということは、ここは病院か?
イヤ……、どこかの映画じゃあるまいし、そんなはずは無い……よな?
おっ!? 突然、どこかで扉が開く音が聞こえた。
10メートルくらい離れたところにスライド式の扉があって、そこから誰かがこちらを見ている。
「だれじゃ! そんなところで何をしておる!?」
長い棒のような物を構えながら、そいつはゆっくりと近づいて来た。
「……まさか……、生き返りおったか……」
日本語ではない。だが言葉の意味ははっきりと分かる。
白いアゴ髭を生やした、少し太った年寄りだ。
「80年も王都防衛隊で死体の処理をやっとるが、死んだはずの人間が生き返ったのは初めてじゃ」
爺さんは少し赤らんだ顔をぐっと近付けてきた。
うっ! 酒臭い。
「ゾンビやグールではないの……。たしかに生きとるようじゃ。不思議なことじゃのぉ……」
爺さんはオレのとなりのベッドに近づいて、寝ている人の腕に触った。何をしてるんだろ?
「気の毒じゃが、おまえさんのご亭主のほうは死んどるよ。石のように冷たくなっとるわい」
えっ? おまえさんの亭主って言った!?
となりに寝ている人が自分の亭主!?
それに、死んでるって!?
いっぺんに色々なことが起こりすぎて理解が追いつかない。頭の中が真っ白だ。
ともかく、ナゼだか分からないけれど、オレは女の人の体に乗り移っているようだ。
「目が虚ろのようじゃが、ワシが言っとることが分かるかの?」
爺さんの問いかけに、何も考えられずコクリと頷く。
「そうか。それにしてもよく助かったもんじゃ。背中や胸が痛くないかえ? おまえさんは背中を剣でぐさっと刺されておったからのぉ。うちの隊員が駆け付けたときはもう息が無かったそうじゃ。……ちょっと背中を見せてみぃ」
なにっ!! 背中を剣で刺されたって!? でも、背中も胸もどこも痛くない。
爺さんはこちらの返事も待たずにオレの背中を触りながら調べている。
「刺し傷はどこにも無いのぉ……。ここに運ばれてきたときは、たしかに大きな刺し傷があったんじゃが……。着ておる服は背中が裂けて血がカサカサに乾いて付いとるが……。誰か知らんが、おまえさんに強いキュア魔法を掛けてくれたのかもしれんのぉ……」
え? キュア魔法!?
ここは地球じゃなくて異世界ってことか?
もう分からないことだらけだ。
「ええと……」
なんだ? この声! 自分の口から出た細い声にビックリする。オレの声じゃない。女の子の声だ。
「なんじゃ? 口もきけるようじゃの」
とにかく、勇気を出して聞かないと……。
「ここはどこ……ですか? オレ……」
自分のことを「オレ」と呼びそうになって言葉を飲みこんだ。ここの言葉も日本語と同じように男と女の話し方が微妙に違うことに気付いたからだ。気を付けないと警戒されてしまうかもしれない……。
「ええと、自分はどうしてここに?」
「じゃから、おまえさんは死んだはずだったのじゃよ。それで、ここ、つまり王都防衛隊の死体置き場に運ばれて来たんじゃ」
「死んだって……、どうして?」
「よくは知らんが、家で寝ておるところを盗賊に襲われたらしいのぉ。おまえさんとご亭主は殺され……、いや、あんたは生きとるが……、子供は盗賊に連れ去られたようじゃ。かわいそうじゃが、どこかよその国で奴隷として売られるのじゃろうな」
「え? 子供って、誰の?」
「何を言うとる? 覚えておらんのか? おまえさんの子供に決まっておるじゃろ。なんでも、3歳になる女の子がおるという話じゃったが」
この爺さん、何を言ってるんだ? おまえさんの子供と言ったのか? もしかするとオレが母親ってことなのかぁ?
「なんにも覚えてないって言うか……、忘れてしまったって言うか……」
「そうなのかえ……?」
疑り深そうに覗き込む爺さんに、オレはコックリ頷く。
「生きるか死ぬかの瀬戸際をさ迷ったんじゃろ。ソウルが離れそうになって、記憶が無くなったんじゃな。そんなことも起こると、昔、聞いたことがあったわい。それで、おまえさん。ほんとうに何もかも忘れちまったのかえ?」
オレはもう一度頷く。
爺さんの顔は逆光で影になっている。その顔がニタっと歪んだように見えた。
「これもレング神さまのお導きかもしれんのぉ……。ちょっとここで待っとれ。おまえさんやご亭主のことを記した書付を持ってくるからのぉ」
爺さんはすぐに戻ってきて、その書付を見せてくれた。
おぉ! オレにも読める。もちろん日本語ではない。見たこともないはずの文字なのに、なぜだか違和感なく読むことができた。
家族は三人。夫はマードという名前で27歳。子供はセリナ、3歳。そして、妻はケイ、23歳。
妻って、オレのことか?
ケイというのはオレの名前と同じだけれど、性別が……。
オレの夫だった人を見る。隣のベッドで冷たい躯となって横たわっている。少し太っている感じだ。この人と5年前、18歳で結婚したらしい。
全然知らない人だけれど、この人と5年間一緒に暮らしていたのか……。なんだか複雑な気分だ。
爺さんは書付を見ながら色々説明を加えてくれた。
5年前、レングランという街、つまり、ここに二人で住みついて、小さな魔法屋を開いたそうだ。魔法屋というのがどういう店なのか分からないが、けっこう繁盛していて、この爺さんも利用していたらしい。
自分や家族のことは少し分かったけど、それよりもっと知りたいことがある。ここがどういう世界かということだ。
変な質問だろうけど、もう一度勇気を出して爺さんに聞いてみた。
「そんなことも忘れちまったのかい」
呆れたという仕草だろうか? 爺さんは右手を上げて手首をくるっとまわした。それでも嫌がらずに説明を続けてくれた。
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