プランナーさんと! 番外編

《1》仁藤さんと、憂鬱と

 こんにちは。ウエディングプランナーの仁藤です。

 ええと、本編でえびちゃんとチャペルアテンダントを務めたり、一緒に休憩を取ったりしました、あの仁藤です。……って本編ってなに。そういうこと言っちゃっていいの? 大丈夫なの? まあいいや、続けますね。


 私が初めてそれに気づいたのは、十一月の半ばくらいだったと思います。チャペルアテンダントの制服に着替えるとき、私、えびちゃんが袖を外した通常業務用のワイシャツを眺めていて、うーんえびちゃん細くてキレイ……そして肌が白い……と目元を緩ませておりまして。

 そのときに首元できらりと光ったジュエリーの気配に、私ときたら俄然テンションが上がったわけです。


「わぁ、それ指輪!?」

「っ、あ、はい。……その」

「そっかあ、仕事中だと指に嵌められないもんね。ねぇねぇ、それ都築さんにもらったんでしょ!? やーんすんごいカワイ……い……?」


 シルバーの細いチェーンに通された指輪は、大変に繊細なデザインのものでした。ハートのモチーフの中心に、あれは多分ピンクダイヤかな。表面のカットが細かく入っていたので、ダイヤで間違いないと思います!

 しかもそのダイヤ、結構大きくてスゴかったのです。さらにデザインも超カワイイ。ハートを囲むように伸びるラインに小さなストーンが細かく並んでいて、もう本当に素敵で。一点モノなのかもしれません。


 なんにせよ、可愛らしいえびちゃんにとてもよく似合っていたのです。とはいえ、見るからに高そうで……都築さんったら頑張りすぎじゃないんですかー?と、確かにそこにも大注目だったのですが。

 それよりも、私の視線を奪ってやまなかったのは、えびちゃんの首筋です。ちょうど右側の扁桃腺の下辺り、くっきりと残った、いわゆるその、痕……といいますか。


 都築さん。

 あんた、自重って言葉を知らないんですか。


 チャペルアテンダントの制服は、首元が開いていないつくりをしてはいます。しかし、ワイシャツにタイ、タイトスカートという普段の彼女の制服とはやはり違うのです。緩めの首元から、どうしても見えてしまうのです。

 しかもえびちゃん本人が全然気づいていないこの感じ……え、やっぱり私ですか。私が伝える流れですか。そうですよね、このままでは業務に支障が出ますもんね。


 許すまじ、都築 陽介(27)。

 毎日毎日、可愛いえびちゃんにあんなことやこんなこと……い、いけません、これ以上考えたら業務に支障をきたすのは私だ!


 乱れに乱れた思考が、思いのほか顔に出ていたのかもしれません。事実を伝えられたえびちゃんときたら、茹でダコよりも真っ赤に顔を染めて、涙目になりながら私に直角の平謝りですよ。

 違うの、えびちゃん。私が呆れてるのは都築さんなの。むしろえびちゃんは被害者だって、私ちゃんと分かってる。


 取り急ぎ、その日は首に巻くリボンの位置を調整し、事無きを得た次第です。


 そしてその翌週には、えびちゃん、私よりも先に着替え終わってました。

 顔は真っ赤でした。どうせ〝今度は見えないところにつけるから〟とかなんとか言われて、うっかり絆されちゃったんでしょうね。そういうことなんだと思ってます。


 ひとつだけ判明しているのは、都築さんの大人げのなさです。

 五つも六つも齢の離れたお嬢さん相手に、あんたなにやらかしてんのって話なんですよ。本当に。


 周囲に対する威嚇が、このところ、いよいよもって露骨になってきているのも非常に気懸かりです。先輩に向かってこんなことを申し上げるのも気が引けるのですが、どうしてもひと言、よろしいでしょうか。


 露骨にも限度というものがあるんですよ、都築さん。あんたも大人なら分かれよ。


 爽やか系イケメンだと思っていたのにただの腹黒だったなんて、なんだこの残念感は。その上エロオヤジとは、残念ですがもはや救いようがありません。

 しつこすぎると嫌われますよ。近頃私の脳裏に浮かぶえびちゃんは常に真っ赤に顔を染めてばかりですけど、それ、百パーセントあんたのせいですよね?


 ……などと言っているそばから男子バイトの牽制、やめてもらえませんかね。

 その子たち、タイムカードを押してるだけでしょう。あとはせいぜい『お疲れ様です、海老原さん』と挨拶してるだけですよ、なのに睨みすぎです。しかも徐々に距離を詰めていってるのはなんのためですか。なにする気なんですか。


 怖すぎだよ、あんた。

 バイト辞めちゃうでしょうその子たち、そろそろいい加減にしてください。

 ホント、近頃のあんたには溜息しか出ないよ。


 ……とはいっても、新崎さんの件では確かに本当に怖かったんですよ、都築さん。

 絶対に敵に回したくないタイプです。理詰めで相手の逃げ場を奪った挙句、にこやかな笑顔を添えてのトドメだなんて、本当に恐ろしい人です。


 新崎さんは都築さんに、だいぶ前から好意を寄せていたはずでして。

 表立ってというわけではなかったんですが、それ、結構有名な話なんですよ。そんな相手に完膚なきまでに滅多打ちにされた新崎さん……まぁやらかした内容が内容なだけに、退職という結果は仕方のないことだったのではとは私も思いますが。


 問題は、都築さんの追い詰め方、です。


 この件、私はバンケットマネージャーの久慈さんから伺いました。

 都築さんが新崎さんを呼び出して自白を求めた際に録音されたボイスレコーダーの内容が、実にすごかったという話も含めてです。


 久慈さんの話を聞きながら、血の気が引きました。もし百歩譲って会社を辞めなくていいと言われたとしても、辞めますよ普通。

 私だったら二度とこの式場に近づきません。いや、もうこの街から出て行って帰ってこなくなると思います。本当、心底怖いです。都築さん。


 ……それはそれとして、『他言無用だからな』と口酸っぱくおっしゃっていた久慈さん。ではなぜ、口が軽い奴だと分かっていてあえて私にその話を持ちかけたのか、教えていただきたいなと思ってしまいますね。

 しかもなに、『俺あのボイレコ聞いてさ、うっかり都築に惚れそうになったわ~』とか口走るの、やめてもらえませんか。反則でしょう、そんなのもう妄想するしかないですよね。それどころか妄想しろって言ってますよね、それ?


 ではさっそく……おや、意外にもなかなか。

 いかにもスポーツが得意そうな細マッチョ系の久慈さんと、スラッとした細身の爽やかイケメン風の都築さん……エッ、久慈さんも結構整ってる顔してるし、あれ、これはもしや……?


 社内でこのような発見をしてしまうとは……いけない、こんなところでテンションが上がって……ふふふふふふふふふ…………はっ!!

 ダメダメ、私ったらなんて妄想を。えびちゃんの所有物を相手に、失礼にもほどがある。久慈さんも都築さんも正直を申し上げるとどうでもいいけど、えびちゃんに対してはものすごく申し訳ない! ごめんね!


 ……と、話が逸れてしまいましたね。

 なんにせよ、都築さんは怒ると本当に怖いのです。七月に起きたとある騒動の際、事務所内の空気が一瞬で氷漬けになった事件、あれはいまだに記憶に新しいですし……って、あのときも原因は新崎さんでしたね。

 新崎さん、完全に都築さんのストレスメーカーじゃないですか。都築さんだって、ここまでされたらさすがに苛々してつい退職に追い込みたくもなるかもしれませんよね。


 さて、ここでひとつ気になるのは、都築さんの人物像です。

 彼は基本的に、仕事に対して真面目なタイプです。とはいえ、常に仕事モードの真面目顔をしているわけではありません。お客様が不在のときなどは、むしろ非常に飄々とした掴みどころのない態度を取る方なのです。


 けれど、最近の腹黒……ノンノン、えびちゃんに対する情熱的な態度から推察するに、その飄々とした態度はもしやすべて演技だったのではないかと思えてしまうのです。

 つまりは、ただの腹黒ですね。都築さんに関する考察は、どこまで深めたとして、結局最後にはそこに行き着くようです。残念すぎますね、彼。


 えびちゃんが不憫だなと思うことが増えました。まだ若いのにあんな腹黒に捕まって、運が悪かったねと……できれば彼女には幸せになってほしいと思うのです。

 だって、あんなに仕事熱心なバイトさんに、私はこれまでお目にかかったことがないのです。まぁ私、まだ二年目ですし現場経験も一切ないので、そもそもバイトさん事情に明るくないのですが。


 ですが、都築さんの隣であんなに嬉しそうに微笑んでいるえびちゃんを見てしまったら、私の考察なんてもうどうでもいいかなって思えてくるわけです。


 都築さん、絶対にえびちゃんを泣かせないでくださいね。

 威嚇も牽制もほどほどにして、えびちゃんを大事にすることを最優先して考えてあげてください。そんなこと、私が言うまでもないんでしょうけども。


 本当に、あんなのバカップルもいいところです。

 眺めているこっちが恥ずかしくなってきます……あ、えびちゃんは大丈夫です。えびちゃんはなにも悪くない。



     *



 ……と、なんだかんだあれこれ喋ってきましたが。

 つまるところ、本当に羨ましい話だなっていうことです。


 あーあ、私も彼氏、ほしいなあ。仕事にもだいぶ慣れてきたし、そろそろ私生活にも潤いがほしいですよね。しかし、社内でというのはどうにも抵抗があるんですよね。

 いや、バレたら恥ずかしいとかそういうことよりもですね、碌なのが残ってないんですよ。失礼ですけども。


 だいたい、この職場は男性の割合が少ないんです。プランナーだけで考えても男性は八名中二名。無論、都築さんを含めてです。そんな中で対象となる若い独身男性となると、限られてしまいますよね。というか本格的に残っていないのです。

 うん、ない。社内はない。数少ない男性陣のうち、さらに数少ないイケメンは皆彼女持ち、もしくは妻帯者です。つけ入る隙がどうこうというより、そもそもつけ入ろうと思う気持ちさえ湧いてきませんよね。最初からなにひとつ期待していませんが。


 ……ん、あれ? どうしたんですか、久慈さん。

 え? 来週のチャペルアテンダントのシフト表ですか? それは池尾さんが作成していますよ、私ではないです。って、前にも同じことを言ったと思うのですが……しかも一度や二度ではなく。


 ああ、そうか。新年度からえびちゃんの出勤日数が大幅に減るから、新しいアテンダント人員を補充するという話が出てましたもんね。

 その件でということなんでしょうが、早く研修を始めたいのでさっさと人選を進めていただけませんか。このままだとシーズンに突入してしまいます。こんなところで油を売っている場合ですか。


 なんだか近頃、頻繁に久慈さんに声をかけられている気がしますが、なんなんでしょうか。

 暇なんですか、久慈さん。なら私の仕事を分けて差し上げてもいいのですよ……え? それはお断り? なら本当になにしに来てるんだ、あんた。


 え、次の火曜日ですか?

 ええと、特に予定はないです……って、久慈さんも火曜日がお休み?


 ……ん?

 ちょっと待ってください、久慈さんはどうして私が次の火曜に休みだとご存知なんでしょうか。


 ……………………んんん?

 なにこれ、おかしくないですか。しかもなに、久慈さんのそのいい笑顔。してやったりと言わんばかり。


 久慈さんのことはイケメン枠にカウントしていなかったので、ナチュラルに計算から漏れてましたよね……あっ、聞こえてましたかすみません……って火曜の拘束は決定ですか、そうですか。

 ……はい? それで今の失礼な話は相殺? いいですよ、別に相殺なんかしてくれなくても……あっすみません、またも声に出ていましたか。


 というか、そのお誘いはそういう意味でということ……ですかね。

 いや、憂鬱というわけではないです。そこまでではないんですが、ないんですが……しかし。


 なんだろう、嵌められた感がすごい。

 この職場の男性陣、本当にどうなってるんでしょうか。どいつもこいつも腹黒なんて、笑えないんですけど。


 ……全然笑えないんですけど……!!




〈仁藤さんと、憂鬱と/了〉

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