宝くじに当たったら、異世界に行けるようになるらしい
小林一咲
第1話 幸運のチケット
会社に休暇願を出した。
その目的はただひとつ、当選金を受け取りに行くためだ。
「こちらが当選金の10億円になります」
振込みの方が安心だと言われたが、通帳に記載された文字だけでは、どうも実感が湧かないので現金での受け取りにしてもらった。
両手に紙袋と、持参のリュックサックに詰め込み、足早に出て行く姿はさながら銀行強盗のよう。
30年間生きて、こんなにも世界に色がついて見えるのは初めての経験だ。
「これからどうしよう」
漠然とした希望というか、不安というか――“何でもできる”というのが、逆に“何をしたら良いのか分からない”状況になっている。
ひとまず、家に帰って頭を冷やそう。
いつもの帰路のはずが、全ての価値が可視化されて映っている。この店を丸ごと買い占めようか、この店の女の子を……なんて、柄にもない事を考える始末。
「ただいま」
そうだった。
これが本当の日常だ。
誰もいない3LDK。
いつかいたはずの妻も職場の同僚と不倫して、それっきり。机に置かれた離婚届と婚約指輪はそのままに、家はポッカリと空気だけが漂っている。
「人生を変えよう」
とりあえず、出前で寿司を頼むことにした。独りで食べ切れるかも分からない5人前を。
「どうも、ありがとうございました!」
配達の兄ちゃんは元気ハツラツで、「これからパーティを楽しんで!」と言いたげに満面の笑みを向ける。残念ながら、これは全て僕が独り占めだ。
サーモン、大トロ、ウニ。
美味い、美味すぎる。
贅沢に二貫喰いなんかをしてみる。
うん、一貫ずつ食べよう。
ふと目を落とすと、紙袋に入ったしおりに気が付いた。
これは高額当選者が貰える唯一無二の本。当選した後のことや、過去の高額当選者がどうなったのかなど、様々に書かれている。
「投資ねぇ」
興味はあったが、進んでやろうとも思わない。そんな事に使うなら貯金した方がマシ、というのが僕の考えだ。
大好きなサバを片手に、パラパラとページをめくっていくと、ポトリと小さな紙が床に落ちた。それは、どうやら名刺のようだった。
「ドリームハヴカンパニー??」
会社名だろうが、非常に胡散臭い。
何かの拍子で紛れ込んでしまったのだろうか。
そう思い裏面を見ると、明らかに手書きの文字で「夢を掴んだ貴方へ、世界旅行へご案内」とだけ書かれていた。
「旅行かぁ」
確かに久しく行っていない。
新婚旅行でのハワイが最後だろう。まぁ、あの時も妻の機嫌が悪くて素直に楽しめなかったがな。
旅に出るのも一つかもしれない。
それでも急に会社を辞めるわけにもいかないし、引継ぎやなんやかんやで2ヶ月後くらいになるだろうか。
「2ヶ月後ですね。承知致しました」
「だ、誰だぁ?!」
我ながらなんとも情けない声が出てしまったものだ。
だが、驚くべきはそこではない。彼女は今まさに僕の頭上に浮いているのだから。
幻覚まで見えるとは、これはもしや夢なのか??
「残念ながら夢オチではございません」
「考えている事、分かるの?」
「ええ。それと……私は一応オスです」
「へ?」
「ですから、彼女ではなく、彼と訂正して下さい」
どこからどう見ても女性――いかんな、この思考は時代錯誤だ。差別主義者とは思われたくない。
「これは失礼しました」
「まぁ良いですけど。それよりも、2ヶ月後に予約という事でよろしいですか?」
「ええっと、はい」
その場の勢いというか、なんというか。ともかく、承諾してしまったぞ。僕、大丈夫か?
「ではこちらを」
「コレは?」
「それでは、これにて失礼します」
「え、ちょっと!?」
消えた美少年は何者なのか。
しかし、渡されたパンフレットにはハッキリと『異世界旅行』と書いてあった。
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『凡夫転生〜異世界行ったらあまりにも普通すぎた件〜』
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宝くじに当たったら、異世界に行けるようになるらしい 小林一咲 @kobayashiisak1
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