第2話 救援要請

〈 ダンジョン中層 平野エリア 〉


「皆ー、こんばんわー! 今日も元気にダンジョン配信していくよ!」


:こんあり~!

:配信きちゃ!

:今日はどこかな?

:中層の平野か

:大丈夫だと思うけど気を付けてね!


「心配してくれてありがとう。皆もうわかっちゃったと思うけど、いま中層の平野部にいて、今日はレベル28を目指して頑張ります! それじゃあ行ってみよう!」


:はーい

:頑張れ!

:応援してます!


 ダンジョン配信を始めた少女はモンスターを探して平野を歩き出す。

 彼女の名前は涼風有栖すずかぜありす。大手配信事務所に所属する配信者であり、ダンジョンを攻略する冒険者である。

 平原を歩いていると、さっそくモンスターを見つける。


「あ、モンスターがいました。ゴブリンの上位種のホブゴブリンみたいです」


 有栖が発見したのは三体のホブゴブリン。何かの甲殻で作られた鎧を装備していて、それぞれが剣、盾と棍棒、弓矢で武装している。中層の平野部で三体一組で行動するモンスターたちだ。


(武装からして【剣士】と【盾士】と【弓士】かな?)


 冒険者はダンジョンでジョブを獲得する。しかしジョブを持っているのは冒険者だけではなく、モンスターもジョブを持っている。なのでモンスターの持っている武器や装備からジョブと行動パターンを予想するのは冒険者の基本中の基本だ。


:ホブゴブリンか

:三人以上のパーティが推奨されてるやつ

:強そうだけど大丈夫?

:大丈夫とか言ってるやつは初見

:有栖たんなら余裕


 コメントの反応は心配と期待が半々といったところだった。

 有栖はホブゴブリンの観察を終わりにして、己の経験からある程度の動きを予想し、戦闘を開始する。


「よし! 行きます!」


 三体のホブゴブリンに急接近し、まずは厄介な弓矢を持つホブゴブリンに向かって走る。ホブゴブリンたちも有栖の存在に気づき戦闘態勢に移るが、間に合わず有栖の先制攻撃を受ける。


「【風纏い】! からの斬撃!」


 有栖は腰に装備した双剣――ダンジョンでドロップした薄緑色で細身の刀身を持つ、魔法が付与された武器――を抜き放ち、封じ込められた魔法の力を開放して、風の力を刀身に纏わせる。

 腕を振りかぶり風の力で斬撃を放つ。放たれた斬撃は矢を射ろうとしていたホブゴブリンの弓を破壊する。


:弓壊した!

:遠距離攻撃持ちを封じるのは戦闘の基本だから偉い!

:ここからどうするんだろう

:危なくなったら迷わず逃げてね!

:斬撃カッコいい!


 弓を破壊した有栖を包囲するように動くホブゴブリン三体。その動きを予想していたは有栖はホブゴブリンたちの陣形を崩すように動きながら、ホブゴブリンたちにダメージを与えていく。

 有栖は一対複数で戦うときの定石――囲まれて攻撃されないように動き続ける――を自身のジョブ【軽戦士】の素早さを活かして、実行する。


:有栖ちゃんが早すぎて目で追えない

:多分囲まれないように動きながら攻撃してる?

:やっぱ有栖たんは別格だね

:あの双剣いいね

:風の力で攻撃をパリィしやすくしてるのかな


 ホブゴブリンを翻弄しながら少しずつダメージを与えていき、隙を見せた瞬間、クリティカルヒットを狙った攻撃を繰り出す。


「グギャア!」


 三体の中でも比較的倒しやすかった【弓士】のホブゴブリンを倒す。

 

「二対一になったから、さっきよりも動きやすくなったかな」


 次は【剣士】、最後に【盾士】の順に倒すことを決め、再び動き出した。

 しばらくすると戦闘が終わり、カメラのほうを向く。


「皆ー、終わったよー」


:さすアリ!

:やっぱり強い!

:配信者の中じゃ最強じゃない?

:それはいいすぎ

:最強だろ。にわか

:あらしはやめようね


「喧嘩しないでねー。それじゃあ次のモンスターを探しに行こう」


:はーい

:はーい

:はーい


 その後もモンスターを探して平野を歩く有栖だったが、しばらく探してもモンスターが見つけられない異様な事態に不安を感じつつ、モンスターの気配を探し続けた。

 しかしモンスターを見つけることはできなかった。

 いつもと違う平野を不思議に思いつつ足を止め、視聴者に話しかける。


「ん~。今日はモンスター見つかんないね」


:全然いないね

:普段はもっと居るよ今日はちょっとおかしい

:もう帰っちゃう?


「帰っちゃうのはちょっともったいないかなー……ん?」


 モンスターを探す有栖の目に映ったのは平原に一体で佇むホブゴブリンだった。

 通常、ホブゴブリンは複数が集まって集団で行動するモンスターだったはず、と自身の知識との齟齬そごに疑問を感じる。

 身を伏せてそのホブゴブリンを観察し始め、あることに気付く。


 (見た目はホブゴブリンで大剣ってことは【大剣士】だと思うけど、さっきのやつより強そう)


 先ほど戦った三体と比べると装備している鎧がかなり傷ついているように見えるし、手に持っている大剣も刃こぼれしている。

 それなのに、たった一体だけで平野に佇む様子はまるで歴戦の戦士のようで――。


(ヤバそうだったら逃げよ)


 観察を止め、心の中でそう決めて戦闘に入る準備に入り、それが終わると間髪入れずにホブゴブリンに突進する。

 初手は先ほどの戦闘と同じく、双剣に込められた風の力で斬撃を放つ。

 大剣を装備したホブゴブリンに斬撃は真っすぐ飛んでいき、無防備に立っていた体に直撃する――そう思われたが、ホブゴブリンは斬撃に気付くと大剣を振り上げ斬撃をいとも簡単に防いでしまった。


(嘘!? 防がれたっ)


 これには有栖も驚きを隠せなかった。風の斬撃は視認することが難しいうえに、速度も速い。その攻撃を防いだホブゴブリンに緊張が一気に高まる。

 有栖は初手を防がれたことに動揺しながらも、体は冷静に次の攻撃を繰り出していた。

 しかし、ここでホブゴブリンも反撃に出る。振り上げた大剣を頭上に構えると、スキルを発動し、幅広い刀身に赤いオーラがまとわりつく。

 それを見た有栖は攻撃を中断し【軽戦士】の回避スキルを発動して、大剣の攻撃を回避することに集中する。

 直後、振り下ろされた剣撃が大地を砕き、爆散させる。

 攻撃を辛うじて回避した有栖は思っていた以上の大剣の威力にホブゴブリンの強さを修正し、撤退することを考える。


(思ってた以上に強いな~。これは逃げたほうが良さそう)


:このホブゴブリン強くね!?

:大剣の動き全く見えない

:逃げたほうがいいって!

:いくら有栖たんでも……


 視聴者たちもホブゴブリンの異常な強さに驚きつつ、撤退することを提案していた。

 有栖は即座に戦闘から撤退に意識を切り替えホブゴブリンに追撃されないよう、警戒しながら撤退するチャンスを探す。

 その動きを察知したのかホブゴブリンはスキルを発動させる。体に赤いオーラがほとばしり、口を大きく開き衝撃を伴う咆哮をする。咆哮と同時に赤いオーラが周囲に放たれ、有栖の体にそのオーラが触れる。

 その瞬間、撤退しようとした足が硬直し、逃げることが出来なくなる。


「えっちょ、足が動かない! なんで、まさかスキル!?」


:何で逃げないの!

:さっきの赤いオーラってスキルだよな

:逃げるのを封じるスキル?

:そんなのあったっけ

:スキル名鑑でみた記憶が……思い出した! 【剣闘士グラディエーター】の【決闘宣言】だ!

:【剣闘士】ってかなりのレアジョブだよね

:名前からしてヤバそうなスキルだな

:有栖たん! 【決闘宣言】は自分と相手を逃げられなくするスキルだ!

:マジ? だったらヤバくね?

:撤退不可能ってクソスキルじゃん

:一応、互いの身体能力が強化されるっていうおまけもあるみたいだけど……

:どっちにしろヤバいって状況は変わんないよ!


 コメントに書かれたスキルの情報を読んで、自分に起きたことを理解した有栖は撤退することを諦めて、すぐさま冒険者専用のデバイスを取り出し、救援要請を出す。


「皆、安心して! 今、救援要請を出したから近くにいる人が助けに来てくれるはず。それまで攻撃をしのげば大丈夫だよ!」


 有栖はそう言って視聴者を安心させる。しかし、有栖の気持ちは晴れない。仮に近くに冒険者がいたとしても間に合うのか、それまで目の前にいるホブゴブリンの猛攻をしのぎ続けられるか。この言葉が真実になるかどうかは自分の力量にかかっている。


(正念場だね)


 そう決意し戦闘態勢をとると、先程までピクリとも動かなかった足が自由に動いた。スキルの情報が正しいものだったと確信したところで、ホブゴブリンが大剣を横に構えながら勢いよく有栖に突進してきた。


〈 ダンジョン中層 平野エリア 〉


 地上に帰還するためダンジョンの中層を歩いているとき、冒険者専用のデバイスが音を立てながら振動した。


「マスターその音は何ですか?」

「ん? これは救援要請のアラームだよ。危険な状況になったとき、救援要請を出すことで近くにいる冒険者に通知が飛ぶんだ。えーと……ここから近いね。すぐに行こう」

「わかりました! では!」


 エリは素早く四つん這いになり、敬愛する主を乗せる体勢になる。


「いや乗らないし、そもそもエリは足がそこまで早くないでしょ。まずは【技能模倣スキルコピー】してと」


 【召喚士】のジョブで習得したスキルを使い、召喚獣のスキルをコピーする。

 コピーしたスキルは【狼人剛力ストレングスオブウルフ】。

 これにより祈の身体能力は大きく強化され、ついでに優れた嗅覚による索敵も可能になる。

 デバイスに送られてきた位置情報で大まかな場所はわかっているので、嗅覚を使いさらに詳しい場所を探り当てようという考えだ。


「準備できた。それじゃあ掴まって」

「なっ、マスターに運んでもらうなんて召喚獣としてできません! 私は自分の足で走っていきます!」

「それで間に合わなかったらどうするの?」

「ぐっ。な、なら一度召喚を解除して……」

「召喚するのに最低でも3秒はかかるんだよ。現場がひっ迫した状況だったら再召喚の時間すら惜しい。わかった?」

「うぅ……」

「エリ、命令だよ」

「……はぃ」


 か細い声で返事をするエリを片手で抱っこする。普通の状態ならできない、というわけではないが、先に発動した【狼人剛力】のおかげで簡単に抱っこできた。

 エリを抱っこしたまま、救援要請があった場所まで走る。


「マスター申し訳ありません……」

「気にしないで。きっとこの後、戦闘があるだろうからそのときは頼むよ。僕は戦えないからさ」

「はい! 任せてください!」


 しょぼんと落ち込んでいたエリを励まし、祈は平野を駆けていくのであった。

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