仲間集め⑥

『半年前、いきなり私たちの集落を魔物の集団が襲い掛かって来たの。皆が武器を手に取って一生懸命戦ったんだけど、最後に出て来た山みたいな大きさの魔物と大量の魔族によって疲弊した皆は殺されたの。私は集落の希望だってお兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に逃がしてくれたんだけど、行く当ても信じられる相手も何もなくてその日食べる物飲む物を必死に補ってたら...二週間前に宝石を沢山付けた人間と私たちの集落を襲った魔族が取り囲んで来て捕まったの。それから拘束されて値段を付けられて、逃げようと藻掻いてたら魔族の一人が貴方の姿を見せてきて、勇者を殺せって殺せなければお前たちは死ぬよりも酷い目に遭わせるって言われたの』


 黒獅子の獣人の女性、名前をリオという24歳の彼女から聞いた話を纏めるとそういう事らしい。そうまさかの24歳、俺よりも小柄で幼そうな雰囲気があったのだが四つも年上の女性だったということに驚いて事情に関してしっかり聞いていられなかった。ただ俺が勇者として戦っていた頃によく遭遇していた事象に巻き込まれたんだということだけは理解出来たんだがな。

 同情は出来るけどしない、今の時代そんな被害に遭っている奴は少なくないどころかもっと多いと思っても良い。戦える人間がいない場所では一匹の魔物に襲撃されて、そのまま全員が食い散らかされるなんてこともある訳だしな。

 だから、嘆き悲しみ恨んで憎むことを否定しないし復讐心に駆られるのを止めないけど、それと同じく不運なのか幸運なのか分からないが生き残った奴に同情もしない。


 それで、リオの兄と姉の拘束場所に関してだが...城下町の端の端にある薄暗い地下の中で鎖と首輪を付けて拘束されているらしい。当人の感覚から推定された場所としては、ステラに案内してもらって近いうちに参加する予定だった裏市場。

 話としては表で売れない特別な事情のあるものを売買しているという話で、王族も表立って声明は出していないが認可している違法なものは取り扱っていない場所という話だと思っていたんだが...何処かで螺子が外れたのかもしれないな。

 勇者の特権があるのならばどんな場所であっても白昼堂々と襲撃を仕掛けられたんだが、生憎勇者ではなくただの英雄なのでそんなことは出来なくて一時足踏みする羽目になった。まぁそれもすぐに繋がれる伝手の存在を思い出すまでだが。



「……こちらとしては動けんな」

「あぁ、それは重々承知している。こっちも国王が認可しているという事実がある関係上襲撃を仕掛けられんし、場合によってはただ参加しているだけの貴族だの商人だのを巻き込みかねないから不用意なことは出来ない」

「うむ、してどうする? 魔族の関与が事実なのだとしても、その事実を洗い出している間に魔族共が逃げ出してしまうやもしれんぞ」

「あぁ、それも理解している」


 ということでファナの父親で現騎士団の騎士団長を務めているリュード・ファリティアに話を通している。緻密な作戦会議というのをするべきなのだと思うが、リオに与えられた俺を殺すという役目の期限が何時までなのか不明であるため時間がない。

 なので考える間もなく切れる手段の中で手っ取り早い一つを切って、そのついでに今の俺たちが表立って介入する方法を伝えておく。これで何があったのか民衆の間で騒ぎになった瞬間に騎士団に介入してもらって細かい方面を対応、大きめの理由に関しては積み上げてきた信頼を利用する形になって心苦しいがそれを公表する。


「迅速に使える手札に表立って俺たちが介入できる手段がある」

「なに?」

「リオ、俺の殺害を依頼された獣人に俺を運ばせる。勿論本物の死体のように見せる必要があるから脇腹と首筋を掻っ捌いて出血した状態で呼吸も止めておく。それで奴らの本拠に運び込まれたら御の字だが、そうでなければ離れた場所で待機させておくファナとステラに介入させて暴れて本拠を見つけ出して叩き壊す」

「……合理的だが、出来るのか?」

「死んだふりなら十二分に経験がある。脇腹と首を掻っ捌いたところで後ろにいるのが魔王軍幹部でもなければ何も問題は無いし、魔王軍幹部だとしたらリオに奪い取ったという体で預けておくポーションを使って治療して殺す」

「ふむ...確かにそれならお前が襲われたから仲間であるステラとファナが介入することが出来る。その上でこちらとしても大恩あるお前が殺されかけたということで正式に表明して関係者を捕らえることが出来るということか」

「そういう事だ。俺が死に掛けることなく戦闘に勝ち続けたなんて功績があればこんなことは出来ないが、生憎傷を負いまくって来たからな...俺のことを知っている奴ならば分かってくれるだろう」

「その点は問題ない。むしろ重傷を負ったということで勝利が近いと思って気が緩んでいる騎士たちの気を引き締められるからな」

「そうか? それならいいが」


 そう俺の死体がその手っ取り早い手段だ。


 奴らの中ではまだ俺が勇者ではないという事実が知れ渡っていないからこそ俺が勇者なのだと思い込んでいるのだろう。そして今この世界で奴らを一番殺しているのは俺で、欲深い連中にとって目の上のたんこぶになるのも俺なのだろう。

 だからこそ死にはしない傷を作って俺の死体を俺で偽造すれば奴らも信じて本性と本拠地を曝け出すだろうからな。そうなったらあとは蘇生して全員殺して回って、リオの兄姉を回収しながら騎士団に首を届ければ解決ということだ。


 それで本拠を曝け出さないというのであればあの辺り一帯で暴れ回ればいい、人が住んでいる気配は無かったし住んでいるとしてもスラム地区にも貧困地区にもいることが出来ない後ろめたさのある奴だけだろうからな。巻き込んでしまったとしても仕方がない、丁寧に埋葬して冥福を祈ることにしよう。


 一応それを完遂したとしても懸念点、というか完全に解決とは言えない点もある。リオたちの集落に止めを刺した巨大な魔物、近くにいるのならば見える筈だが見えないということは隠れているのか未だに獣人の集落にいるんだろう。

 まぁ、そいつに関しては後々だな。リオにどうしたいのか聞いて殺したいというのであれば送り出して、殺して欲しいというのであれば報酬を要求してから探し出して殺してやることにしよう。


「じゃあ、伝達してくれるか?」

「あぁ、任せて欲しい。この後すぐ動くのか?」

「先にファナとステラに話を通して、あと態々予約を取ってくれたヘルメスにもこうなるというのを伝えてからだな。おそらく夕方になる手前かなった直後から動くことになる」

「ふむ...ヘルメスというのは陛下御用達の商人か?」

「あぁ、そうらしいな」

「なら、私の方から話を通しておこう。手紙を書いてくれるか?」

「…良いのか?」

「あぁ。被害者がどうなるか定かではないんだろう? こちらは時間的にも余裕があるからさっさと行動に移した方が良いだろう」

「すまない、頼もう。どれに書けばいい?」

「これに頼む」


 フェルノ・デザイアだ。簡潔になってすまないが、色々あって予約してくれた裏市場に関してだが破壊することになった。本当に申し訳ない。


 よし、これでいいだろう。詳細に説明するのは諸々が終わった後で時間を用意してもらって正式な場で謝罪しながら行おう。なんだったら幾つか品を掠め取ってそれを秘密裏に渡して何でもいうことを一つ聞くとでも言おう。

 ……商人相手にその約束というか契約をするのは流石に怖いが。


「これで良いか?」

「あぁ、大丈夫だ問題ない」

「よし。じゃあ俺は動き出すぞ」

「あぁ、こっちは任せてくれ」


 ファナとステラに頼んで、リオにナイフを持たせてそのナイフで俺の脇腹と首筋を掻っ捌きつつ血を付着させて、そんで奴らとの集合地点らしき場所まで移動してから死んだふりをしてという感じで良いな。全員が来るなら御の字、来なければ、申し訳ないが裏市場のある区画には壊滅してもらう事にしよう。



 ********



「準備は良いか? ファナとステラは俺が暴れ始めてから動き出せ、それまでは表通りの方で適当に買い物をしているフリをしていてくれ」

「あぁ、分かった」

「お任せください」

「よし。リオは出来る限り焦燥した感じを出せ、必死に縋り付くような感じで俺の体を投げ出してでもそう演技しろ。あと、ナイフを貸せ」

「うん、分かった。はい」

「よし」


 諸々説明して、指示を出すよりも先に激情して突撃しようとしたファナを拘束しながらどう動くのかという指示を出す。自分で自分に傷を付けるのはどうなんだ、血糊とか輸血用の血液じゃダメなのかという質問があったが真実味が薄いので却下した。

 今から騙すのはリオを襲った魔族とそれに与する人間、それから何も知らないで介入しなければならない騎士団の団員に真横で騒ぎが起こる民衆だからな。どこかしらで勘の良い奴がいれば計画が破綻するので真実味は追及しなければならないからな。


 ということで人気のかなり薄い路地で最終確認を済ませ、リオからナイフを借りてそのまま脇腹に差し込んで横に掻っ捌く。血が噴き出すのを無視して首にナイフを合わせて食い込ませながら掻っ捌く。やり過ぎたかもしれん、死ぬほど痛いわ。


「すまん、ポーション渡してくれ。切り過ぎた」

「だろうな、死ぬときの出血だぞ。ほれ」

「ありがとう...よし、首は塞がった。血は落ちてないか?」

「落ちてませんねぇ、いえ流れ過ぎて傷が見えないんですけども」

「ならいいか。行くぞリオ」

「……大丈夫なの?」

「問題ない、このくらいならあと十日は連続で戦える」

「!?」


 血が足りなくなりそうなので増血剤を飲み込みながらリオを連れて歩いていく。魔族共が死体を持ってこいと要求した場所は、城下町の端で全域を囲っている大壁近くの広場らしいのでそこに向かう。

 位置関係としては大通りがあって細かい路地が何本かあって、その辺りを抜けた後に細い路地を抜けた先にある場所が裏市場の入り口。それでそこから徒歩で三分程度進んでから再び細かい路地を抜けたらその広場がある。

 当初の予定では噴水が出来る予定だったらしいのだが資材も時間も水路も足りなくて断念されその名残のまま残っているとのこと。23代前の国王の話なので真実かどうかは分からないみたいだがそういう話が残っているのは事実らしいとはステラの話。


「……そろそろ」

「そうか。じゃあ手筈通りに俺は倒れるから引き摺って行ってくれ」

「……うん。血はこんな感じでいいの?」

「不安ならもう少しつけておくか?」

「なんだか、抵抗されたって感じが無い」

「なら問題ない。あいつらはそういう細かいところにまで目を向けられない奴らだからな、返り血があって息をしていないというのが分かれば死んだと判断するぞ」

「…ん、分かった」

「じゃあ。任せたぞ」

「……こっちこそ、任せた」


 リオがそろそろというので、路地の壁に凭れ掛かるようにして目を閉じて全身を脱力させる。その状態の俺の首裏の服を掴んで引き摺って件の場所まで運ぶ。


 十数分程度の時間引き摺って運ばれて、そのまま地面の上に投げるように掴んでいた手が離れてリオが息を吸う音が聞こえてくる。


「殺して、来た...!」


 必死に出ない声を絞り出しているかのように聞かせる声。実際に疲れているのかもしれないが粗く短い呼吸を繰り返していて、本当に必死になって殺してきたのだと思わされる真実味を感じられる。


 よくやっていると思いながらそれを聞いていると、死ぬほど殺してきた奴らと全く同じ臭いと気配を垂れ流している奴らが複数出現する。羽ばたく音は聞こえなかったので羽があるタイプではなく足音も聞こえなかったので、おそらく転移して此処にきたのだろうと思われる。そうなってくると...本拠地まで連れていかれないな。


「ん~~、よくやってくれたよ獣風情が。流石の勇者とて信頼のおける民からの凶刃には反応し切れなかったということか。ふっふっふ、あぁ愉快だよ」

「殺して、来た! だから! はやく!!」

「あぁ、そうだったねぇ...じゃあ死んでくれたまえ」


 ほれ見ろ


「……えっ、どう、して。話が、違う!」

「下らん獣風情が吠えるな!! お前らなぞどうせ家畜以下のクソなのだ!!」

「ッッ!!」

「話が違う? 当然だろう!! どうせ今から全員死ぬんだからな!!! 勇者さえいなくなれば、貴様らの殲滅なぞ造作も無いのだからな!!!!」

「……」

「どうした? 絶望で声も出ないか? あぁ、あぁ、面白い!!! 貴様らクソどもはこれだから面白い!!! 餌を吊り下げれば簡単に動くんだからな!!!!」

「……」

「ではな、獣。勇者を殺した功績に私自らが殺してやろう」


 潮時か、じゃあ殺すか。


「では、し「うるせぇよ」がぺ」

「「「「!?!???」」」」

「場所を探れるか?」

「任せて」

「じゃあ探れ、俺は此奴らを殺すから」

「ん」


 長々と話していた魔族を叩き潰して、絶望から崩れ落ちているフリをしていたリオに本拠地というか兄と姉が囚われている場所を探すように指示を出す。

 それから俺の生存を認識して一斉に逃亡を始めた魔族共に視線を合わせて、強く踏み込んで地面を揺らして拳を握り締めながら全力で振り抜く。


 轟音と破壊音。

 城下町を囲っていた壁諸共逃げ出した魔族たちの胴体を消し飛ばす。

 ファナとステラへと届ける開戦の合図だ。

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