報告と授与
「態々時間を取って頂き感謝いたします国王陛下」
「よい、お主には多大なる恩がある。時間ぐらいならば幾らでも用意出来る」
「重ね重ね感謝いたします」
走り抜けて辿り着いた王城の一室。勲章の授与や爵位の拝命といった国に関わり国王の採択が無ければ出来ないことを主導する謁見場、そこで玉座に座る国王と周囲を囲むようにして立つ貴族たちの真ん中で膝を付きながら言葉を紡いでいる。
王城に辿り着いた瞬間にこの部屋に連れていかれ、身綺麗にする間もなく国王への謁見を始めさせられたので叩き込まれた形式の挨拶をして...それからここに来た目的である報告を行う。とは言っても詳細に関しては事前に公爵が先に送ってくれているので簡潔に事実だけを国王に報告する、弁明とかは必要ないだろうし別に勇者という立場を使って何かをしたという記憶も無いのでいつもの調子に戻していく。
「それで、何があった?」
「簡潔に申し上げます。フェルノ・デザイアという男は正式な勇者ではなかったと天より降臨された使徒に宣告され、勇者の証明である右手に浮かび上がる聖痕と魔族を討つための聖剣を剥奪されました。運命の正当性なく勇者であったという事実より天罰を課す契約と共にフェルノ・デザイアは勇者ではなくなり勇者を称することが出来なくなりました」
「………ふむ」
「此度の謁見、それは私が勇者ではなくなったという一つの明確な事実の報告のためでございます。勇者を偽っていたという自覚は一切ありませんが、それでも私は勇者ではなかったというのは紛れもない事実でありそしてこの五年に渡って私は意図しない形であったにしろ勇者を偽っていたということになります。そのためにも、後見人として立ってくれていた国王陛下に話を通しに参りました」
通しに来ただけだけどな。
無罪放免なら万々歳で、追放ならまぁ恩返し代わりに国内の魔族を皆殺しにしてから堂々と出ていこう。
仮に拘留されるなら盛大に抵抗して亡命するとして、死刑ということならば仕方がないからこの場の全員皆殺しにさせてもらおうかな。
よくよく見れば、役に立たない利敵者を押し付けてきた教会の人間に魔法連合の人間もいるから、鬱憤を晴らすがてら大暴れするのも悪くないというか全然アリだな。
では、責任を負って死ね...とか言わないかな。
「ふぅむ...実に受け入れ難いな」
「……国王陛下?」
「五年前のあの日、魔族共が出現して世界が乱れた時にお主の手に煌々と輝く聖痕をわしは確と見た。五年前のあの日、勇者でなければ抜くことが出来ぬ聖剣を抜いて人類の希望の輝きを示したのをわしは憶えておる」
………何か、想定してたどれとも違うぞ?
「王都の補給線に魔族共を率いて陣取り数多の被害を出しておった『動かぬ悪食グリモス』を相手にして重傷を負いながらも勝利をその手に掴み取った報告、それは暗闇に染まっていたわしらの視界に輝きを取り戻してくれたのをわしは憶えておる」
「何処までも続く曇天に雷鳴響く嵐を引き連れて王国の大地を荒らしておった『澱む祭礼ナハシュ』を追い詰め永遠に続くかに思われていた災害を打ち払い、輝きと恵みを齎す陽の光を取り戻してくれたのをわしは憶えておる」
「人類の名誉も誇りも尊厳も何もかもを冒涜する下劣な存在である『穢れた人形ドルラプ』の本体に辿り着き侮辱されていた人類の全てを解放し、二度が起こらぬように因果の始点にして終点である悪を滅ぼしたのをわしは憶えておる」
「現実非現実の全てを騙し尽くして人類の生活圏に侵入し緩やかな崩壊を連鎖的に引き起こした『形無き千変万化ガレク』の全ての分体を見つけ出して破壊し生き長らえようとドラゴンに変化した本体をも殺し、猜疑心に囚われ他者を信じられない状況にあった王国の暗闇を晴らしたあの瞬間をわしは憶えておる」
あぁ、これ...あれだな。
何か体に覚えがあると思ったが、魔王軍幹部と戦った時の話か。
名前なんざ知らなかったがしでかしたことを聞いたら思い出してきた、グリモスはデカいカバとサイと牛を混ぜ合わせたみたいな魔族で、ナハシュは変な踊りを踊りながら動いていた鬼みたいな魔族で、ドルラプは薄気味悪い人形で、ガレクは頻繁に姿が変わるスライムだったな。
どいつもこいつも特徴は何だと聞かれればクソと一言で答えられるのに、そのくせ異常なまでに硬いし理不尽染みた攻撃ばかりだし仲間は利敵行為してるから一人で死ぬ気で戦ってた記憶が染みついているな...あぁダメだ殺意が湧いてきた。
順番は前後している、というか記憶に強く残っている順か? もしくは記憶から抜け落ちそうだから先に語っているのか...取り敢えずグリモスは三匹目、ナハシュは七匹目、ドルラプは五匹目、ガレクは四か六匹目だったはず。
「ダンジョンへと変貌した古遺跡を支配しその肉体に変換し魔物をばら撒き続ける移動要塞であった『眠らぬ巨兵ダルバンディ』に幾度となく挑み続け、その果てにダンジョンの心臓であるコアと同化したかの災禍を討ち倒し人類に眠れる夜を取り戻したあの日のことをわしは憶えておる」
ダルバンディ...は、たしかデカいゴーレムだな。一番最初に戦った魔王軍幹部で今ほど強いわけじゃなかったから本当に死に掛けながら這い出て来続ける魔物を潜り抜けて、体の中に潜り込んで心臓部分にいた周囲の岩肌とは全く違う滑らかな体をしていた本体を叩き潰したはず。
その後重傷を負ってたから丸々一ヶ月寝込み続けるわ、聖女はクソの役にも立たない祈りに行くわで傷口が馬鹿みたいに開いて騒ぎになった記憶の方が強いけどな。
「悪戯のように無作為に死をばら撒き死を収集するアンデッドたちを率いる死に縋り付く悪夢であった『止まらぬ屍騎士ライハン』を太陽の下に引きずり出し、尊び大切に扱うべき死という在り方を取り戻してくれたのをわしは憶えておる」
ライハンは……あぁこいつが六匹目だ。死体の方が本体のように見せかけて身に付けている武器が本体に思われていて、本体は剣に付いていた宝石の中にいた霊体の魔族だった奴だな。
あまり苦戦した記憶が無いというか、ボス格を見つけて武器を叩き落して使い物にならないようにバラバラにしたら本体の入った宝石が逃げようとしたから踏み砕いたら死んでた奴だな。
ついでに言うとこの時点でファナ以外の奴らに信頼を置けなかったし信頼されようとも思わなかったから力を磨き上げて、ついでに武器頼りの戦い方を止めた頃だったな。
「月を朱く染め上げ永劫の夜を作り上げ地上の全てを自らの眷属で覆い尽くそうと謀略を張り巡らせた『嘲る流血ディアボ』を夜闇という相手の舞台にたった一人で乗り上げた上で対面し、数多の眷属ごと一晩で一派を壊滅させるという偉業は勢力を拡大し続ける人類に希望を齎したのをわしは憶えておる」
ディアボは二匹目だな。隣国の帝国の方で勢力拡大していたから自由に動ける俺以外は国境を超えられなくて、結局一人でしかも魔法で夜にしていたからその状態で立ち向かって殺さなきゃいけなかったんだよな。
確か聖剣を使って戦おうとしたら眩しくて碌に振れなかったから地面に突き刺して光源にしながら全部殺した記憶がある。
当時はまだ暗闇で戦うことに全くと言っていい程慣れてなかったからな、どれが魔王軍幹部なのか判断も付かなかったから剣の届く限りを全て殺したな。あとあれだ、そこまで魔族共に存在が広まっていなかったから木っ端どもが逃げたりしなかったからその場にいた魔族を纏めて皆殺しにしやすかったというのもある。
「空を埋め尽くす無数の翼に巨大な黄金、世界に鳴り響く無数の声に轟く咆哮、地上の全てを焼き尽くさんと放たれる紅蓮の数々...『邪なる黄金フロニス』。世界を飛び交いあらゆる生命を蹂躙しながら動き続ける巨大なドラゴンを前に、明日を生きるために抗う人々を率いてその黄金の首を斬り落とし心臓を穿ったという一報。それは未だに市井で謳われている素晴らしく最も新しい英雄譚としてな、わしも何度か耳にして幼子の寝物語として時折語っておる」
フロニスはあれだ八匹目で殺した直後に賢者に殺されかけた奴だ。正直なところ確かに強いのは強かったんだが強い理由が硬いというのとデカいだけだったからな、直近で殺した魔王軍幹部に比べれば貧弱だったしブレスも地面を捲り上げて受け止めれば簡単に対処できたからな。
あと率いていたドラゴン共が邪魔だった眼球叩き潰そうとしたら肉盾になるし、翼を引き千切ろうとしたらブレスを吐いてくるしで、本当に賢者の独断専行さえなければ楽に殺せたんだろうなって今でも思うわ。
まぁ爪だの牙だのを受け止める過程で重傷を負いはしていたんだが。
「そして諸君らも耳に新しいだろう。最強を自称しこれまで幾人もの王国騎士たちを無残な骸に変えてきた最悪の魔族『時の超克クライム』の討伐。時間という人類にとって干渉不可能な領域を操るかの魔族を相手取り、そして歴代の勇者ですら成し遂げられなかった犠牲ある勝利ではない完全なる勝利を掴み取った。この偉業を成した報告を耳にした時わしは驚愕し...感動した」
クライムは例の奴だな。勇者の資格を持っていかれる直前に殺した魔王軍幹部、人間みたいな見た目の魔族だったんだが時間を止めてその間に接近と攻撃準備を行うなんていう無法を繰り返してくる厄介な奴だった。
まぁ何の誓約かは知らんが時間を止めている間に攻撃をしてくるなんてことはなかったから、動きを予測して時間を止められる直前に来るであろう場所に向けて攻撃を叩き込んで動揺している隙を狙って心臓を抉り抜いて喉笛を引き千切って殺したんだがな。
まぁだがかなり強かった、ミスれば気付かれて二度目はなかっただろうしそうなったら逃げられるかフェイントを仕掛けられて殺されるかの何方かだろうしな。
というか...なぜ、こんな話をしているんだ?
「そう、偉業だ」
…………?
「死を間近にした戦いを乗り越え生きてその手に勝利を掴み取り続けた、それは成し遂げた者が何者であったとしても称えられるべき偉業ではないか! 勇者ではなかったなどという約定で握り潰されていい物か! 勇者ではないからなどという理由で塗り潰してしまっていい物か! いいや違う!!!」
………あ...クソ、この爺、まさか
「称えられるべきだ! 謳われるべきだ! 正しくその偉業は新たな歴史! 新たな英雄譚!! 新たな神話として!!! 今の世の人類に! そして後世の苦境に陥った人類に!! 希望の光を見せるために!!!」
………気付くのが遅すぎたな、クソ。
「わしは! フェルノ・デザイアに英雄の称号をアルストヴァル王国の名の下に授与する!! 人類の希望! 人類の栄光! 人類の未来! それらを形成す者として未来永劫語り継がれる名として!! 英雄の称号を与える!!!」
………あぁ、そりゃ、首輪を付けるなら有効な手段だわ。しかも成し遂げたことを理解してない訳じゃないし俺の影響力に関しても理解してない訳じゃない...仮に勇者ではなかった偽物だったなんて公表すれば国は荒れるだろうな。
少なくとも魔王軍の被害を受けていた人間は国に対して不信感を抱くだろうし、帝国なんかはその荒れているのを利用して王国を批判しながら帝国が俺の支援を行うとか後見人になるなんてことを言ってその後の真実を誤魔化しかねない。
最高の戦力に現状は互いにメリットがないから敵対していないだけの隣国の両方を敵に回すようなことはしたくない、だからこそ王としてではなく国として声明を出してくる。
別段無視しても良い。英雄なんて称号知ったこっちゃねぇなんて言って自由に暴れても良いがそうなれば王国は間違いなく破滅するし、それに俺に対しても有りもしない悪評が降り注いで自由に生きれなくなる。
国のトップ共が死ぬなら何とも思わんが、それ以外の何も知らん人間がただ犠牲になるのは後味が悪いからそんなことは出来ないしな...あぁ、クソ。個人で会えるようにすれば良かった。
「どうだ? 受け入れてくれるか?」
……断れん、断るメリットが少ない。むしろ受ければ俺の身分証明になるだろうし、多少の生き難さはあっても自由には生きられる。それ以外にもメリットデメリットはあるだろうが...この場で断るだけのメリットも理由もない、か。
…………仕方ない。
「勿論です、人の世の未来を切り開くために尽力しましょう」
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