王城への帰路①

「そんなことにならないとは思うんだが...」

「どうした?」

「王城に戻って本物の勇者ではなかった、だから拘束する或いは処刑すると言われたらどうする?」

「ふむ...」


 アースドラゴンの死体を漁ってから帰路の進みを再開して体内時計で二時間程度、周囲に何もなくて何も存在しない野原が広がり続けている中で隣を歩くファナがそのように問いかけてくる。

 それに対して顎に手を当てて軽く上を向きながらその状況を想像して、その上で今の自分が取れる行動で最も楽で自由な物を考えてみれば一つしか思い浮かばないので言葉にする。


「仮にそうなった場合、消えてもらう」

「……誰にだ?」

「全員だ。その時点で王城にいた全員にな」


 多少腕に覚えがある人間がいたとして、五年前に見た記憶時点で障害になりそうなのは騎士団長ぐらい。それに一人二人追加されようとも統率されたドラゴンの群れを相手にする以上に苦戦する事はないだろうし、多少苦戦したとしても二時間もあれば王城のあった場所ごと全部更地に出来るな。


「まぁ、出来るだろうが...いやそうだな。忠誠心のような物は持っていないし、人殺しを忌避する感覚がある訳でもないから出来るか」

「あぁ、造作もない。それに対して関わり合いがある訳でもなければ知り合いが其処にいるわけでもないからな」

「ふぅむ、そうなったら私はどうするべきか……」

「あ? ……あぁ、そういやそうか」


 自然と頭の中から取り除いていたが、言われてみればファナの正式な所属としては騎士団になるんだったな。確かに俺が王城の連中と敵対したとしてファナは忠義に背いて俺を選ぶのか、それとも忠義に殉じるかの何方かを選ばざるを得ないんだったな。

 流石に胃痛に頭痛の原因にはなっても躊躇い無く殺せるような関係性ではないし、そもそも正面切ってファナを殺そうとした場合そう易々と殺せないだけの実力はあるからな。思ってもいなかったところから思ってもいない障害が生えて来たな。


「………よし、お前に付くか」

「………いいのか? お前には家族や友人がいるだろう? そうなった場合俺は容赦なくお前の家族や友人も纏めて消すぞ?」

「うむ。軽く考えてみたが、家族や友人よりもお前を優先したいからな。仮にその状況でお前を拘束して差し出したとしても得られるのは誉め言葉とお前の成し遂げた功績を押し付けられるだけだろうし、それならばお前と共に暴れて逃げた方が後悔の無い選択な気もするしな」

「……意外だな。こんなにあっさりと決めるのか」

「そうか? 五年もお前と一緒にいたんだ。寝食を共にして戦場を共にして死線を共にし続けてきたんだ、それだけ深く関わって来た相手なら目に見えない勝手に掲げるだけの忠義なんかよりも大いに優先するべきだろう?」

「そうか...そうか」

「うむ、そうだ」


 こっ恥ずかしいことを平然と言いきってくれるな?

 …………あまり目を向けれていなかったというか可能性を考えていなかったが、そこまでなのか。

 愚直に忠義に殉じて止めるぐらいのことを言われそうぐらいに思っていたんだけどな...想定以上に俺がこいつの中で重く入り込んでいたんだな。躊躇いはするがそれでも殺すという選択を俺は平然と取れてしまうんだが...


「………まぁそれならいい」

「うむ...あぁ、それで」

「……どうした?」

「受け入れられて、その上で魔王を殺してくれと言われたらどうするんだ?」

「魔王をか?」

「あぁ」

「ふぅむ...」


 正直なところ、俺が勇者であったから魔王を殺すために旅に出て魔王軍幹部どもを殺していただけなんだよな。だからこそ勇者ではなくなった時点で俺は何でもないただの一平民でしかないからどうでも良いんだが...することがないしな。


 これで魔王討伐という目的が無くなったとして、これから何をしたいのかと問われれば特にしたいことというのが思い浮かばないくらいにはしたいことがないんだよな。


 強いて言えば年取った後に楽して生きるために金を稼ぐことぐらいなんだが、適当にドラゴンでも見つけてその死体を適当な商人に売り払うのを数回繰り返せば稼ぎきれるし……かといって無償で受けるのはなぁ。


「報酬の交わらない頼みなら断る、報酬があるのならば受けよう」

「報酬、か?」

「あぁ報酬だ。元より魔王討伐は勇者という称号があったからこそ請け負った使命でしかないし、それを今の状態の俺が成し遂げる理由も意義も見つからんからな。強いて言えばここまで魔王軍幹部を殺してきたんだから、そのついでに残党も魔王も殺してしまえという考えがあるくらいなんだが...報酬が欲しい」

「そこまでなのか? 魔王軍幹部を殺したとなってもその時その時で出される報酬を一切受け取っていなかったのに?」

「それは使命という理由があったからだな」

「うん?」

「難しいか?」

「あぁ、難しい」


 うぅむ、どう説明したものか。それにしても理由はそれ以外に無いんだよなぁ、全身がズタボロになって死に掛けようが勇者は魔王を殺す者でしかないから、その過程に対して何かを受け取るのは俺の信条に反するから断っていただけなんだよな。


 逆に言うと俺は勇者ではなくなったのだから魔王と直接の関わりは無くなった、だからこそ魔王を殺すための相応の理由がないと今の俺が魔王を殺しに行く理由を見つけられんのだよなぁ。


「あぁ、あれだ」

「うん?」

「お前が自分の意思で誰かを守る時に報酬を拒否するのと、お前が仕事を受けて誰かを守った時に報酬を受け取るのと大体同じ感覚だ」

「……なるほど。それならば確かに理解出来るな...それで具体的に何を要求するんだ?」

「金と医療品」

「……欲が無いな? 魔王討伐を引き受けるならそれこそ爵位だとか、土地だとか、王族の血筋だとかを要求しても問題はないと思うぞ?」

「どれも欲しいと思えないんだよなぁ...面倒そうだし」

「面倒...確かに面倒だな。私も要求する立場になったとしてもそれを欲しいとは思えないが」

「だろう?」


 どれもこれも面倒なんだよな。下手な爵位だとか土地だとかを要求すれば反発が出るだろうし相応の仕事をしなければならなくなるし。

 王族の血筋とかに関しても別に魅力的に映らないしそもそも王族に興味が無い、あぁいやどこぞの戦場で一緒になって戦った第三王子みたいなのだったら興味がないこともないけどな。


 まぁ色々と降り掛かるであろう面倒事を避けるのを考えれば、スパッとその場で決めて支払って終わる金と医療品ぐらいで十分だ。それだけなら反発も出ないだろしな。


「まぁ、そんなもんだ。どのみちずっとこの国に居続けるなんてことは無いしな」

「そう言っていたな...私も家名を捨ててこようか?」

「捨てるなら捨てるでちゃんとした手順を踏めよ? 娘を誑かされたとかなんとかでお前の父親に追い掛け回されるのは嫌だからな?」

「あぁ、勿論。そのくらいの分別はあるさ」

「それならい...何だ?」

「む? ………あぁ、何か臭うな」


 話ながら野原を歩いていると鼻を刺す臭いが何処からともなく漂って来る。

 特別何かの気配を感じることも敵意を感じることも視線を感じることもないので、結構離れた場所から漂って来ているであろうというのは推測が出来る。


 ただ、この感じ、何処かで...あぁ、思い出した。


「おい、行くぞ」

「む? 何か思い出したか?」

「あぁ、少し急いだ方が良い。近づけばお前も思い出す」

「……了解した。では急ぐか」


 ファナに声を掛けて、野原を走りだす。王城に向けた直線帰路からは少しばかし逸れることになってしまうのだが、そんなことは気にしていられない案件なので臭いの漂って来ている根本であろう場所に向かって走る。気配もないのに漂って来ている、ということはそれだけの規模か或いはそれだけの巨体だということ。


「!! アンデッドか!」

「あぁ。それで、あそこまで臭いが漂っているということは?」

「大規模なパレード...!!」

「もしくは巨大なアンデッドの何方かだ」

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