プロローグ outside

 アルストヴァル王国の王城にある一室。その中にフェルノ・デザイアを発見し勇者として魔王を討つという使命を伝え、神託によって告げられた称号を持つ三人の仲間を任せ、聖剣を始めとした幾つかの支援と共に魔王討伐の旅路へと送り出した国王を筆頭として十数名の人間が中央に置かれた円卓を囲むようにしながら座っていた。


「集まったな? では、これより緊急会議を始める」


 上座に座る国王は隣に座る側近に参加者が全員集まったというのを確認し、側近の肯定を示す頷きを確認してからこの場に人が集まった目的である会議を開始する言葉を放つ。

 魔王の再誕よりこうして国王を筆頭とした会議が行われるのは三桁近い回数が行われいるのだが、それにしてはこの場の空気は重く張りつめているようだった。


「此度の会議の議題は神の使徒降臨、勇者の資格の剥奪及び新たな勇者、そして残る魔王軍幹部の所在と未だに姿を見せぬ魔王の所在。順に進めよう、神の使徒の降臨に関して教皇殿頼めるか?」

「うむ」


 今回の議題は大きく分けて三つ。

 その最初の議題である神の使徒、即ちフェルノ・デザイアより聖剣と聖痕を剥奪していった天使の降臨に関しての話。それを進めるための詳細を聞くために国王は円卓に座る一人であるカソックに身を包んだ老齢の男性に話を流す。


「まず此度の降臨事象に関して我ら聖神教会の本山は一切関与しておらん。それ故に何がどうなって降臨なされたのかの全てを把握している訳ではないという前提で詳細に関しては使徒様より伝えられた言葉を汲み取った上での報告になるのを理解して欲しい」

「良い。全く分からぬまま放置せざるを得ぬことに比べればマシだ」

「感謝する。まず事の始まりは賢者による星の廻りと此度の勇者事象の間にあるズレの発見、星の廻りから考えた上で事象の進みが明らかに早い形でズレているというのを発見して、それを共有した聖女と共に……フェルノ・デザイアに疑いの目を持ち続けている事より始まった」

「ふむ、それでどうなった?」

「途中途中で生じた聖女と賢者の暴走に関しては皆が知っておると思うので省略するが、勇者の最後の証明である光の精霊との契約を成すどころか存在の知覚をしないまま旅を続けるフェルノ・デザイアに対して聖女と賢者の両名がある確信を持った。そしてそれの事実を確認するために我らが偉大なる主へと簡易儀式と祈りを持って問い掛け、その結果として此度の使徒様の降臨事象へと繋がったということらしい」

「そうか……使徒はなんと?」

「運命の歪曲がありその中で無視し切れない事実があり、それ故に降臨した上での対処を行ったと。それから此度の事象に関しては特異な点があるということで実行は勇者の資格を元に戻して無視し切れない事実を取り除き、戻したがそれでも浸透してしまったズレが復元されないように縛りを設けたとのことだ」

「なるほど……分かった、感謝するぞ教皇殿」

「いや、こちらこそこのような事態になってしまい申し訳ない」


 聖神教会、アルストヴァル王国を始めとしたこの世界で最も多くの信仰を集めている宗教のトップの一人である教皇の語った天使降臨の真実。

 その殆どはフェルノ・デザイアが天使から聞いた物と同じであるが、天使は教皇に説明する上で二つの事実を隠して説明した。それがフェルノ・デザイアが記憶を持った転生者であること、そしてその転生事象において世界を歪める力を持っていたことの二つである。


 それらを天使が隠した理由はフェルノ・デザイアがあっさりと認めて天使に差し出したという事実があり、その上で流れ過ぎ去った過去を見てフェルノ・デザイアがそれら二つを勇者として生きている上で悪用していなかったというのを把握したからである。


「それで流れから分かると思うが、この五年間に渡ってフェルノ・デザイアは勇者ではなかったという事実が判明した。それに伴いこれまで魔王軍幹部を打ち倒し傷付いた人々に復興の手を差し伸べてくれていたフェルノ・デザイアに打って変わる新たな勇者が現れたということだ。表沙汰にすれば混乱、どころかフェルノ・デザイアに対して恩義を感じているであろう民衆に貴族たちから蜂起されるのが目に見えているから一切外に漏らせてはおらぬがな」

「……では、今後の方針はどうするのですか? 表沙汰には出来ないということであるならば表向きはフェルノ・デザイア殿を勇者として伝聞するにしても、その結果として神の怒りとか聖女及び賢者の反発を受ける可能性がありますが」

「だが、それでフェルノ・デザイアが勇者でなくなったといえばそれはそれでかなりの規模の蜂起が起きるぞ? これまでの活動を振り返れば国が二分されればまだましで、最悪この国の崩壊の引き金を引きかねないぞ?」

「……それに他国の連中も黙ってはおらんだろうな。フェルノ・デザイアに対して恩義を感じて迎え入れようとしておるところは多い、地位に拘っておらぬが故に自由に生きていられるのならば他国に向かっても可笑しくはあるまい」

「うむ、財務大臣の不安も分かるし防衛大臣の懸念も理解出来る。外務大臣の想定もあの者の性格を考えれば大いにあり得るだろう……故にこの会議で決めることはどのようにしてフェルノ・デザイアをこの国に残ってもらい、そして新たに誕生した勇者とそれに付き従おうとする人間を騙しつつ切り離すかというのを考えたい」


 円卓を囲む者たちから出た懸念、それらを受け止めつつ国王はこの会議が始まる前に決めていた結論を言葉にして声に出す。新たに神に認められた勇者とその仲間を切り捨てて勇者ではなかったと宣告されたフェルノ・デザイアを取るという結論、元来勇者及びその仲間が選び出されたら囲い込むのが定石であった歴史であり常識から外れたその意見に対して同じ円卓を囲む人々は………安堵と感心を顔に浮かべていた。


「恋慕に狂った聖女、自尊心に染まった賢者、そしていきなり湧いて出た得体の知れない勇者...これらを僅か五年という短い期間で九匹という半数以上の魔王軍幹部を打ち倒すという偉業を成した男と天秤に掛けた上で、わしはこうするのが正解でありこの国の未来のためになると判断した」

「なるほど、素晴らしい判断です。ですが、どのようにして徐々に切り離していきますか? それにその場合フェルノ・デザイアは勇者ではなくなったという事実は公表するのですか? その場合に起こるであろう反乱にどのように対処されますか?」

「うむ。まず勇者が変わったという事実は公表せねばならぬ、じゃがそれを公表するのはわしらではなく魔法連合の者たちに任せることにした」

「なんと……よろしいのですか?」

「良いというよりこれは連合長殿と教皇殿の具申だ。そうであろう?」

「あぁ、その通り。我々の方でフェルノ・デザイアはあらゆる文献に歴史を読み解いた結果正当なる勇者ではなかったと公表する。その上で聖神教会の枢機卿の一人に使徒降臨を目撃した、聖痕と聖剣はその所有者を変えたという事実を公表してもらう」

「しかし、それでは」

「我々に悪評が付くだろうということだな? だが気にする必要は一切ない、元よりそんなことを気にするような人間の集まりではないし、そもそもそれを気にするのであれば賢者の阿呆が暴走を始めた時点で拘束して監禁して処刑している。それをしていないということはそういうことになるし、なにより俗世にいられなかった破綻者の集まりだから気にするだけ無駄だ」

「教会としても使徒の降臨と勇者の資格を持つ者が変わったというのを公表するのに個人的な意識やら感情やらを除けば特に問題はない。使徒降臨に関しても目撃者は上から下まで多数いるから疑いの目は向けられんだろうし、その後教会は選ぶべき道を探すと言って表舞台に立たぬように信仰の拠り所としての在り方と戦いで傷付いた人々の治療行為に専念させるから何も問題はあるまい」

「なるほど...ですが、そうなれば国として動きを表明せねばなりませぬがその時はどうなさるのですか? 沈黙すれば新勇者を認めるという風に民衆や下級貴族たちに受け取られかねませんが」

「うむ、そうならぬように双方の表明の後にこちらも表明する」


 国王の判断、それに対する懸念、そしてその対策と補足。国と教会と連合、本来ならば各々が各々の好きなように動いて自らを重視する三つの派閥の主である三人がただ一人をアルストヴァル王国という枠の中に囲い込むために汚名も何もかもを受け入れながら協力しようとしているその姿。

 会議の席に座る者たちの中でも聖神教会教皇と魔法連合連合長と関りが薄い者たちは驚愕をその目に宿しながらそれを見ていた。


 その光景を視界に捉えながらこの会議の二つ目の議題、勇者ではなくなったフェルノ・デザイアに対してどのような対応を取るのかというその結論を言葉にして円卓を囲む全ての人間の耳へと送り出す。



「わしは、いやアルストヴァル王国王家はフェルノ・デザイアに英雄の称号を与えようと思う。従来の勲章としての英雄ではなく勇者に代わる称号としての英雄を、人に輝きを見せて未来への希望を切り開いたフェルノ・デザイアというただ一人の男に与えようと思う」



 異議ある者はいなかった。


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