プロローグ③
あの後、ファナと互いに罵り合いながら街へと帰還して魔王軍幹部の首を高らかに掲げさせながら街の脅威は打ち取ったと高らかに宣言しながら公爵の元に向かい、その途中で脇腹の傷口から血を噴出して意識を飛ばして治療院に搬送されてから十日後。
目を覚ました俺は偶然様子を見に来ていた公爵から感謝の言葉を受けて、街の住民から感謝の言葉を受けて、ファナの稼いできた金を使ってポーション等々を購入して回り、傷口が塞がっていない状態で治療院を抜け出したのがバレて怒られ、公爵に俺は勇者ではなくてその上で資格も失ったというのを報告してそのついでに王様にも一報を入れてもらうなどをしながら半月の時間を過ごした。
とはいえ聖痕に聖剣に内側の力も失ったとはいえど別に体が重くなったということ無いし、試しに動いてみれば何の問題もなく体を動かすことが出来たので同じ感覚で戦いに身を投じたとしてもすぐに死ぬということは無さそうではある。
個人的にはこの力が勇者由来でもなければ体の内側に存在していた力由来でもないというのは驚いたというか怖くなったが、それはそれとして意図的に力を使っている感覚も無かったし強くあろうと鍛えていたのが実を結んでいたというのを実感出来て嬉しく思った。
それはそれとして、
「ではな。色々と世話になった感謝する」
「いえ、こちらこそ大敵を討つどころか復興にまで手を貸していただきありがとうございました……それで、本当によろしいのですか?」
「あぁ。勇者であるという大義名分がなくなった以上、俺はただ力を持っているだけの一平民でしかない。この街のギルドで身分証明として冒険者に登録させてもらったが、それでも公爵家の馬車に乗れるだけの格はないからな」
「……分かりました。では道中にて成体以上に成長していそうなアースドラゴンを目撃したという報せが入っております、まだ傷が塞がり始めたばかりでしょうしどうかお気をつけて」
「あぁ、情報提供感謝する。そちらも、無理だけはしないようにな」
「勿論です、フェルノ様に救われた命を無駄に消費するようなことは決していたしません」
「そうか……お互い生きていればまた会うことになるだろう、その日を楽しみにしていよう」
「えぇ、こちらこそ楽しみに待っております。ファリティア様もご無理はなさいませんように」
「うん? あぁ勿論だとも。何かあれば報せを送ってくれ、フェルノと共に騎士たちを引き連れてすぐに向かおう」
「えぇ、その時は頼りにさせていただきますとも」
魔王軍自称最強の幹部の首を晒し首にして一ヶ月、俺とファナは滞在していた街を出発することにした。
公爵に頼んだ王城へと俺が勇者ではなくなったという報告の馬車が出発するのと同日、俺たちもまた王城に俺はそもそも勇者ではなかったということを天使により宣告されたということを報告に向かうために移動する。正確に言うと出発地点が王城だったからここまで来て後ろに戻るということになるんだが、前に進む理由と義務を失ったから大した苦ではないけども。
なお、今の俺たちの装備は俺がポーション類に医療品、それから一ヶ月分の食料と飲料の入った魔法袋(中身が魔法によって拡張されている大量に物が入る公爵に貰った特殊な袋)を持ち、ファナが復興中に圧し折れたミスリルの剣の代わりに用意してもらった鉄剣三本に一人分のポーション類と医療品を持たせている。ちなみに俺は武器の類を持っていないというか金が足りないから用意できていないし、防具に関しても金が無いしどうせ戦いに身を投じれば壊れるから買ってない。
「行くぞ」
「あぁ」
「道中どうか、お気をつけて無理をなさらぬように」
出発した街から王城までは馬車で一週間強かかるので歩きだと一ヶ月以上かかる、ということはなく長くても三週間程度で俺とファナだけならば途中途中で野営を取って休息する時間を減らせるので半月弱で辿り着ける。
道中の脅威という脅威も特には無く、対処する必要がありそうなのは公爵から聞いたアースドラゴンと俺が殺した魔王軍幹部の部下たちの残党ぐらいしかない。リハビリがてらに体を動かしていた感覚から考えてもそれらは大して脅威にならないし襲い掛かって来たとして、3秒あれば確実に殺し切れる確信があるので全く問題にならない。なんならファナに任せたとしても一時間もあれば確実に殺し切れるから魔王軍幹部どもに比べると造作もない。
大体そもそもの魔王軍幹部もぶっちゃけると最後に殺した時を止めてくる魔族に賢者の阿呆が独断先行した巨大な黄金色をしたドラゴン、あと一番最初に出会ったクソデカくて馬鹿みたいに硬いゴーレム意外は程度としては大体同じくらいの脅威。
油断して挑めば殺されるが油断せずにさっさと殺しに掛かれば、そこまで脅威にはならない程度でしかないので問題はない。
まぁ、残る四匹の実力というかどんな能力をしていてそれをどのくらいまで扱えるのかなど全く知らないし想像も付かんのだがな。
「フェルノ」
「どうした?」
「リハビリ中には聞いていられなかったしその後は復興に専念して聞けていなかったが、勇者の力にお前の力を持っていかれて実際どのくらい影響があるんだ?」
「どのくらいって?」
「大した事はないと言っていたが……そうだな。お前が勇者であった時のように魔王軍幹部と平然と渡り合えたり異常成長に調教の重なった魔物を容易く殺し切れる、という風にはいかないんだろう?」
「うん? いや、そんな事はないぞ?」
「………なに?」
「それならそれで武器に防具を公爵に頼んで提供してもらっていたぞ、それにだ」
街を出発してから半時間程度、街が遠目に目を凝らしてようやく薄っすらと見える程度に離れたぐらい。
不機嫌な様子が見て取れる人間を相手にする時のように、そろりと伺うような声色でそのように訊ねて来るファナに対して普段と変わらない態度で答えを口に出す。権力面では影響があるのかもしれないが、戦闘の一点に集中するならば大した影響はないという意味を込めて問い掛けに対して否定の答えを出す。それから追加の情報としてそもそもの前提となることを話そうとして、視界の端から飛んできた木々の塊を視認したので言葉を溜めつつ飛んできた塊を横に弾き飛ばす。
そのまま飛んできた方角に目を向ければ小高い丘ぐらいの大きさをした緑と茶色が入り混じった巨体に見合わない細く小さな翼を広げながら、咆哮を上げつつ此方に地響きを轟かせながら向かってきているドラゴンの姿を視界に捉える。
「……アースドラゴン。私が相手を」
「いや、見ているがいい」
「なに?」
「奪われたところで影響がないといった理由を見せてやる」
買い与えてやった鉄剣の一本に手をやりながら前に出ようとするファナを止めて、弾き飛ばした時に砕けて落ちた棒状になった木の破片を手に持って右下に垂らすように構える。これが上等な武器ならば半径五百メートル圏内が射程範囲になるんだが間に合わせの木片じゃあそこまで広くないので待つ事にする。
そうして目測で百メートルの範囲にドラゴンの首が入り込んだ瞬間、右足を強く踏み込んで木片を握っている右の腕に全力を込めてそのまま振り上げる。
「まぁ、こういうことだ」
擦り切れて残骸しか残っていない木片を捨てながらそう呟く。目を見開いて固まっているファナの視界の先にいるのは走って来ていたアースドラゴン、それの首から上半身までが引き裂くように切り開かれた死体である。
木片でやったせいで完全に両断することは出来なかったし、切り口も無理矢理引き千切ったみたいになってしまったがリハビリと考えれば上等だろうとは思う。
「元々奪われた力に関しては欠片も使ってない。聖剣なんぞただ重いだけの鈍らだったし、俺の内側にあった力はどうすれば使えるのか分からんかったしな」
「……はは、相変わらずとんでもないな」
「治療無しで前後から命を狙われている環境で生きるにはこれしかないだろう? まぁ目の前のこいつが成長した結果傲慢になっていたというのもあるがな」
「私でもこうはならんぞ……?」
「そうか? 出来ると思うがな……それよりも欲しい分だけ回収しておけ。土産代わりに死体を丸ごと持って帰るというのも悪くはないが道中で間違いなく腐るからな、目と角と逆鱗以外はこのまま野に返すからな」
「……良いのか?」
「いいだろ。あぁ全部欲しいとか言っても俺の魔法袋には入れないからな、お前が欲しい部位を腐る前に食い切れるだけの量を毟り取って来い」
「分かった。じゃあ行って来る」
「おう」
驚きはしたがすぐに納得したし、それに頭の中が一瞬でドラゴンの肉に染め上げられたな……まぁ実際聖剣を抜いたのなんて演説の時くらいでしか抜いてないし、大体の戦闘でその場その場の物を拾い上げて殴り殺していたからな。
それを思い出して納得したといったところか。それにここ最近はドラゴンを見る機会が少なくてあまり狩れていなかったし、それ以上に肉が好きという嗜好からすると久々のドラゴン肉はそそるか。
それより、俺も回収しておかないとな。成体のドラゴンの目は教会の儀式で使う素材になるし、ドラゴンの角は魔法連合が取り仕切っている錬金術とかに使うし、逆鱗に関してはあらゆるドラゴンの一枚しか生えていない唯一無二の鱗で貴重品だからな。丸々死体を持って帰れないから最低限このくらいは土産として持って帰らんとな。
あとついでに媚びを売っておきたい。
平民に成り果てたからな。成体のドラゴンの素材っていう貴重な資源を持って行って媚びを売って勇者を偽っていた罪で死刑、とか言うことがないようにしたい。ドラゴンの素材くらいなら今の状態でも見つかりさえすれば簡単に出来るしな。
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