プロローグ②

「はぁ...そんなことを言われましてもねぇ? 聖痕が生えてきて、聖剣が抜けるとかで選ばれただけなんですけど?」

「その記録は残っている。だが貴様の魂は勇者の運命にあるべき魂ではない、こうして対面してもはっきりとそれを理解出来る。貴様は勇者ではない、聖女と賢者が選抜してきた者こそが本来勇者としてあるべき存在だったのだ」

「はぁ...それで、どうしろと? 運命を奪ったとかいう罪で死ねって言うんだったら俺は全力で抵抗して、ついでにそこの三人をぶち殺して逃げますけど?」


 というか、そこの二人から聖女と賢者の称号を剥奪する方が先じゃないか? いや別に勇者であることに拘りは無いし、そもそも山奥から引きずり出された理由がこの聖痕のせいだからな。俺の意思が何処に介在したというんだ教えてくれ。


「……剥奪する」

「はい?」

「貴様から勇者としての資格を剥奪する」

「はぁ……それで?」

「この者こそが真の勇者であり貴様は偽りの勇者であったとし、貴様には勇者の運命を奪い去っていた罪を贖ってもらう」

「ほーん……で、何をすればいいんです? 魔王でも殺せばいいですか?」

「………貴様の中にある力。この世界の理を塗り変え得るその力を剥奪する、そして貴様は貴様自身の力で戦い生き残れ」

「あ、そんなものです? 期日以内にドラゴンの心臓を生きたまま奪い去って来いとか、人魚の生き血を数百リットル用意しろとかが来ると思ってましたよ」


 それくらいなら何てことはないわ。人魚とかドラゴンとかは見つける所から始めなきゃいけないし、魔王に関しては何処にいるのかすら分かってないから一年以内に殺せとか言われたら幹部を拷問に掛けなきゃいけないところだったわ。


「じゃあ、さっさと始めましょうか。聖痕の出てる腕でも斬り落としましょうか?」

「………不満はないのか」

「ない。寧ろクソ面倒な奴らから解放してくれて万々歳って感じですよ、それでどうしたら俺の勇者としての資格は消えるんです? 聖剣投げ捨てればいいですか?」

「…………聖痕の出ている手と聖剣を差し出せ」

「ほい」


 背中に背負いっぱなしで2、3年は抜いていない聖剣を差し出す手に握りしめながら四対八枚の白い翼で体を覆っている天使に差し出す。

 正直なところさっき殺した魔王軍幹部の男が普通に強かったから疲れてる、っていうか脇腹に穴が開いてるのを無理矢理塞いでるだけだから治療したいんだよね。さっさと終わらせてくれないかな。


「………フェルノ・デザイアより聖痕と聖剣を剥奪し、フェルノ・デザイアはこの時より勇者ではなくなる」

「うーい」


 おぉー、天使の羽根が開いていく……って全裸じゃねぇか。すげぇな、遺跡とかに書いてある全裸の天使って想像の産物とかじゃなくて本当に全裸だったんだな。性器らしき部位は見えないし女性みたいな声の割には胸も膨らんでないから文字通り顕現するためだけの体なんだろうけど、なんか儲けた感じがするな。

 これから全裸の天使の絵姿を見てもあぁこれは事実を忠実に再現しているんだなって気分で見られるわ、そうなると逆に服を着ている天使の絵姿とかはでもこいつら実際は服着てねぇんだよなぁってなる気がするんだけど………………てか長くね? いつまで全裸の天使に目を向けないといけないんだよ俺は。芸術家みたいに感動して泣けばいいのか?

 それより先に脇腹の傷の痛みで涙が出るわって...んん? 何か光の玉が抜かれている?


「………終わりだ。この瞬間以降、貴様は勇者を自称することを禁ずる」

「……自称だけ?」

「然り。貴様が自ら勇者であると自称することだけだ、貴様が勇者を自称し民草を騙そうとした時点で天より罰を下す」

「ふぅん?」

「さらばだ。もう二度と会うこともないだろう」

「そうか? その内会う気がするけどな、俺は」

「………」


 おー、聖剣と光の玉持って聖女と賢者と男を連れて何処かに行ったな。俺としては出来ることならば二度と会いたくないが、なんとなく本当になんとなくなんだがまた遭遇する気がする。

 まぁ遭遇したとしても、この場この瞬間に関係は途絶えて消え失せたから声を掛けることもなければ仲良くなろうとすることも必要ないからな。話し掛けられたとしてもその場合は一切合切何もかも無視すればいいだろう、最初に彼方がやり続けていたことだし俺としても関係ないなら関わりたくないしな。


 というか、結局あいつらこの場に来てから一言も話さなかったな? 恨み言でも吐き捨てて来るかと思っていたんだが、一切何も話さずにというか失言をしないように気を引き締めているみたいな顔をして黙ってたな。そんなに天使は怖かったか? あんな敬うこともないような態度でも平然と受け流してくれるくらいには懐が広そうだったんだが……分からんね。


「おー? 本当に綺麗さっぱり消えたな? それに内側にあった力もしっかり持っていかれたな、ずっと感覚があったから違和感があるなぁ」

「大丈夫なのか?」

「おん? あぁ問題ねぇよ。死に掛けてるのを察してくれたのかそこまで俺に負荷が掛からないようにしてくれたみたいだしな」

「そうか。ならば帰るぞ、お前の治療をせねばならないしな」

「おう………何で残ってんだ、お前?」

「うん?」


 天使が消えて、持っていかれた物の感覚を感じ取っていると後ろから聞き慣れた声が飛んでくるので受け答えをしていて……不意に聖騎士が神に選ばれた仲間の一人であったということを思い出して、何故一緒に付いて行かずに残っているのかを訊ねる。

 シレっといつの間にか俺が首を叩き折った魔王軍幹部の首を切り取った状態でぶら下げているファナは平然と答えを口に出す。


「付いて行く理由が無かったからだな。生憎私はこの五年間一緒に旅をして、寝食を共にして、肩を並べて戦って来た奴を本当の仲間ではなかったなんていう理由で切り捨てて全く知らん奴の仲間になる気にはなれん」

「……無駄に義理深いなお前は」

「そうか? 普通だと思うぞ?」

「義理深いだろうよ。少なくともお前と同じく五年は一緒に旅をしてきた聖女に賢者は平然と俺のことを裏切ったぞ」

「………あぁ、彼奴らか。色に狂って夢ばかり見ている愚図に、独善的で自分が至上だと思い込んでいる阿呆の二人と同じにしてもらっては困るんだが?」

「まぁ、それは...そうか。すまんな」

「気にするな。悪いと思うのなら新しい剣か鎧を買ってくれ」

「金が無いから諦めろ。あとミスリル以上の代物なんぞ何処にもねぇ、ドワーフの隠れ里でも探してこい」

「えぇ……」

「えぇ……じゃねぇよ馬鹿。まぁいい、それならさっさと帰るぞ」

「うむ。お前の治療をしなければならんしな」

「お前がポーションの入った袋を落とさなければこんな強引な治療で済ませる必要は無かったんだがなぁ」

「私のせいか? 川辺を住処にしていたあの魔物のせいじゃないか?」

「目的地と真反対の川辺に近づいて、飛び出してきた魔物に驚いて落としたんだろうが。一から百までお前のせいだわこの馬鹿」

「うむぅ」


 ファナと馬鹿みたいな話をしながら帰路を歩く。目的地はこの近くにある少しばかし大きな街、ここら一帯の土地を支配している公爵の館がある街だ。

 今こうしてここの魔王軍幹部を殺しに来たのも公爵が助けを求めて来たから駆けつけてきて、街を襲ってた魔族に魔物を蹂躙した後に魔王軍幹部がいるから殺してくれと頼んできたから請け負って殺しに来ただけだからな。


 無事に殺し切ったという報告をしなければ公爵も安心できないだろうし、それに勇者でなくなったとはいえ受けた依頼の完遂を報告するのは依頼を請け負った人間としての義務だしな。


「あぁ、あと気に食わなかったからお前に付こうと思った」

「あん? 何が?」

「あの真の勇者だとかいう男。気弱そうなのは別にいい、戦いに身を投じて居なさそうな気配が目立ったのも別にいい、ついでにあのいけ好かない愚図と阿呆に選ばれたっていうのも別にいい……だが、自分の意思らしき物を示そうとしないのは一切気に食わんな。自分が勇者であると名乗り出てあの場にいるのなら天使の言葉に割って入ってお前から聖剣を奪い取るくらいの事はするべきだろうに」

「ほーん。そういえばあいつら何か顔が引き攣ってたが、そんなにあの天使って怖がることが正しい存在なのか」

「さぁな、生憎私はそういう学を身に付けずに育ってきたから知らん。だがまぁ、少なくともそこまで怖がる必要がありそうな相手だとは思わなかったな。多分だが、家畜を解体したあとの血まみれの状態で握手をしても快く受け入れてくれるぐらいには懐が広い存在だと思ったぞ。お前への対応を含めてな」

「まぁ、だろうな。少なくとも神の選ぶべき存在を偽っていたとかなら即刻その場で殺しても問題はないだろうし、少なくとも俺がそれを管理する立場ならそうしているぐらいのことだな」

「私もそうだな……それで、この後はどうするんだ?」

「うん? 取り敢えず報告して、治療して、その後は王都に移動して報告だな。少なくとも俺は勇者ではなかったということを報告して、勇者としての使命は今聖女と賢者が付いている男が真の勇者として背負っていると伝えないとな」

「なるほど。その後は?」

「まぁ冒険者でもやって金を稼いで、適度に稼げたらどこか別の国に向かって旅をするなり、山奥とか孤島とかの隠居できそうな場所探しをするとかかねぇ?」

「そうか...私は何処まで付いて行っていい?」

「………付いて来るつもりか?」

「無論、というか最早騎士のままでいれるとは思っていないからな。帰ったところで待っているのは適当な貴族との婚姻か、いけ好かない我が儘王女の近衛騎士に無理矢理任命されるかのどちらかだろうからな」

「そういえばお前の実家はそうか……なら好きにしろ。付いて来たいところまで付いて来ると良いだろうよ、実家から帰って来いと言われれば返却するが」

「そうなったらあ私も腹を括るさ………私の処女を貰う気は無いか?」

「断る」

「なにぃ!?」

「なにぃ!? じゃねぇよ!! お前それで手を出したら俺は処刑されるか、お前の伴侶として拘束されるじゃねぇか!!」

「それでいいではないか! 何が不満だ!!」

「不満しかねぇわ!! こちとら田舎生まれ田舎育ちの凡人だぞ!! 貴族の流儀だとか礼儀だとかを知ってる訳ねぇだろうが!!!」

「私が教えてやるぞ!!」

「要らねぇわ!!」

「なにぃ!?」

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