2.ワルキューレの朝。







 昨日は詳しく確認する余裕がなかったが、一晩しっかり休んで状況を整理できるようになってきた。それによって、この世界の成り立ちや、簡単ながら構造も知ることができた。

 まず前提として、この世界の風景のもとは俺が住んでいた世界であること。荒廃していたり、材質の変化が起きて分かりにくいが、このワルキューレ本部だって俺の通っていた高校と構造が酷似している。



「中庭もそうだし、だとすれば――」



 そのことに気付いた俺は、自分のクラスを目指してみた。

 すると、やはりそこには等間隔に大きな部屋が用意されている。一番奥の教室が2-Cだったので、そこの扉の前に立ってみた。しかし鍵がかけられているのか、いくら力を振り絞っても中には入れない。



「おや、こんなところで何をしているのかな?」

「あ……天道隊長、おはようございます」



 そうして悪戦苦闘していると、偶然に彼女が通りかかった。

 何かしらの資料を手にしている様子から察するに、これから作戦会議でも行われるのだろう。もしくは、すでにそれを終えて要塞の中を確認していたか。

 とにかく天道隊長は教室の扉を見て、俺にこう言った。



「ここに、何か用事でも?」

「あ、いえ……ただ気になったので、中に入ろうと思って」

「気になった、か。……ふむ」

「どうしたんですか?」



 素直に答えると、彼女は顎に手を当てて考え込む。

 そして、少し不思議そうに口にした。



「……いや。ここは開かずの間、と呼ばれていてな」

「開かずの間、ですか? 鍵とかは、ないんですか」

「ないな。それに、破壊しようにもビクともしない」



 天道隊長の言葉に、俺はもう一度だけ扉を確認する。

 すると、何故だろうか。ここから先には、何かしら重要な事実があるように思えてしまった。あるいは、自分がここに通っていたからそう思うのかもしれないな。

 少なくとも今は、どうしようもないのだろう。



「天道隊長は、これから何かあるんですか?」

「いや、私は今から朝食だ。キミはもう済ませたかな」

「そういえば、まだ食べてなかった……」



 天道隊長に言われて、自分がまだ何も口にしていないことを思い出した。

 ゲームの世界の中とはいえども、少なからず空腹は感じるらしい。そのことを意識した途端に、腹の虫が声を上げ始めるものだから質が悪い。

 俺が腹部を軽く押さえながら答えると、隊長は小さく笑ってからこう言った。



「それなら、一緒にどうだ? 案内も兼ねて、食堂へ行こう」

「分かりました。ぜひ」



 彼女の申し出を断る理由もないので、俺は素直に頷く。

 こうして俺たちは、とりあえず空腹を満たしに向かうことになったのだった。







「やっぱり、構造は同じなんだな……」

「どうしたんだ?」

「いえ、なんでも」



 食堂は中庭の近くにあり、今朝の食事時を過ぎていることもあって人は少なかった。それでも、いくらかの隊員たちが談笑している姿が見える。あまりにも自然に過ごしている彼らを眺めていると、ここがゲームの中であると忘れそうになった。

 だが、ひとまずは腹を満たすべきだろう。

 俺は隊長に倣って、補給部隊の少女から料理を受け取った。



「あ、貴方もしかして新人さんですか?」

「そうですけど、貴方は?」



 すると栗色の髪をした小柄な女の子は、嬉々として目を輝かせて言う。

 こちらが首を傾げると、彼女は少し慌てた様子で答えた。



「あ、すみません! アタシ、補給部隊所属の一ノ瀬朱里、っていいます!」



 幼い表情に明るい笑顔を浮かべ、朱里は名乗る。

 そして――。



「β版から参加してるんですけど、顔見知りばかりになってたので……えへへ」



 少しだけ気恥ずかしそうに、頬を掻くのだった。

 なるほど。たしかに製品版がなければ、新規の流入はないだろう。俺はそう納得してから、ふと忘れかけていたことを口にした。



「そっか、よろしくな。俺は近衛真人」

「はい! よろしくです、近衛さん!」



 互いに名前を交換して、俺は一つ頷く。

 すると、そのタイミングで――。



「どうしたんだ。こっちだぞ、真人くん」

「あ、隊長――」



 同行者の声が聞こえ、振り返った。

 そして、驚愕の光景を目の当たりにする。



「…………それ、おひとり分です?」

「半人前分、というくらいではないか」

「えー……?」



 天道隊長のテーブルに置かれたのは、山のような食事。

 しかも、朝から食すには重いものばかり。彼女はそれを見て半人前分、とか言っていたが、確実に某大食い番組の倍以上はあるだろう。

 俺は思わず朱里の方を見ると、少女は困ったように笑って言うのだ。



「隊長さんは、三食あれですので」――と。




 悪魔を見た時とは、また違った寒気を覚えた朝であった。

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