第1章
1.大英雄。
――よく見る夢がある。
俺は真っ暗な空間に漂っていて、必死に助けを求めている。だけど誰も答えてくれなくて、まだ幼い自分は泣き出しそうになりながらも叫び続けるのだ。
誰でもいいから。
いっそのこと、悪魔か何かでもいいから。
そいつの手によって命を刈り取られることになっても、構わない。
『ただ絶対に、ここで消えたくない』
俺がそう願った時だ。
夢では必ず、一筋の淡い輝きが現れる。
その光に向かって懸命に手を伸ばし、何かがこの身を引き上げる。その瞬間に目が覚めて、いつものように朝が来るのだった。
◆
「また、この夢か……」
神との接触後、自身に宛がわれた部屋で俺は目を覚ます。
外にはまだどっぷりとした闇が広がっており、日の出が遠い先であるのは理解できた。身体は疲れているのだが、絶妙に熟睡できていない気がする。
思考も曖昧だし、どうしたものか。
その時だった。
「おう、少年。目が覚めたか」
「……はい?」
部屋の片隅に腰を落ち着けつつ、こちらを眺める偉丈夫に気付いたのは。
下半身を布で隠しただけの筋骨隆々な彼は、その勇ましい顔に気前の良い笑顔を浮かべていた。傍らには戦斧があり、いつでも戦闘に移れるようにしている。
彼の名は、たしか――。
「えっと、たしか……ヘラクレス、だっけ?」
「おいおい。あの時はハッキリ呼んだくせに、自信なさげだな」
男性――ヘラクレスは肩を竦めるも、しかし気にしない素振りで立ち上がった。
身の丈は軽く二メートルを超えているだろう相手に見下ろされ、俺は思わずたじろいでしまう。それでも彼は、やはり気にせず逞しい手を差し伸べるのだ。
「改めて自己紹介だな。我はヘラクレス――少年は、近衛真人だな?」
「俺の名前、知ってるのか?」
「当たり前だ。我はお前の中に、ずっと存在していたからな!」
「え、あ……俺の?」
手を取り首を傾げると、何やらヘラクレスは豪快に笑う。
そして、意味の分からないことを言った。
「いったい、いつから俺の中にいたっていうんだ?」
「さぁ……それは、定かではないけどな」
「ゲームに入った時、とか?」
何故か相手も曖昧なので、俺が可能性を提示する。
しかし、偉丈夫はやはり首を傾げて――。
「いやぁ……? 我はずっと前から、少年を見ていた気がするぞ」
「……なんだそれ」
そんなことを口にするので、謎はさらに深まってしまった。
握手を終えて、今度は俺が肩を竦める。
するとヘラクレスは、腕を組んでしばし思案した後に言った。
「しかし、目的は同じだろう。少年と我は、悪魔を屠らねばならない」
「それはそう、だと思うけど」
「であれば、大船に乗った気持ちでいるが良い! なにせ、この大英雄ヘラクレスが力になると言っているのだからな!!」
「………………」
そして、またも豪快に笑う彼に俺は苦笑する。
たしかにヘラクレスといえば、神話に疎い自分でも聞いたことがある存在だ。半神半人、ゼウスの子であり、十二の試練を乗り越えた大英雄。
そんな神話上の偉人が味方なら、心強いことこの上なかった。
だけど――。
「……ところで、少年」
「ん、どうしたんだ?」
途端に声のトーンを落としたヘラクレス。
彼の神妙な表情に、俺もつい真剣に次の言葉を待った。すると、
「あの美鶴という麗しき女子は、狙えると思うか……?」
「………………」
何よりも深く思案した声色で、そう口にしたのである。
それを聞いて、俺は目をすがめて思った。そして、
「知るか」
色ボケ英雄にそう答え、思い切り背を向けて布団をかぶる。
彼は不満げに何かを訴えていたが、一切を無視した。
そうして、夜は終わりを迎えて朝が来る。
果たしてパートナーがこいつで、大丈夫なのだろうか。一抹の不安が過りはしたのだが、ひとまず置いておくことにしたのだった。
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