3.戦闘。
「えっと……つまりワルキューレ、ってのはβ版の参加者が創設した団体、って感じなのか?」
「そうだな。もっと簡単に言えば、別のアプリゲームでよくあるサークル、かな」
「……なるほど」
荒廃した現実そっくりな街を歩きながら、圭司は俺に説明してくれる。
彼曰く、ここは【NM:O】の中で間違いないらしい。そして圭司たちワルキューレのメンバーの多くはβテストの頃から参加しており、悪魔と呼ばれるエネミー相手に戦闘を行っているのだとか。
「それにしても、よくあんなバケモノ相手に物怖じせずに戦えるよな」
「ん、あぁ……それは簡単な理屈だって」
そこでふと、俺が抱いた疑問を口にすると。
圭司は思い出したように言って、何を思ったか手にしたナイフで自身の指先を切ってみせた。当然ながら、そこからは血が流れるのだが……。
「なにしてんだ……!?」
「大丈夫だって。こうやって傷を負っても、痛みはないんだ」
「痛みが、ない……?」
驚くこちらを尻目に、彼は笑って応急処置用の傷薬を塗っていた。
そして、さらにこう付け加える。
「ここにいる俺たちは、実体じゃないからな。ただ気を付けないといけないのは、こうやって――」
おもむろに中空に指を伸ばし、ホログラムを表示した。
「ここに『HP』のゲージがあるだろ? ここだけだな。これがゼロになると、強制的にログアウトさせられる」
「へー……なんというか、本当に近未来的な世界観だ」
――周囲の景色は、世紀末そのものだけど。
だがこれで分かったのは、想像しているよりも【NM:O】の世界は安全だ、ということ。いきなり飛び込まされたことは驚きだが、少しだけ安堵した。
そう思っていると、唐突に圭司の持つ無線機が鳴り始める。
「はい、こちら賀東。リーダー、どうしたんすか?」
通話相手は、どうやらワルキューレの上官らしい。
『あぁ、いきなりすまない。そちらに一つ、見慣れない敵性反応があったからな。無事かどうか、確認しようと思ったんだ』
「敵、っすか? 見当たらないっすけど、さっき倒した奴だったのかな」
『おそらく違うと思う。念のため、警戒して帰還してくれ』
「うい、了解っす」
そんなやり取りがあって、圭司は無線機を仕舞った。
見慣れない敵、とは何だろうか。俺は分からないなりに首を傾げたが、そんなこちらに圭司は茶化すように笑ってみせた。
「心配すんな、って! 何か出てきても、オレが守ってやる!」
そして、背中を軽く叩いてくる。
逞しい腕によるそれは、思ったより衝撃がある。だけど、だからこそ彼は頼りになる存在だと確信できた。
俺はそう思って、笑い返そうと――。
「……おっと。噂をすれば、だな」
「え……?」
すると、視線の先。
さっきのような悪魔が、ぬらりと出現するのが分かった。
数は三体。虚ろな存在である相手は、こちらに気付くとおもむろに移動を開始。どうやら戦闘は避けられない様子だった。
「さて、新人くんもいるからな。だったら、ちょっとマジになるか!」
それを見て、圭司はどこか楽しげに言って上空へと銃を掲げる。
そして、躊躇わずそれを撃つのだった。その直後、
「さあ、今日もやるぜ! ――行くぞ、アレス!!」
『呼ぶのが遅い。だが、此度は許そう』
彼の背後には、鎧を纏った一人の男性が出現する。
明らかに人間とは一線を画する雰囲気を持つ――アレスと呼ばれた――その者は一振りの剣を構えると、圭司が銃口を悪魔へ向けるのに呼応し、突進した。
そして発破音と同時に、悪魔三体を一刀両断に斬り伏せる。
『ふむ、容易い仕事だったな』
そう口にして、悪魔の断末魔の叫びの最中。
アレスは少しばかり邪悪に、その口角を歪めながら消えるのだった。そんな想像を超える光景に言葉を失っていると、圭司は俺の肩に手を置いて説明する。
「今のは『半神』っていって、プレイヤーの相棒だ。手懐けるには多少苦労するけど、上手くやればこうやって悪魔退治の強力な武器になる」
「お、おー……」
呆気に取られて、俺は半端にそう返すしかなかった。
簡単に言えばユニークスキル、のようなものだろうか。俺がそうやって一人で納得して、互いに気を緩めた時だった。
――ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!
「……なんだ?」
「いま、凄い音がしたけど……」
明らかに、規模の異なる地響きが鳴り渡ったのは。
俺たちは顔を見合わせ、その直後だった。
「な、なんだよ。……こいつ!」
圭司が驚き、声を震わせる。
何故ならそこにいたのは、先ほどの悪魔などの比ではなく――。
「デカすぎる。こんなの、見たことねぇぞ……!!」
天を衝くのでは、と思うほど。
それほどまでに巨大な、悪魔であるようだった……。
【ネガティヴ・マインド:オンライン】 ~どうやら発売禁止になったはずのVRMMOに閉じ込められたらしい~ あざね @sennami0406
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