4.目覚め。
その悪魔は両手に巨大な槍を持ち、鼻息荒く俺たちを見下していた。巨大な豚を模したような外見であるが、滑稽さ以上に恐怖心を抱かざるを得ない。
だって、そいつはあまりに規格外だったから。
「真人、下がってろ! ここはオレが引き受ける!!」
そんな相手に圭司は、声を震わせながら立ち向かおうとする。
しかし、戦力差は一目瞭然だった。悪魔というよりも魔獣と表現した方が正しいと思われる獰猛さが、眼前に迫る脅威には存在している。そもそもとして、規模感が違う。大人と子供の戦いというのも、生易しい表現とさえ思えてしまう程に。
まるで、人間が邪神に挑むかのような――。
「行くぞ、アレス……! オレだって、ワルキューレの副隊長だ!!」
圭司は膝を震わせつつ、自身をそう叱咤した。
俺はそれを後方の瓦礫の陰から見つつ、跳ね回る心臓を抑え込む。そして唇をかみしめて、あまりに無力な自分を情けなく感じるのだ。
圭司はさっき、俺を助けてくれた恩人に違いない。
そんな彼がまたも、捨て身で守ってくれようとしているのだ。
「もし、俺にも何か戦う術があれば……!」
苛立ちに震える拳を強く、握りしめる。
爪が食い込み、淡い痛みと共に血が滲みだした。その時だった。
『――力が、欲しいのかい?』
頭の中に、そんな少年の声が響いたのは。
「え……?」
『力が欲しいのなら、思うがままに振るうといい。もとよりキミの中にそれはあって、ただ少しの遠慮がそれを邪魔しているだけなんだよ』
「誰だよ、お前……!」
『いまは、良いじゃないか。それよりも――』
こちらの問いかけに答えず、少年の声は小さく笑って続けた。
『助けたいのだろう? あの青年を』――と。
直後、轟音が鳴り響いて圭司がこちらへと吹き飛んでくる。
幸いなことに意識はあるが、とても戦える状態ではないのが分かった。それでも彼はまだ、俺に向かって叫ぶのだ。
「逃、げろ……! オレの仲間……ワルキューレのみんながいる、とこまで!!」
ボロボロで、息も絶え絶えになりながら。
この世界に痛みというものは存在しないはずなのに、ステータスの異常によるのか、いまの圭司はとかく苦しげに見えた。このままでは、間違いなく……。
「力は俺の中に、あるんだよな……?」
『あぁ、そうさ。もし不安なら、ボクが手を貸すよ』
「……そうか。だったら、頼む」
そう考えた時に、決意は固まった。
俺は歯を食いしばりながら立ち上がって、こちらを見下ろす悪魔を睨み上げる。背中には圭司の悲痛な声が届くが、いまはもう決心してしまった。
ここまできたら、今さら逃げたって仕方がない。
だったら――。
「行くぞ、この……豚野郎がァ!!」
――俺はもう、逃げたりしない。
声を張り上げて内から湧き上がる何かに、身を任せた。すると、
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
信じられない痛みと共に、胸から一振りの戦斧が放出される。
そして、同時に『そいつ』の声が聞こえた。
『ようやく出番が回ってきたか。待ちくたびれたぞ』
少年の者とは違う。
その声の主は、筋骨隆々とした偉丈夫。俺の胸から現出した戦斧を手にし、強面な顔に不気味な笑みを浮かべた。
初めて見る相手だが、俺は知っている。
この男の名前は、どういうわけか懐かしさを覚える程に理解している。
『さあ、我の名を呼べ! これにて契約は果たされる!!』
「……あぁ、一気に片付けるぞ!」
俺は男の声に応え、彼の名を叫んだ。
『ヘラクレス……!』――と。
◆
「なんだよ、あれ……!?」
そこに広がる光景は、圧巻の一言だった。
自身が太刀打ちできなかった相手に対して、さっき出会ったばかりの少年が圧倒している。賀東圭司は縦横無尽に駆け、ヘラクレスと共に悪魔と対峙する真人に恐怖すら抱くのだ。
「すげぇ……」
ただただ感嘆の声が漏れる。
それ程までに、いまの真人の姿は眩しかった。
彼こそが『英雄』と呼ばれるに、相応しいのだろう――と。
そう、思わざるを得ない程だった……。
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