かたつむりの観光客2

「貴方が何でも屋さん……で、いいのかしら?」


 ピンクジャムのプライベートルームに併設された簡易応接室の安い椅子に腰掛けた、場違いなビスクドールみたいな女はスゥに確認する様に問いかけた。


「ああ、スゥ・サイドセルだ。どうぞ宜しく」


 事務机を挟んでビスクドール女の対面の椅子に座りながらスゥが軽く自己紹介をすると、それに応える形でビスクドールみたいな女も自己紹介を返した。


「プリデール・フルミネラよ。よろしく」

「……じゃ、早速だけど話を聞かせてもらうよ」


スゥに促されてプリデールが話し始める。


「今度仕事の都合で中央大陸のあちこちを回る事になったのだけど……私乗り物の運転とか出来ないし、そもそも乗り物というか……移動手段を持ってないのよ。せっかくだから仕事のついでに観光もしたいし、貴方には運転手兼付き人をして欲しいのよ」


 プリデールが話している途中でシトラが紅茶とコーヒーをお盆に載せて持って来て、スゥの前にコーヒーをプリデールの前に紅茶を静かに置いて出て行った。


「あら、ありがとう」


客の恰好から判断したのか、紅茶を出して来たシトラの気遣いにプリデールが礼を言うと、シトラは営業用のスマイルで答える。


「気に入って頂けたのなら幸いです、ごゆっくり……」


 シトラとプリデールのやり取りをスゥはコーヒーを一口啜りながら観察していた。

こういう何でもない様な事からでも、意外と観察で得られる情報はある。

お茶の好みもそうだし、例えばお茶を飲む仕草からも行儀の良さやマナーの有無もわかる。

マナーがある人間、行儀の良い人間にはそれぞれ性格の傾向というものがあり、例えば新月街の下層をうろついている様な輩には行儀の良さやマナーは無い可能性が高い。

そういうのも込みで、スゥはシトラにも客の対応をするように予め頼んでいた。


「移動手段を持っていない……という事は、ここへはバスで来たのか?」

「そうよ」


 戦争後の地球を新しい人類は未だに制圧出来てない。

野生化した生物兵器『モッド』の危険から架線された線路の安全を護る事が出来ず、また同様の理由から旅客機も運航出来ない。

モッド達は生物兵器という由来から、ヒトまたは人工物に対して強い敵対心を持つ様に設計されており本能的に線路や旅客機を破壊しようとするからだ。

なので戦後、都市間の主な移動手段としてメジャーになっているのが傭兵都市グラングレイが運行する護衛付きのキャラバンが安全な移動手段として最も多く利用されている。

しかし護衛付きという制限がある為、七大都市間でも週に二本程度しか出ていないというのが苦しい実情だ。


「……もしかして、アンタの仕事には何かバスを使えない理由でもあるのかい?」

「そうね、悪いけど、それは言えないわね」


 新月街でヒトに言えない事なんて珍しい事じゃないし、それを深く詮索しないのもまた自らの身を守る術だ。

とにかく何かワケ有りのようだが、肝心の理由に関しては秘密という事らしい。


「……わかった」


 用件を聞き終わったスゥは短く返事をすると出されたコーヒーをゆっくりと一口だけ啜りながら考えていた。

最初の見立て通り、どう考えても厄介事の臭いしかしない。

安全を考えるならば断わるのが手堅い行動ではあるが……しかしここは新月街だ。

何事にもリスクは付きまとうし、今までそういう危険をいくつも乗り越えて来たという自負がスゥにはある。


「オーケー……依頼には何やらワケアリで、リスクがある事も理解したよ。なら次はリターンの話を聞きたいね、それを聞いて判断したい」


 スゥは暗に端金では依頼を受けないという事をプリデールに伝えたが……プリデールの顔には感情の動きが見られず、観察力に長けているスゥでさえ、イマイチ何を考えているのか読み切れない。


「ええ……そうなるだろうと思って、それなりに用意してきたわ」


 プリデールが人差し指に嵌めてある指輪型のキャスターに軽く触れると、虚空から50リットル位の花柄の可愛い系のデザインのスーツケースが現れてプリデールの手に収まる。

プリデールはそのままスーツケースを開けて中身を晒すと、可愛くない額の札束がギッシリと詰まっているではないか。

想定外の大金を目の前にポンと出されたもんで、驚きのあまり流石のスゥもこれには目を剥いた。

コレだけカネがあれば新月街の上層の良い物件を買い取って住む事だって出来てしまうだろう……しかし当のプリデールは大金なんか見慣れているのか、そもそもあまり興味がないのか……相変わらず何でもない様な涼しい顔だ。


「とりあえず前金のつもりで持ってきたけど……これで足りるかしら?」

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