第3話「恋愛指導」

 私は恋愛下手日本代表として手を挙げられてしまうくらいの恋愛弱者なんだけど、好意があるはずのレオナルドと緊張せずに普通に話せているのは『指導者とその生徒』である関係が、二人の間に結べているからだ。


 レオナルドからの好感度を上げようと思うと途端に緊張して話せなくなるけれど、彼から恋愛指導を受けて、それを受けての答えならば、すんなりと口にすることが出来る。


 実は私は『ここたた』の攻略者たちの中では、実はレオナルドのヴィジュアルが一番好みだった。


 けれど、乙女ゲームを進めるために好感度を上げるために三つから適切な選択肢を選ぶことが、まさか自分にとって司法試験に匹敵するくらい難しいとは思わず『ここたた』で攻略した事があるのは、一番簡単なメインヒーロージョヴァンニだけだった。


 しかも、攻略サイトを見ながら正しい選択肢をぽちぽちとしていただけで、いわゆる答えを見ながらカンニングしてテストを受けている状態だった。


 そんな何の努力も要らない状態で身についた知識が、頭に残っているはずもない。私の知ってる異世界転生したキャラクター、記憶力が良すぎる人が多すぎだと思う。


 こうして転生して来た今、ジョヴァンニは選択肢を間違えば一発でバッドエンドに直行エンドがなく、一番攻略が易しいという事しかわからない。細部は正直覚えていない。


 『ここたた』には押し間違いで、これまでの好感度を全て無にする破滅直行ルートがあるのだ。今思うと、怖すぎる。


 けれど、プレイ中に一秒も気が抜けない乙女ゲームと呼ばれていて、それも『ここたた』の魅力でもあったのだ。


 例えるならば、ジョヴァンニは初心者に優しいイージーモード。レオナルドは玄人も唸る、超絶ハードモード。


 乙女ゲームヒロインに転生して来た私が好みなんかで考えず、どちらを選ぶか、火を見るより明らかだと思う。


 ちなみに『ここたた』を教えてくれた友人曰く、簡単なジョヴァンニルートでの選択肢の正解がわからないなんて、意味がわからないと言っていた。


 それほどに、攻略の簡単なヒーローらしい。発言の裏なんて読まなくて良いし、女の子の言いたいことも先回りして言ってくれるし、やって欲しい事は率直に伝えてくれるし、本当にやりやすい攻略対象者らしい。


 しかし、私が好きになってしまったレオナルドは、最難関攻略対象者で、一番バッドエンドに近いヒーローなのだ。


 つまり、恋に生きるか楽に生きるか……そういった話になってしまう。この二つの選択肢は人生の難問過ぎて、いまだにはっきりと選ぶことは出来ていない。


 気持ちではどうにかして、レオナルドルートに切り替えたいけれど、ジョヴァンニルートを彼が手伝ってくれるルートに居るなんて、我ながら意味がわからなすぎて……どうしたら良いのか、本当にわからない。


「……リンゼイ。挨拶をして生徒会に興味がある会話をすると、二段階を踏まなければならなくなるだろう?」


「はい」


 授業の終わった放課後、いつものように私たち二人は空き教室に集まって、これからどうすべきかと恋愛指導を受けていた。


 ちなみにレオナルドは教師さながらカツカツと白いチョークで、これから検討すべき方法について黒板に箇条書きにしてくれている。


 あまりないとは思うけど、他の誰かが入って来て見られたら、恥ずかしすぎて死ねる。


 もし、レオナルドが教師だったら、生徒からの彼に対する禁断の恋が量産されてしまうので、教育委員会は彼が教員免許を取得出来ないようにするべきだと思うんだよね……。


 教師だったらという妄想しつつ神妙な顔をして頷いた私に満足してか、レオナルドは『生徒会に興味がある会話』をコツコツとチョークで叩いた。


「次は、挨拶はなしだ。会話だけに集中しよう」


「わかりました」


 今朝の失敗を踏まえての、改善策の提案だ。


 そんなレオナルドの指導のおかげで、私はジョヴァンニに近づくことも出来ているし、挨拶も出来ている。その前までの悲しい状況は、推して知るべし。


「ジョヴァンニに話し掛ける時に、開口一番に『私は生徒会に興味があるんです』と言えば、人手が必要な時にはリンゼイに声を掛けてくれるはずだ」


「はい。レオナルド先輩。質問があります」


 質問事項がある時は、挙手することになっているため、私は右手をスッと挙げた。


「なんだ。リンゼイ」


「生徒会は人気があり、他にも入りたい女の子は沢山居るはずです。興味があるからと言って、ブルゴーニュ会長は私に声を掛けてくださるでしょうか?」


 ジョヴァンニ以外にも人気がある攻略対象者が集中して所属しているため、生徒会に入りたいと望む女の子は多い。


 ちなみに、生徒会に居る攻略対象者の個別ルートに入る場合、ヒーローが推薦してくれるという裏技で、ヒロインリンゼイは生徒会入りする。


 生徒会として一緒に居ることになれば、学年は違ったとしても、会う機会が多くなるし、イベントの度に協力し合う。


 つまり、接触回数が多くなり、好感度だって上がりやすくなるのだ。男女が恋愛するしかない仕様だった。


 レオナルドは生徒会ではないので、彼は違う何かで好感度を上げることになるんだろう。


 最難易度攻略対象者だし……もしかしたら、特別な何かが用意されているのかもしれない。裏ボスにもなれるくらいだもんね。


「ああ。良い質問だ。リンゼイ。ジョヴァンニは王族で、幼い頃からの婚約者が居る。この学園は君以外は生まれも育ちも貴族な訳だから、そういった理由で話しかけない」


「確かにそうですね……」


 乙女ゲーム内でその常識を本当に知らない平民リンゼイは、どんどん距離を縮めて好感度を上げていくことになる。


「その上、あいつは会長で人事権を持っている。生徒会入りするためには、一番頼みやすく最短距離と言えるだろう」


「それは……そうです。ブルゴーニュ会長が、生徒会メンバー入りの許可を出しますから」


「そうだ。もし、他メンバーに頼めば、そのメンバーに気があると思われてしまう。よって、リンゼイの場合はジョヴァンニ本人に頼むのが、一番適当だと思われる」


「はー……流石です。レオナルド先輩」


 私がジョヴァンニ本人に生徒会に興味があると直接伝えれば良い理由を、筋道立てて根拠を説明してくれたレオナルドに感心して思わず拍手してしまった。


 全て兼ね備えた攻略対象者で頭が良いのは当たり前なんだろうけれど、私が他メンバーに頼んだ場合のデメリットまで考えてくれている。


 私はそこまで考えて、行動なんて出来ていない。そもそも、恋愛下手以前の問題だったのかもしれない。


「前にも言ったが、ジョヴァンニは婚約者が居るとは言え、相性は良くなく不仲だ」


「……マリアローゼ様のことですね」


 マリアローゼは、本当に悪役令嬢らしい悪役令嬢なのだ。親戚にあたるレオナルドは本当に彼女の事をあまり良く思っていないようで、名前を出しただけで渋い表情になってしまっている。


「本来ならば、王族に近しい者しか発顕しないはずの聖魔力を持つリンゼイにだって、王家に嫁ぐ可能性はあるんだ。マリアローゼが居るからと、話す前から諦めることはない」


「……はい」


 確かに『ここたた』ヒロインであるリンゼイ・アシュトンは、魔力の種類の中でも、とても珍しい聖魔力を持っている。


 そして、聖魔力を使いゲームのエンディング直前で、世界を救うことが出来る。いかにもヒロインっぽい能力を、所持しているのだ。


 何故聖魔力を持っているかと言うと、リンゼイは暗殺されたと思われていた二代前の国王の王女様の落とし胤で……元王女の孫娘であったから。


 つまり、私は王族の濃い血を引いている事が判明するゲーム終盤では、王族や貴族令息である攻略対象者たちと結婚することが出来る身分を持っていると周囲に認められてしまう。


 そして、悩ませるような障害は何もかも無くなり、二人の幸せしかないような晴々としたハッピーエンドへと繋がるのだ。


「……ジョヴァンニは、本当に良い奴だ。リンゼイの気持ちを受け入れれば、すぐにマリアローゼとの関係を解消するように動くだろうし、諦めずに努力する価値はある」


「わかりました」


 確かに、その通りだ。ジョヴァンニは誠実だし、乙女ゲーム内でも悪役令嬢マリアローゼに対し、婚約者として不誠実な真似はしない。


 攻略サイトを見つつポチポチしていただけなので、うっすらとしか覚えていないけれど、ジョヴァンニはリンゼイと明確な恋愛関係になる前に、マリアローゼと婚約解消しようとして、リンゼイに嫌がらせしていた彼女と一悶着起こってしまう。


 それを、二人で協力して解決し、いよいよ恋愛関係になる……というところで、マリアローゼは神殿に封印された邪神を解き放つのだ。


 そこで役に立ったのが、私の持っている聖魔力。


 ……レオナルドは、本当に優しい。私の恋が上手くいけば良いと、心から考えてくれているのだろう。


 完全に恋愛対象外にされているようで、なんだか寂しい。


「……どうした? 何か困ったことでもあったのか?」


 ええ。先生、聞いてもらえます?


 好きな人に好きな人を勘違いされて、恋愛相談に乗ってもらうことになったんですけど、誤解を解くためにはどうすれば良いですか?


 ……なんて、レオナルド本人になんて、聞けるはずもなく。


「今日の数学の小テスト……あまり、点数が良くなくて」


 曖昧に微笑んだ私を不思議そうに見たけど、そういう時もあるのかとひとり納得したのか、明日ジョヴァンニに話しかけるための作戦を黒板に書き始めた。


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