第5話「独占欲」
「あ。来た来た! ……リディア。今夜はレンブラント様と、どんな話をしていたの?」
イーディスに明るく声を掛けられ、私は彼女の方向へと視線を向けた。
……ああ。さすが、私の親友! 来てほしいところに、来てくれたわ!
私はグラスを片手に反対の手を振っていたイーディスの元まで急いで駆け寄り、そんな勢いに驚いて目をまんまるにしていた彼女の手を取った。
「イーディス! 聞いて。実はレンブラント様の恋愛指数が、なんと最高値『100』だったのよ! 嘘なのかと思って何度も確認しても本当なの。とても信じられないわ」
「恋愛指数が……? レンブラント様の恋愛指数が、最高値なの? けれど、彼はリディア以外の女性と親しく話しているところなんて、私は今までに見たことなんてないわよ」
あまり大きな声では言えない話題に共に会場の隅に移動しながら小声でそう言ったイーディスは、私からレンブラント様の話を聞いて、とても戸惑っているようだ。
彼女が何を言わんとしているのか、私にだって理解出来る。
レンブラント様は婚約者の私以外の女性には、ほぼまともに話をしていない。
だというのに、そんな彼が誰に対し恋愛指数最高値になるほど、誰を好きになっているんだろうと、疑問に思ってしまっているのだろう。
それは……私だって、まったく同じ思いだわ。
私以外、レンブラント様の周囲には居ないと思っていた。ことあるごとに冷たく接してくれるから、それほど好かれていないことも心地よかった。
けれど、二人以外の第三者がもし居るとしたら、話が変わって来てしまうだろう。
「……私はずっと、私に対し冷たい態度を取っているのは、彼がそういう恋愛には興味がない人だと思っていたんだけど……これって、私以外に好きな人が居るということではない? イーディスはどう思う?」
私が真面目にそう聞いたら、イーディスは慌てて首を横に振った。
「まさか……! レンブランド殿下がそんなことなんて……聞いたこともないわ。けれど、そうだとするなら、確かに話が通るわね。心に決めた女性が他に居るから、レンブラント様は婚約者リディアに対し、冷たい態度をずっと貫いていたということ……?」
私からレンブラント様の話を聞いたイーディスは『信じられない』と言わんばかりな表情になっていた。
これが彼が平民であったりすると、また違って来るだろう。けれど、レンブラント様は王族なので、身分違いで諦めなければいけない恋も存在する。
やはり、自分の中にある気持ちを誰かに聞いてもらえると、だんだんと整理されていくわ。
初めて彼の数字を見た時に受けた大きな衝撃を通り過ぎ、私は落ち着いて来ていた。
そうだったのか……と、今までのすべての事がストンと腑に落ちた。
私以外の人が好きだったから、私にはあんなにも冷たかったのかと……。
「……そうなの。だから、あんなにまで冷たかったんだわ。私……どうして、それに気がつかなかったのかしら」
レンブラント様はそれほど私のことが、好きではないと思って居た。だから、彼のことをとても良いなと思っていた。
けれど……彼に別な女性が居るかもしれないなんて、考えたこともなかった。
なんて、私は間抜けなのかしら。
私とレンブラント様の関係は穏やかで安定していて……彼の心が誰かのものになっているなんて、これまでにまるで思いもしなかったというのに。
「……いえ。リディア。それって、レンブラント殿下が愛人を隠すことが、単に上手いだけだった訳ではないかしら? それにしても、不思議ね……彼はこれまでに女性問題を起こしたこともないというのに、リディアに対し冷たい態度を取るとは言え、変な言い方になってしまうけれど、婚約者に一途な方だと思っていたわ」
冷たい態度だけれど、婚約者に一途……そうなのだ。私だって、きっとそうなのだろうと思って来た。
けれど、それは彼の頭の上に浮かぶ恋愛指数が違っていると証明してくれていた。
私は単に決められた婚約者で、彼には他に違う女性が居る。
それはもう、事実なのだ。私は黙って受け入れるしかない。
その時、まるで重い鉛を飲み込んでいるような、妙な感覚がした。
……ああ。将来結婚するレンブラント様には、私とは違う最高に愛している女性が居る。
その事実が、どうにも受け入れ難い。
「……レンブラント様には、私とは違う女性が居るのね……?」
「リディア……」
唇からぽつりとこぼれた問いかけに、イーディスは言葉を失って項垂れた。
これまでの多くの時間を重ね、何の衒いもなく親友と言える彼女は、私のことをとても大事に思ってくれている。それは、私にだって肌に感じて解っていた。
だからこそ、ここでは彼女が飲み込んだだろう言葉も。
★♡◆
「リディア。それでは、帰りはくれぐれも気を付けるよう」
馬車まで送ってくれたけれど、いつものように義務感丸出しな態度を見せるレンブラント様に、私はそっくりそのまま返すようにして、ふいっと横を向いて答えた。
「……ええ。失礼します」
私が馬車の座席に腰掛けて車窓を見れば、レンブラント様は整った顔に珍しく変な表情を浮かべていた。
これまでの私は感謝の言葉を述べて、良く出来た婚約者らしく微笑み去って行くところだったからだ。
私は自分に冷たい態度をするレンブラント様のことが、好きだと思っていた。彼はベタベタせずに暑苦しくなくて、自分にはちょうど良いと。
……けれど、本当はそうではなかった。
レンブラント様が女性を苦手だったり好きではなかったり、また私自身をあまり良く思ってなかったとしても、それはそれで良かったかもしれない。
そう。あの頭の上の数字が『0』か『10』辺りだったとしたなら、私も彼の態度にも納得し満足していたはずだ。
だって、私は男性からあまりベタベタされたり、甘やかされたりすることが好きではない。
そうされることを全く望んでいなかった。
そういった意味で彼は今まで理想的な婚約者であったし、私が好きになれる男性だった。
けれど……他の女性が居るかもしれない状況に、すべての前提が覆ってしまった。レンブラント様は私を好きでなくても良いし、冷たい態度をしても構わないけれど……。
私以外の……他の女性を好きになるなんて、絶対に駄目だわ。
これは、他の誰かが聞けば、子どもっぽい独占欲なのかもしれない。
レンブラント様は婚約者で、どうせ私と将来的に結婚するんだからという慢心がなかったとは言えない。
必ず結婚するし、義務はすべて果たしてくれるし、むしろ少しくらい冷たいくらいが丁度良いわよねなんて、余裕を見せている場合ではなかった。
そこまで考えて、窓に映る顔をふと見ると頬に涙が伝っていて自分でも驚いてしまった。
私って、レンブラント様のことを好きなんだ……だって、彼が私以外のことを好きだってわかった今でも、数字は『85』で、前よりもより好きになってしまっているもの。
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