第38話:棺と中央王

 メアリに案内されながら城の中を進むアーロン。

 周囲の装飾は、西の城とは比べ物にならない程に豪華だ。


 これならば中央貴族達が思い上がるのも当然かと、彼は思った。


 そして暫く歩き、明らかに豪華な扉の前でメアリは止まった。


「ここだ。入るのはお前だけだ。私ですら入らない様に言われている」


 そう言ってメアリは、少し離れた場所で待機し始めた。

 それを見てアーロンも特に考えず、そのまま扉を開き、中に入った。


 彼が中に入ると、出迎えたのは豪華な家具。

 そして素朴な家具で飾られた、両極端な部屋であった。


 まるで他人と自分。両方の趣味で飾られた様な部屋だ。

 そして、その部屋の中央の椅子に腰かける一人の男がいた。


 長い髭を生やし、纏められた銀髪。

 その纏う雰囲気と眼光からも威厳を感じられる。


 アーロンは、その男へ近付いた。


「中央王か?」


「うむ……いかにも。儂がゼウン・オールワンだ。――ようやく会えたな棺の英雄よ」


 アーロンを見て名乗る男――中央王ゼウン。

 彼を見たアーロンの印象は、どこか疲れている様な印象であった。


 気疲れか、寝不足か。やや目の下の隈が目立つ。

 そんな状況で自身を呼んだ事にアーロンは疑問を持ちながらも、本題を口にした。


「世間話する気はない。単刀直入……何故、俺を呼んだ」


 アーロンがそう聞くと、ゼウンはゆっくりと立ち上がった。

 そして傍にある本棚から一冊の黒い本を手に取った。


 そしてアーロンの方へ振り返り、口を開いた。


「棺の英雄よ……汝はを信じるか?」


「魔王? 俺は狂信者でも破滅主義者じゃない。そう言われて、信じるとは言えん」


「……だがいるのだよ、棺の英雄よ! 魔王は実在する! 代々中央王に受け継がれる<闇の予言書>に書かれているのだ! 魔法の復活! そして勇者による討伐が!」


 ゼウンはやや興奮しながら黒い本を、アーロンへ見せつけながら話し続けた。

 そして、それを聞いたアーロンはようやく納得した。


「それで腑に落ちた……勇者徴兵だな?」


「……あぁ、そうだ。預言書にはこう書かれていた。女神ライフより、強い加護を授かった者こそが魔王を倒す勇者だと!」


 ゼウンの言葉を聞いて、アーロンは納得と同時に呆れた感情も芽生えた。


 いくら加護が強いからと言って、勇者徴兵はやはり愚策だったと。

 

「それでも勇者徴兵は愚策だ。知らぬ筈がないだろう……勇者徴兵により生まれた500人の勇者。その内の100人近くは逃げ出し、200人は既に死亡。悪行を重ね、生き返る事も出来なかった」


 救出屋に入ってこない情報は無い。少なくともダンジョン関係で。


 アーロンは知っていたのだ。勇者徴兵の現状を。

 そして死んでいった者達が、勇者だからと悪行を重ねて死んだ事も。


 今言った数も、あくまでアーロンが他の救出屋と、情報共有して知り得た情報でしかない。

 

 実際は、もっと多い可能性だってある。

 しかも話はまだ終わらない。


「そして更に100人近くは悪行が露骨すぎて、極刑になったんだろ?」


 アーロンは責める様にゼウンへ言った。

 中央の後ろ盾を得たからと、強盗、殺人に手を出した勇者もいる。


 そんな彼等が極秘裏に処刑されたのを、遺体処理の経由でアーロンの耳にとどいていたのだ。


 そしてアーロンの話を聞いてゼウンは、思う事があるのだろう。

 冷や汗を流しながら、ゆっくりと頷いた。


「仕方なかった……魔王を倒す為に勇者が必要だったのだ。だが、まさか……あんな悪行をする者達がいるとは……」


「魔王が本当にいると思っているのか?」


「本当にいる! この預言書は真実なのだ! 棺の英雄よ! 汝も心当たりがある筈だ! 近年、ダンジョンでの死者の増加! それも関係あるのだぞ!」


「……まさか」


 ゼウンの言葉にアーロンは一瞬でも疑った。

 だが彼の中で、何故か納得している部分もあったのだ。


 本来ならば油断しても死ぬことまではないダンジョン。

 そんな場所でも救出する事が増えた。


 理由は分からないが、もし本当に魔王に関係があるならば、まさかと。


「女神ライフの加護を持つ勇者と従者が、闇の門を開き、魔王を討伐する。この予言書に書いてあるのだ……!」


「百歩譲って魔王がいるとしよう。それで、何故俺を呼んだ?」


「……勇者はお主かもしれん。だから頼む棺の英雄よ! 勇者となってくれ!」


「……俺は勇者ではない」


 アーロンはそう言って背を向けた。

 それを見てゼウンは慌てて止めようとする。


「待ってくれ! 褒美は何でもやろう! 前払いでだ! だから頼む! まともな勇者がいないのだ!」


「それを承知の上での勇者徴兵の筈だ。それに……」


――まともな勇者は生まれている。


 アーロンの脳裏に女勇者エデン達の姿が過った。

 もし魔王いるならば、勇者も実在する筈だ。


 そしてもし勇者がいるならば、アーロンが見た限りではエデン達だけだった。


「女勇者エデン達を支えてやれ……俺から言える事はそれだけだ」


「エデン? 勇者徴兵の者か? まだお主がそこまで言う程の者が残っているのか?」


「それを知るのも、お前の仕事だ。中央王よ」


 そう言ってアーロンは部屋から出て行った。

 残されたのは、闇の預言書を持ちながら膝を付くゼウンだけだった。

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