第28話:欠けた理想

 アーロンが弟子に手紙を出して数日後、彼の下に弟子から手紙が届いていた。


「アイツからか……」


――アイツにしては返事が早いな。


 そんな事を思いながらアーロンは手紙の封を剥がし、取り出して読み始めた。

 そして、そこには色々と書かれていた。


――だが内容を簡単に言えば、条件を満たしたから、間もなく戻る。

 それだけのことだったので、特にアーロンは何とも思わず、静かに手紙をデスクへ入れた。


 そして、アーロンは自発的に掃除をしているサツキへ、その事を伝える事にした。


「サツキ……馬鹿弟子――お前の兄弟子だが、近々戻ってくる」


「えっそうなんですか! うわぁ! 楽しみです!」


 アーロンに憧れているサツキにとって、その兄弟子にも近い感情が芽生えていた。

 

 少なくとも、アーロンが認めた弟子なのだ。

 きっと悪い人ではないと、それだけで分かるからだ。


 だが内容には北の国は美人が多いとか、カジノが楽しいとか、そんな事も書かれていたが敢えて彼は内容を伏せた。


 彼なりにサツキの性格も分かってきている。

 下手に言えば、猛獣の如く馬鹿弟子に威嚇するだろうと思い、敢えて何も言わずに会わすことを選んだ。


――まぁ大丈夫だろう。アイツも妹弟子に手を出す程、馬鹿ではない。


 何だかんだでモラルはある。

 だからアーロンは、そこまで心配していなかった。


 そして彼は立ち上がり、帰ってくる弟子のデスクを掃除してやるかと思った時だった。


 アーロンの拠点の扉が勢いよく叩かれた。


「失礼! ここに棺の英雄はいるか!」


 その声は、若い青年の声だった。

 その声は敵意まではいかないが、明らかにアーロンへ不満を持つ者の声であり、サツキはアーロンの方を向いた。


「師匠……!」


「構わん、開けてやれ」


 アーロンは何とも思ってない様な感じで許可を出し、サツキもそれに頷いて扉を開けた。


「どうぞ」


「失礼する!」


 そう言って入って来たのは、若い青年を先頭にした若い男女のパーティーだった。

――否、その人数は4、5人ではなくパーティーというには多過ぎた。


 最早、ギルドの様な人数で、流石のアーロンも面倒な匂いを嗅ぎつけた。

 だから手招きでサツキを近く呼び寄せ、彼女もアーロンの傍に立った。


 そしてアーロンと、そのリーダー格の青年が対峙した時、青年は口を開いた。


「貴方が棺の英雄ですか?」


「そうだ。お前は? 見たところ……か?」


 アーロンは茶髪の彼が纏う、青いコート――その胸に描かれた蒼い十字架を見て、彼が救出屋だと気付いた。


 しかし妙に加護が弱い。それは気になったが、 それを聞くよりも先に青年が、それに対し頷いた。


「はい。救出屋――ムザン・ノーライトです」


「そうか。聞かん名だが、そんなお前が何の用だ?」


 それなりの救出屋ならばアーロンに情報が入ったり、彼の顔見知りであるパターンが多い。


 しかしアーロンは彼を知らなかった。顔も情報も。

 だから辺境――また新人のどれかだと思った。


「単刀直入に言います。――救出で依頼人達からを貰うのをやめてください」


「えっ!?」


「……変わった頼みだな。――何故だ?」

 

 アーロンは兜の中から、鋭い視線をムザンへと向けた。


「貴方は恥ずかしくないんですか? 僕達は救出屋です……命を助ける者の筈だ。なのに金、金と! 利益を考えずに救うのが、真に正しい救出屋の姿の筈だ!」


「命だけではなく、死者もだ。忘れるな」


「同じ事ですよ。それに貴方の事も聞いています。伝説の救出屋……棺の英雄! しかし、どれだけ立派な実績を出しても、報酬を貰う時点で失格だと僕は思います」


「ほう……じゃあ、報酬の代わりに何をお前は得る?」


 アーロンの言葉に、ムザンは目を反らさずに答えた。


「感謝! 依頼人からの感謝と笑顔です! それ以外に何か必要ですか? それとも僕が間違っているとでも?」


「間違ってはいない。だが足りない……お前には救出屋として、欠けているものがある」


「なっ! 僕に何が欠けていると言うんだ!!」


 ムザンはアーロンの言葉に感情的な言葉で返した。

 その言葉は、彼のプライドを傷つけた様だ。


 しかし、そんな彼の態度を見てサツキは確信した。


――この人、だ。


 何故か。その理由は分からない。

 しかしサツキは確信を持って言える。ムザン、彼は子供だと。


「後ろの者達を見ても同じことが言えるか! 彼等は僕の思想に共感して付いて来た者達だ! これだけの人数だぞ! それなのに間違っているというのか!」


「足りないと言った。正しい、間違いとは聞いていない」


「ぐぅ……哲学か?――じゃあ君はどう思う? 僕が、間違っているか!」


「えっ! 私ですか?」


 ムザンからの対象が自身に移ったことに、サツキは僅かに戸惑った。

 まさか自分に来るなんて思ってなかったからだ。


 しかし、それは最初だけだった。

 戸惑いはしたが、サツキは不思議とすぐに冷静になれて、そして口を開いた。


「全て間違っているとは言いません……依頼者からの感謝も、必要なのか知れませんし、利益前提で動くのも違うと思います」


 サツキは『典礼ギルド』で、利益重視の汚い世界を見てしまっている。

 だから報酬――否、利益前提の救出も間違いだと思っていた。


 しかし、だからといってアーロンが間違っているとは微塵も思っていない。


「ですが……師匠は利益を考えていません! ただ報酬が発生するからこそ、師匠はを持って救出に行くんです! どんな危険なダンジョンでも、強い魔物がいようとも! 師匠は責任を持って必ず助けてくれます!」


「……フッ」


 サツキの言葉にアーロンは兜の中で笑った。

 報酬と利益――この違いにサツキが気付いている事が、彼は嬉しかったのだ。


 しかしムザンの表情は、悔しそうに歪んでいた。


「……まるで僕が無責任みたいな言い方だね。なら見せてあげるさ。僕達が正しいという事を! そして後悔するんだな。救出屋の在り方が変わった時、取り残される自分達をね」


 そう言ってムザンは仲間を連れて出て行った。

 

 残されたのはアーロンとサツキだけ。

 そして彼女は扉を閉めてから、アーロンへ自身の言葉が正しかったのか聞こうとした時だ。


 先に口を開いたのはアーロンだった。


「たまにいるんだ……あぁいう……がな」


 報酬を貰わずに困った者達を助ける者。

 それは一見、格好いい存在なのだろう。


 しかしアーロンは知っている。現実は甘くないと。

 英雄も感謝や笑顔では、リンゴ一つ買えないという事を。


「サツキ……安心しろ。お前は分かっている。だから、あんな風にはなるな」


「は、はい! 私、師匠に付いて行くって……教えを受けるって決めてますから!――よぉ~し塩撒いときます!!」


「……フッ、程々にな」


 気合いを入れて塩を持ってくるサツキを見て、アーロンは笑いながら言って、デスクの掃除に戻った。


「良し! うおりゃぁぁぁ!!」


 そしてサツキは構えて、入口に目掛けて塩を投げた。

――時だった。扉が不意に開いた。


「ただいま~師匠、そして妹弟子! 兄弟子が――ぶへっ!!?」


「……あっ」


 結果、サツキの投げた塩が、入ってきた金髪の青年。その顔面にぶち当たった。


 これが彼女と兄弟子――ロウ・ウッドレイとの出会いであった。

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