第19話:死霊の夢


 ゲートから出て来たアーロンを出迎えたのは、枯れ果てた場所であった。

 木々は枯れて腐り、大地は死んでいる。


 しかし、あくまでもここだけなのだ。

 少し遠く見れば、緑が覆い茂っているのがアーロンにも見える。


 では何故、ここだけ枯れているのか。その理由へアーロンは振り返った。

 そこには負の正気が漂う、地下洞窟への入口が待ち構えていた。


 ネズミ一匹すら近寄らない、このダンジョン周辺。

 だがアーロンは入口の地面を調べると、そこに確かに人の足跡が存在していた。


 「……やはり入っているな」


 入口の立札を倒し、封じていた鎖も突破している。

 こんな死の匂いしかない場所に入ると、それだけ人生に絶望していないと無理な筈だとアーロンは思わず犯人へ同情する。


「……狂人か、それとも恨みか」


 犯人の動機。一体何なのだろうかと、アーロンは少し考えたが、すぐに頭から消した。

 何の意味もないと気付いたからだ。相手の目的は知らない。

 だが自身の目的は救出だ。


 アーロンはランプの中に聖なる蝋燭を入れ、そして火を点けた。

 すると、その周辺だけ確かに空気が軽くなった様な気がした。


 そしてアーロンは銀製のナイフ等を身体の周囲に装備し、クロスライフを持ってダンジョン――『死霊の夢』へと入って行くのだった。



♦♦♦♦


 アーロンが内部に入ると、そこは負の世界であった。

 最初に入った者が火を点けたのか、所々に松明が灯っている。


 だが視界は良くても周囲の光景は、昔と変わらず悲惨なものであった。


 動物・人間、両方の骸が周囲に散らばっている。

 壁には発狂した者達の黒く変色した血痕や、もがいて壁に付けた傷痕などがある。


「どこまで行った……」


 アーロンは命のコンパスを使い、命の痕跡を探した。

 すると針は激しく動き、やがて奥を一点に示した。


「奥まで行ったか……!」


 兜の中で思わずアーロンの表情が歪む。

 このダンジョン。前半はマシな地獄だが、後半はただ地獄しかない。

 もし生きていても、きっと精神が病んでいる筈だとアーロンは確信を持っていた。


 だが今の準備を施した自身ならば、まだ余裕があるだろうとアーロンは急ぎ、奥へと進んで行った。


♦♦♦♦


『コロシテ――クレ――イヤダ!!――シニタクナイヨォ!!』


『ゴメンナサァァイ!! イヤダァァァ!!』


『痛イヨォ!! 苦シイィヨォ!!!』


 奥に進むにつれ、亡霊達がアーロンの周囲へ集まりだした。

 だが下手に相手をしてはならない。

 彼等は生きてはいない。優しさや慈悲はない。


 人の身体をしてなければ、していても虚しく胸に穴の開いた亡霊だ。

 だからアーロンは近付けば、ランプの蝋を見せて追い返し、攻撃しようものなら銀のナイフで斬りつけて消滅させる。


「……嫌な場所だ」


 昔と変わらないと、アーロンも思わず愚痴ってしまった。

 空気は悪い。周囲のマナも死んでいる。


 亡霊達が仲間になって、寂しいよと、彼の脳内に語り掛けてくる。


「――消えろ!!」


 対策をして来たアーロンにですら、彼等を完全に防ぐ事はできない。

 段々と集まり、頭や耳元で語り掛けて来る亡霊達へ、アーロンは叫ぶと周囲に聖水を撒いた。


『アァァァ……!!』 


『苦シィヨ……!!』


 断末魔と共に消えていく亡霊達。

 しかし気配はまだ嫌と言う程に感じる。


――急がねば、俺も狂ってしまう。


 このダンジョンでは焦るなと言い聞かせても、焦ってしまう怖さがあった。

 それはアーロンですら感じるが、これでもマシだというのが恐ろしい。


 聖なる蝋、銀のナイフ、それと女神ライフの聖なる十字架を持つクロスライフ。

 これがあるからアーロンも正気を保っているが、何の準備もしていない者がどうなるかは考えたくもない。


「……くそっ」


 アーロンは、その場を駆け抜ける。

 人魂が邪魔だ、亡霊達が待ってと声を掛け、彼を止めようとする。


――本当に鬱陶しい。


 道連れが欲しいと、気を抜くと冷たい空気が襲って来る。

 救出者は何処にいるのだと、アーロンはコンパスで確認しながら進んで行くと、ようやく針の動きが穏やかなに変わった。


――そして、その時だった。


「うわぁぁぁぁん!! ああぁぁぁぁん!!」


「――まさか」


 一瞬、アーロンは、この鳴き声が何なのか理解できなかった。

 亡霊か。いや、それとは違う心強さ――生者の何かを感じる。

 

 ならば答えは一つしかなく、アーロンは、その声の方へ気付けば走り出していた。

 そして、見つけた。


「まさか……生きていたとは」


 そこには男二人の遺体に守られる様に寝かされ、そして大きな声で泣いている小さな男の子がいた。

 

――生きていた。


 この環境のせいで、荒み始めていた彼の心に光が差した瞬間だった。

 アーロンはすぐに傍によって状態を確認した。


――汚れてはいる。軽い擦り傷も、だが他にはそれらしい物はない。


「このダンジョンで良く生き残った……! だが、まるで彼等は――」


 アーロンは子供の傍で倒れている男の遺体を見る。

 まるで子供を守る様に、優しく彼に覆い被さる姿。しかも彼等の加護が消えていないかった。


 この二人が誘拐犯なのは間違いない。

 なのに、この光景は一体なんなのだと、アーロンは疑問を抱いたがまずは子供が優先だと異次元からシーツ等を取り出した。


 そして聖水で顔を拭いてあげながら、やがてシーツで包むと十字架を握らせた。

 これで亡霊は暫くは来ないだろう。

 次にアーロンは、すぐに棺を出して二人を納めながら状態を確認する。


「出血無し……これといった外傷も無しか。本当に加護があるな」


 誘拐し、子供を危険に晒しても加護が消えない。

 そんな目の前の現状に、アーロンはやはり原因はメアリにあるのだなと確信した。


――女神ライフは見てくれている。ならば、この行動にも同情の何かがあるのか。


 アーロンはまだ何かがあるのだと思いながらも、棺を閉じた。

 そして子供を蓋の上に置き、帰りの準備をしようとした時であった。


――不意に、アーロンは背後から今までと比べ物にならない程の寒気を感じた。


「……来たか」


 このまま無事に帰れるとは、彼も思ってもいなかった。

 だからアーロンは、すぐに聖水等を取り出すと子供の周囲に撒いたり、少しだけ聖水をシーツに染み込ませて加護を強めた。


「待たせたな」


 そう言ってアーロンが振り向くと、そこには巨大な鎌を持つ、浮遊した亡霊――ラストイーターがいた。


『アアァァァ……! ズルイヨォ……キミダケ生キテルナンテェ……!!』


 ラストイーターは、頭部が多くの亡霊が集まっている為、多くの頭がある。

 その大量の頭部に合わさり、大量の瞳でアーロンを捉えた。


 だがアーロンは兜の中で笑っていた。

 今は負ける気も無ければ、負けられないのだと覚悟を決めていたのだ。


「教えてやろう……救出屋は墓荒らしではない。生者も助ける理由がある」


 アーロンはそう言ってクロスライフを持ち、十字架をラストイーターへ向けた。

 クロスライフの十字架は、強く蒼い光を放ち、ラストイーターを怯ませる。 


「女神ライフよ……この小さき命を守る為、修羅となる僕をお許し下さい」


 アーロンは女神ライフへと祈り、身構えた。

 そして、そんな彼の姿にラストイーターも鎌を振り上げた瞬間、両者の戦いは始まった。




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