第17話:非情な答え
パイプオルガンが鳴り、月光に照らされた教会でアーロンが連れ帰った二人は無事に生き返っていた。
――その時だった。安心したのか、今度こそアーロンは倒れてしまった。
「師匠!?」
「アーロン!!」
サツキやギルド長達が慌てて彼に駆け寄ったが、彼からの反応はない。
だが兜の隙間から聞こえる呼吸音が、彼の無事を知らせてくれる。
「急いで休ませないと!」
「ならば、教会の一室をお貸ししましょう。下手に動かすよりも、そちらの方が良い筈です」
慌てるサツキへ、神父様はそう提案した。
下手に動かさず、休める場所は教会にはある。
「良し、ならば運ぶぞ。誰か案内してくれ!」
「こちらへ!」
ギルド長と冒険者がアーロンを担ぐと、シスターが奥の方へと案内してくれた。
サツキもまた、他の冒険者と共に医者や薬を買いに外へ出かけていくのだった。
――そして次の日の朝。それは起こった。
♦♦♦♦
メアリは宿泊している宿屋の一室で、椅子に座りながら頭を抱えていた。
その理由は当然、誘拐された弟の事であった。
中央の騎士達は、もう役に立たない。
ならばと中央の冒険者や救出屋の片っ端から依頼を要請し、今はその返事を待っていた。
貴族としての繋がりも全て使い、依頼金も求める額をくれてやると言ったのだ。
きっとどうにかなると、彼女は疑わなかった。
――しかし、現実は甘くはなかった。やがて部下の騎士達が部屋へと入ってきた。
「副団長……依頼の件なのですが――」
「そうか、それで幾らになった。すぐに準備してや――」
「いえ……全て断られました」
騎士がそう言った瞬間、メアリは勢い良く立ち上がり、その騎士を力強く平手打ちした。
その衝撃で騎士は衝撃で腰を付き、涙目で彼女を見上げていたが、メアリの表情は鬼の様に険しいものであった。
「こんな時にふざけた事を言うな!! 幾らだ! 幾らで救出に向かう! 誰が! 幾らでだ!!」
「で、ですから! ほ、ほ、本当に断られたのです! 冒険者からも、救出屋からも!――棺の英雄が禁じたダンジョンへ入れないと!」
そう言って騎士は必死で言い訳をした。
実際、最初は冒険者達は喜んで引き受けたが、少しダンジョンの事を調べたらすぐに断って来たのだ。
『このダンジョンは駄目だ。進入禁忌ダンジョンは、俺等でも入れない』
ならば救出屋だと、彼等に依頼したが結果は同じだった。
『そのダンジョンに入るなら、アーロンの許可が必要だ。何より、彼へ依頼しろ。その方が確実だ』
誰もがアーロンの名を出し、自分達では無理だと断ったのだ。
アーロンの許可が必要なのは勿論、自身の力量では無理だという判断からだ。
「そ、そんな……!」
その話を聞いたメアリは膝を付いてしまった。
既に一日経ったのだ。まだ生きているかも分からない。
しかしどうすればと、メアリは震えていた時だった。
一人の騎士が震えながら、ある提案した。
「アーロンに……棺の英雄に……依頼するしか、ないのでは?」
「……!」
その言葉にメアリや、他の騎士達は一瞬だけ動きを止めた。
誰もが分かっていた事だった。それが一番、最も早い解決策であると。
しかし彼女達には、それは一番難しかった。
呪紋すらしてしまったのだ。そんな相手に、どうすればと。
「一応、居場所は教会にいるらしいです……どうしましょう?」
「……向かうぞ」
メアリは力なく、そう呟いた。
もう、それしか方法が無かったからだ。
♦♦♦♦
教会の前には冒険者達や、サツキがいた。
冒険者や町の人達は看病していたサツキを心配し、交代したり休ませてあげていた。
――そんな時だ。メアリ達が来たのは。
「お前達……!」
「何しに来やがった!!」
怒りの表情で身構えながら、メアリ達を睨むサツキ達へ、メアリ達は顔を逸らして一つの大きな袋を前に出した。
「アーロンはいるか? 依頼を受けさせてやる……」
「ハァ?」
彼女の言葉に、サツキ達の雰囲気が変わった。
今、この女は何と言ったと。アーロンが今どうなっているか分かっているのかと。
しかも、その原因の奴等がと。
「ふざけるな!」
真っ先に動いたのはサツキだった。
サツキは素早くメアリの前に行くと、その袋を払い落す。
すると中から、大量の金貨が飛び出した。
それは家が大量に買え、平民ならば一生の半分以上を遊んで暮らせるだけの額であった。
しかしサツキは一切、金貨に目も繰れなかった。
「お前達のせいで師匠は! なのに依頼をだなんてふざけるな!!」
「そうだ! 中央はどれだけ恥晒しなんだ!」
「とっとと失せな!!」
サツキの冒険者は、今までの不満も交えて一気に吐き出した。
その様子に周囲の者達も気付き、足を止めていく。
そして蔑んだ目でメアリ達を見る。
既に彼女達の話や態度は、町の噂になっていた。
だから皆、知っているのだ。彼女達の事を。
だがメアリ達は何も言わず、やがて彼女達は膝を付いて土下座の姿勢を取った。
「頼む……アーロンに依頼を……! 弟を助けてくれ……!」
「っ! 卑怯者!! 昨日、生き返った人達にも待っている人達がいたんだ! なのに、それなのにアンタ達は師匠に呪紋を掛けて! なのに自分達の時だけ!」
「とっとと帰れ!」
一人の冒険者がメアリ達へ石を投げた。
それを皮切りにサツキを除く、周囲の者達も彼女達を攻撃し始める。
「帰れ! この中央の騎士が!」
「腐敗した連中め!」
「全部知ってるんだからな!」
冒険者も町の人達も一斉に彼女達へ、石や土等を投げまくる。
そして一人の騎士の頭に当たり、その騎士が思わず立ち上がった。
「この! 黙っていればよくも――」
そう言った時だった。彼の足下に矢が数分突き刺さる。
「ひっ!」
思わず騎士は腰を付き、その矢が放たれた場所を追うと、そこには屋根の上で弓を構えるレンジャー達がいた。
そして彼等は気付いた。既に冒険者達は武器を持っており、やり合う覚悟もあるのだと。
騎士達は完全に怖気づいてしまうが、メアリだけは懇願し続けた。
「お願いします……お願いします……!」
その姿にサツキの怒りも限界を超えようとしていた。
見ているだけで腹立たしいと、拳を握り締めた。
――時だった。
「――どこのダンジョンだ?」
周囲の者達の耳に、聞き覚えのある声と台詞が届く。
そしてサツキが素早く振り返ると、そこにいたのは兜と鎧に身を包んだアーロンの姿があった。
その右手には、何かを飲んだような小さな空瓶もあり、神父様も傍にいた。
「師匠! 身体は……!」
「エリクサーを飲んだ。本当は、要救助者用に残していた。だが、そんな場合ではない様だな」
そう言ってアーロンがメアリ達を見ると、彼女は震えながらアーロンへ自身が調べた内容が書かれた紙を差し出した。
「こ、ここです……弟を助けて……まだ1歳なの……!」
目から涙を流しながらメアリはアーロンへ、縋る様にそう言うと、彼はその紙を受け取って読み始める。
そしてすぐに神父様の方を向いた。
「急がねばならない。神父様、聖水を20個、銀のナイフを5本、聖なる蠟燭も10本頼みます。サツキも手伝ってくれ」
神父にアイテムの準備を頼むアーロンの姿に、メアリはようやく救われた感じがした。
誰もが断る中、彼だけが弟を助け――
「それと子供用の棺も頼む」
「――えっ」
一瞬、メアリはアーロンが何を言っているか分からなかった。
他の者もだ。まるで、子供は既に死んでいると決めつけている様だと。
その様子にアーロンも気付いた。
だから、いつも用に静かに口を開いた。
「……残念だが、弟はもう死んでいると思った方が良い。このダンジョンに入り、1歳児が生き残れるとは思えん」
「……」
その言葉にメアリは言葉を失い、そのまま膝を付いたまま動かなくなってしまう。
そんな彼女の代わり、ダンジョンについて問い掛けたのはサツキであった。
「そこは……どんなダンジョンなんですか?」
「……嘗て、師匠と俺が、他者に入る事を禁じた<進入禁忌指定>ダンジョンだ。――悪霊達の終わらぬ、永遠の悪夢。その名は――」
――『死霊の夢』
今、アーロンは嘗て封じたダンジョンへ、再度足を踏み入れようとしていた。
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