第16話:因果応報
途中からアーロンは記憶がなかった。
いつ倒れ、今自分はどうなっているのかも。
ただ意識の覚醒と共にアーロンは徐々に気付いて行く。
自身は横にされて布も掛けられ寝かされている。
兜も鎧も脱がされ、どこか身体も軽く感じた。
「ここは……?」
「あっ! 目、覚めた!?」
アーロンは小さく呟いたつもりだったが、それに反応する大きな声に内心で驚きながらも、どこか聞き覚えがある事に気付く。
確か、最近の事の筈だと。サツキに出会う前――否、その日の相手だ。
「その声……あの女勇者か?」
「エデンだけじゃなく、私達もいるぞ。体調は大丈夫か?」
アーロンへそう問いかけてくれたのは、女性騎士のトリアだった。
長髪の金髪を揺らし、彼女は焚き火の前で食べ物を焼いていた。
――なんだ、焚き火が明るい。
まだ頭が目を覚ましていないアーロンは、目の前の焚き火を見て呑気にそう思ったが、すぐに我に返って今が夜である事に気付く。
「俺は……どうしたんだ。棺は……!」
「安心しろ。棺は無事だ。中身もな……アンタは倒れてたんだ。この砂漠で」
今にも身体を起き上がらせようとしたアーロンだったが、思った以上に衰弱していたのか身体に力が入らなかった。
そんな彼を見て、彼の傍で座っていた女性盗賊のキッドが、自分の傍にある棺をアーロンへ見せた。
それを見てアーロンは安心すると、倒れる様にまた横になってしまう。
「感謝する……」
「感謝ならエデンに言え。我々は近くにいたとはいえ、貴殿が危ないと言ったのは彼女だ」
「えへへへ……!」
説明してくれたトリアの傍にいた女性勇者エデンは、その言葉に照れ臭そうに笑った。
そしてアーロンへ指差した。
「女神ライフ様が教えてくれたんだ。君が危ないって」
エデンが指差した場所を見ると、そこにはアーロンの首に掛かった蒼い宝石があった。
それはアーロンが、エデン達から預かった『ライフの涙』であった。
あの女神ライフの加護があり、同じ名の宝石と勇者に助けられた。
不思議な縁だと思いながら、アーロンは思わず笑ってしまう。
「……フッ。女神と勇者達に感謝か」
「あっ、救出屋さん笑った! でも素顔が格好いいね! 前は兜を被ってたから姿が見えなかったから」
エデンの言葉に、今度はアーロンは内心で笑った。
そんな風に言われたのは始めてだ。
気付けば、ずっと兜を被って救出屋をしていたのだからと、アーロンは思い出していた。
「……礼を言う」
そしてアーロンはそう言いながら上半身を起き上がらせた。
「うわ! まだ駄目だよぉ!」
「そうですよぉ~」
「そういう訳にはいかんのだ」
彼の姿にエデンと、賢者マザーサが止めるが、アーロンもそう言う訳にはいかなかった。
聖水を掛けているとはいえ、死んでから時間が経てば経つほどに加護も減っていく。
早く教会に運んでやらねばと、アーロンは傍にあった兜と鎧に気付いて触れた時だった。
彼は自身の肉体を蝕む呪紋。それが消えている事に気付いた。
「呪紋が……消えた?」
「あれなら消しといたよ。けど、中央と何かあったの? あの呪紋って中央だけが持つ特殊な魔法だよ?」
アーロンへそう言って、不思議そうに彼を見ているのは女性魔導士マリンだった。
彼女は彼の呪紋を解呪し、魔法で回復してくれた恩人であった。
それをアーロンも察した。
解呪し、中央の事も知っているならば隠すのも意味は無いと、彼は静かに話し始めた。
「俺は勇者徴兵を拒否した……その事で中央の王が、俺と話をしたかった様だ。その為に中央の騎士が来たが、断ったらこれだ」
「成程な……陛下の件はさておき、きっと騎士達が無礼な態度を取ったのだろう。しかし、それで呪紋とは。結局、何も変わらんのだな連中は」
「トリアは中央の騎士出身だもんな」
「だから愛想を尽かし、エデンと旅に出る事を選んだのだ」
キッドの言葉にトリアは、少し気恥ずかしそうな表情を浮かべる。
恥なのか、どちらにしろ彼女にとっては嫌な思い出の様だ。
「模範となるべき中央が、今ではどの地域の中で、最も腐敗しているのだ。そんな馬鹿な話があるものか。――プライドだけ高い貴族主義・特権依存の連中によって中央は腐った。王や大臣、一部の貴族が頑張っているが、それでも所詮は少数。多勢に無勢だ」
「しかも勇者徴兵も悪手だった。だから、貴方も断ったんでしょ、棺の英雄?」
「あぁ……俺は勇者ではない。何も成していない者を政策だけで勇者とする。全くもって愚かだ。――勇者とは、他者より言われて始めて勇者になるものだからな」
自身で俺は勇者だという人間。アーロンはそんな人間こそ、滑稽の極みと思っていた。
勇者とは王からでもない。民が称えてくれて、始めて勇者なのだ。
「うぅ~耳が痛いよ」
「フッ……勘違いするな。お前の事を貶していない。お前は俺を助けてくれた。――だから俺から君は勇者だ」
「えっ……私が勇者? なんか申し訳ないかなぁ」
アーロンの言葉にエデンは、気まずそうな顔をしたと思えば、今度は何とも言えない表情を浮かべた。
それを見て、アーロンは少し気になり、彼女へ問いかける。
「何故、君は勇者徴兵を受けたのだ? あれは言葉では色々と言っていたが、強制ではなかった。それで騒いでいるのは中央だけだ。君ならば、勇者とは何か分かっている筈だ」
「あはは……うん。何て言うか、私が勇者徴兵を受けたのは、故郷の町の為なんだ。特産品がミルクぐらいしかなくて、いつも貧しいけど笑顔が絶えない私の自慢の故郷。――でも勇者徴兵を受けたら、その勇者の故郷の税収とか免除してくれて、お金も出してくれるって言うから。それで少しでも皆の為にと思って」
そう言ってエデンは困った様に笑う。
きっと彼女自身も自身のあり方、勇者という自称でも肩書きに悩んでいるのだとアーロンはすぐに察した。
同時に彼女の仲間達もだ。
エデンの話を皆、真剣に見守る様に聞いていた。
きっと彼女達も何かがあって、エデンと旅をしているのだろう。
少なくともアーロンはそう感じた。
「でも救出屋さんの言う通りだよ……何も成してないのに勇者って言われると、私もずっと申し訳ないって感じはしてたんだ。――だから、せめて自分では勇者って名乗らない事にしてるの私! 誰かに言われたら受け入れるけど、自分からは絶対に言わない! それが私の信念!」
「……そうか」
両手に握り拳を作り、そう宣言する彼女を見てアーロンはまた笑った。
そして立ち上がると鎧を纏い、兜を被った。
「世話になった」
「えぇ! まだ駄目だよ!?」
エデンは止めるが、アーロンは動きを止めなかった。
実は彼女の話を聞いていて、彼もすぐに救出屋として動きたくなったのだ。
だが照れ臭いので、アーロンは絶対にそんな事は口にしない。
けれど、彼がボロボロなのも事実だ。
そんなアーロンを見て、マリンはどうしてそこまでするのか気になった。
「どうして貴方がそこまでするの? 救出屋だって人間。誰かの為に、そこまで無理して、死んだらどうするの?」
「それでも俺はこの道を選ぶだろう。――俺には、助けてもらいたくても、助けてもらえない者の気持ちが分かるからな」
それは嘗てのアーロン自身だった。
父を助けてもらえず、必死になって叫んでも、助けて貰えなかった悲しみを。
そこから救ってくれたのが、彼の師匠だった。
だからアーロンは助けるのだ。
嘗ての自分と同じ者達を、師匠の様に助ける為に。
「やはり貴殿には信念があるのだな。中央の連中も学んで貰いたいものだ」
「フッ……後悔の機会も無い者達に、それは難しいだろう」
「違いない」
アーロンの言葉にトリアは笑い、他の者達も心当たりがあるのか笑っていた。
そしてアーロンはクロスライフを背負い、棺を持ち直し、目の前に手を翳す。
すると今度はゲートが完璧に開いた。
これで教会へ行ける。既に夜で、事態を知っている者達は今日中に自身が戻って来るとは思ってないだろうが仕方ない。
――神父様には迷惑を掛けるな。
そう思いながらアーロンはゲートの前で立ち止まると、最後にエデン達を方を向いた。
そこには自分を見つめる彼女達の姿があった。
「世話になった……必ず、この恩は返す」
「もう気にしなくていいよ! でも気を付けてね救出屋さん! 今回は私達が――」
「アーロンだ。そう呼べ」
「――えっ」
彼の言葉にエデン達は一瞬、どう意味か分からずに棒立ちだったが、やがてその意味を理解すると笑顔を見せた。
――信頼。それがアーロンが救出屋呼びを訂正した理由だから。
「うん! またねアーロン!」
「またな、勇者エデン」
互いにそう会話を交え、アーロンはゲートの中へと入って行った。
♦♦♦♦
きっと誰もいないだろう。
そう思っていたアーロンだったが、彼が教会に出た瞬間、我が目を疑った。
「お待ちしてましたよ……アーロン」
「神父様……シスター」
「皆、お待ちですよ」
ゲートから出たアーロンを出迎えたのは、優しい笑みの神父とパイプオルガンに座るシスターだった。
また周囲を見ると、教会の椅子とテーブルの上に上半身を倒して寝ているギルド長や冒険者と、救出者の家族達がいた。
――そして、もう一人。
「師匠!!」
「むっ!?」
不意にアーロンを誰かに抱き着かれた。
だが彼には正体が分かっていた。それはサツキだった。
泣きべそかいた弟子の姿に、アーロンを兜の中で思わず笑う。
「フッ……まだ仕事は終わっていないぞサツキ」
「グスっ……はい!」
アーロンは彼女の頭を撫でると、サツキも頷いて下がった。
そして同時に彼女の声でギルド長達も一斉に目覚める。
「んっ!? ア、アーロン!」
「おぉアーロンさん!」
「戻って来れたのか!」
教会内だというのに騒々しいものだ。
アーロンは嬉しそうにそう思うが、神父様はそんな彼を見て嬉しそうにしている。
この方に叶わない。そう思いながらアーロンは、棺を引きながら神父様の前で膝を付いた。
「良くぞ戻りましたね、女神ライフの加護人であり……棺の英雄よ」
「はい。ですが、彼等の眠りを遅らせた事への謝罪を……!」
神父様は彼を労った。
しかしアーロン自身は膝を付いて頭を垂れ、己の非を謝罪する。
その姿に皆はアーロンは悪くない。そう言いそうになったが、これが彼だと知っていて、涙目になりながらも何も言わなかった。
「では始めましょう――」
月光が教会を照らす中、女神ライフの奇跡が始まった。
だが、教会の外からそれを見ていた者達がいた。
――メアリ達だ。
「どういう事だ? 何故、戻って来れた……運よく呪紋が解けたのか?」
「そうなんじゃないですか? あれ、使えはしますけど、今一どういう理屈で発動しているのか分かりませんし」
「運よく解呪できるもんなんですって」
懐疑的なメアリへ、他の騎士達は能天気にそんな事を言う。
そして情けない事にメアリもまた、その話を信じるのであった。
「まぁそう言うものなのだろうな。――それに興味も失せた。とっとと宿へ戻って明日には帰るぞ」
「えぇ、やっと西から解放されますよ」
彼女等はそう言って教会から去り、暫く歩いた時であった。
夜にも関わらず、一羽の大きな鳥が彼女達の下へと降り立った。
「こいつは……中央の連絡用の鷹ですか?」
「馬鹿な……こんな夜だぞ? まさか、我々の任務の確認か――」
メアリは少し警戒しながら、その鷹の脚に付いている手紙を解いて読んでみた。
流石にこれは緊急だと、彼女達でも分かったからだ。
――しかし、それを呼んだ瞬間、メアリの顔から血の気が失せた。
「ば、ばかな……そんな……!」
メアリは力なく、その手紙を落としてしまう。
月光に照らされた手紙には、こう書かれていた。
『騎士団副団長・メアリ・バーンズへ、緊急連絡を記す。今朝方、貴族街・バーンズ家の屋敷に賊が侵入。貴殿の弟君・へリン・バーンズを誘拐し、王都より南西のダンジョンへ逃亡された。――また、そのダンジョンは『進入禁忌指定』にされており救出を断念した事を、ここに記す』
「な、なんだこの内容は! 貴族街の担当騎士は何やってんだ!」
その内容に仲間の騎士が叫ぶが、メアリは身体を震え上がらせ、何も口に出来なくなっていた。
その原因は弟の誘拐でもあったが――その続きにこそ、理由はあった。
『追申:『進入禁忌指定』した
メアリは今、天罰という言葉を始めて自覚した。
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