第15話:折れぬ信念


 メアリの呪紋によって魔力障害を起こされたアーロンは、無事に洞窟ダンジョン――『闇夜の蜃気牢』に辿り着いていた。

 辺り一面、砂漠地帯。その目印も無い様な場所に、そのダンジョンがある。


 そして今は、ダンジョンの入口で彼は、転移魔法を試している所だった。


「……駄目だ。開かない」


 しかし転移魔法は上手く発動できず、ゲートが開く事はなかった。

 もしかしてと思って鎧を脱いだが、それでも結果は変わらず、ゲートが開く事はなかった。


 ただ不幸中の幸いなのは異次元魔法――異次元庫は開く事は出来た。

 少し普段よりも魔力の負担が大きいが、これがあるなら棺はどうにかなると、アーロンはまず、救出を優先する事にした。


「……帰りの事は後だな」


 そう言ってクロスライフを腕に装備し、彼はダンジョンへと入って行った。


♦♦♦♦


 ダンジョンの中は名前通り、闇夜の暗かった。

 外は明るく日が差しているいるのにも関わらず、洞窟内は真っ暗だ。


 入ってすぐに視界が制限されて前が見えず、アーロンはすぐに異次元庫からランプ等を取り出した。

 しかし同時にアーロンは、異次元庫を使った後に僅かな疲労感を感じ取る。

 

――やはり負担が大きい。あまり魔力は使えない。


 魔力の使い過ぎで倒れたら、笑い話にもならないだろう。

 限られた回数で異次元庫を使い、必要な分は纏めて取り出すしかないと思いながら、アーロンはランプや松明の道具を持った。


「視界はこれで良いだろう。後は……道標か」


 いつもならばゲートで帰るが、今回はそうはいかない。

 けれど、それは嘗て弟子時代に自身が行っていた事であり、アーロンは懐かしいなと思いながら松明を作る。


 そして入口辺りでまずは一本、近くの岩の切れ目に差し込んだ。

 これはドワーフ特製の油に布だ。そうそう消えるものではなく、数時間以上は持つ筈だとアーロンは頷いた。


「これで良い……急がねば」


 無駄に時間を取られてしまったと、アーロンは急いで命のコンパスの針を見た。

 すると針は思ったよりも早く動き、すぐに一点を示す。


――この動き。あまり奥に行っていない様だな。


 それは今のアーロンにとって、かなり助かる情報であった。

 この距離ならば、奥にいるボス魔物と戦う事はないだろう。

 

 けれど油断はせず、アーロンは松明を道中に設置し、ランプを前へと翳して進んで行く。


 そして彼等がいるである場所の半分、その辺りまで来たという所で、アーロンへダンジョンの魔物が牙を剥いた。


『キィィィ!!』


「シャドウバットか!――フンッ!」


 アーロンは目が多少は慣れた事もあり、近くに来た黒く巨大なコウモリをクロスライフで殴り潰す。


『キィィィ!』


『キィィィ!!』


 だがシャドウバットは一匹、二匹の規模ではなく、数多く飛び回ってアーロンを取り囲み、その生き血を吸おうと群がって来た。

 

「フッ……血が吸いたいか。だが在庫が少ない。早い者勝ちだぞ」


 彼はそう言って笑うと、クロスライフの持ち手を弄る。

 すると持ち手の近くにワイヤーが付いた持ち手が飛び出し、アーロンはそれを一気に引き、同時に目を閉じた。


――瞬間、クロスライフの先端から巨大な光が、爆発したかのように発光した。


『――』


 その瞬間は、シャドウバットの鳴き声や羽音も消え、一気に静寂が辺りを支配した。

 そして次に起きたのは、バタバタと地面に落ちて絶命するシャドウバットの大群であった。


「この程度の光でとは、難儀な魔物だ」


 この闇夜の蜃気牢に生息する魔物は、基本的には外に出ない。

 だから闇に慣れている分、光には毒レベルで過剰反応してしまうのだ。


 けれど戦いはまだ終わらなかった。

 再び羽音が聞こえたアーロンが振り向かえると、そこにはシャドウバットと同じぐらい大きい数匹のコウモリがいた。


「生き残り……!」


 アーロンは一瞬、生き残ったシャドウバットと思ったが、良く色を確認すると違う種類の魔物であった。

 真っ黒なシャドウバットと違い、そのコウモリは黄みがかった灰色で、まるで砂の様な色をしていた。


「デザートバット!」


 咄嗟にアーロンは叫び、そのままデザートバットをナイフで斬りつける。

 だがデザートバットは斬りつけられると、その身体を砂に変えて消えてしまい、再び別の場所に砂が集まって復活する。


「水気がないとこれだ。厄介な……」


 このデザートバットは身体を砂に変える事ができ、魔法や水っ気がなければ倒せない。

 そこでアーロンはクロスライフの持ち手を強く握って引くと、クロスライフから大量の水蒸気が噴出。

 

 そのままデザートバットの身体に水分が集まり、実体化した所をアーロンは金属矢で撃ち抜いた。


『ギィ――』


『――ギャッ』


 彼に撃ち抜かれ、次々と落ちていくデザートバットの群れ。

 やがて、最後の一匹も倒した後、ようやくアーロンも一息を入れた。

 だがその直後、アーロンはすぐに膝を付いてしまった。


「……どういう事だ?」


 あまりにも疲労が早すぎる。アーロンは自身の身体の異変に困惑したが、その原因は一つしかない。


「呪紋と言ったか……魔力障害だけじゃない。この呪紋の維持も、俺の魔力を吸っているのか」


 最早、それは文字通り呪いと言える代物であった。

 魔法を使わなければ大丈夫。そう思っていたが、時間との戦いだとアーロンは気付いた。


「急がねば……!」


 アーロンは自分の体力を計算し、一気に駆け抜ける事を選んだ。

 道が悪い中での駆け足は危険だ。音を鳴らして魔物を呼び、最悪転倒する事もある。


 だがアーロンは止まる事を選ばず、そのまま突き進む。

 命のコンパスの示す、その場所へ。


 そして、その場所へアーロンは辿り着いた。

 洞窟の壁に寄り添いながら、脈切れた二人の冒険者の遺体を彼は見付ける。


「……いたか」


 アーロンはすぐに傍によって状態を確認する。

 だが加護が強いのもあって外傷は少ない。だがバット系にやられたのか血の気は既になかった。


「血の実と……聖水だけで良いな」


 アーロンはすぐに棺を二つ取り出し、まず二人を納めた。

 その後に血の実から血液代わりになる果汁を入れ、輸血して最後に聖水を掛けた。


 だが終わりではない。いつもと違い、そして嘗ては行っていたダンジョンからの脱出が始まる。


 しかし、アーロンが棺を引っ張り始めると、鎧に刻まれた呪紋が更に禍々しく光り始めていた。


「……くっ」


 感じる脱力感と魔力が急激に座れる感覚。

 だがアーロンは足を止めず、素早く、だが棺を揺らし過ぎない様に洞窟から脱出して行った。


♦♦♦♦


 帰りは運がアーロンへ味方する。

 魔物も出ず、特に問題もなく彼は入口まで辿り着いたのだ。


 もしボス魔物に出会っていたら、倒せる自信はあっても脱術する力は残らなかった自信がアーロンにはあった。


――この呪紋。時間が経てば経つ程、俺から吸い取る魔力量が増えている。 


 それは彼に対して死刑宣告に等しいものであった。

 何故ならば、彼はこれから目の前に広がる砂漠を歩いて街に行かねばならないのだ。


「……街まで行けば何とかなる」


 アーロンは地図を取り出し、目的地を決めた。

 地図では近く見えるが、歩けば途方もない距離の街へと。


 そしてアーロンは異次元庫から水・聖水・氷熊の毛皮を取り出した。

 氷熊は死んだ後も、毛皮が冷え続ける代物だった。

 その毛皮を纏い、アーロンは砂漠を歩き始めた。


――棺を異次元庫に入れる訳にいかない。今の状態の俺では、最悪消滅させる可能性がある。


 アーロンの使う次元魔法は扱いが繊細で難しい。 

 常人は、彼が簡単に仕舞っている様に見えているが、その時にアーロンは魔力を物一つ一つ微調整しているのだ。


 だから今の不安定な状態で、棺を入れるのは出来なかった。

  

「……必ず、生きて帰る」


 アーロンはそう言って後ろの棺を見て、そう決意した。

 まだ弟子に何も教えていないのだ。必ず帰る、彼等と。


 アーロンは棺を引っ張りながら、砂漠を歩き始めた。


♦♦♦♦


 どれだけ歩いたのだろう。

 アーロンは容赦のない日差しの中、水を飲みながら無心で歩み続けていた。

 

 氷熊の毛皮が無ければ死んでいた。

 しかも風が運んできた砂が、彼の視界を奪っていく。


 アーロンは小まめに地図で場所を把握するが、それ以上に砂漠と呪紋によって体力を奪われていた。

 どちらかだけならば、まだ何とかなったかもしれない。

 

 けれど、そんな願望には意味は全く無い。


「……嫌になるな」


 アーロンは思わずそう口にした。

 だが、それは砂漠にも呪文――さらに言えばメアリにすら、アーロンは何とも思ってなかった。


 その言葉の標的――それはアーロン自身であった。

 時間短縮の為に編み出した転移魔法だが、それを多用した結果が今の自分で、こんな無様な自身に怒りを抱いていたのだ。


 だが砂漠はアーロンに味方しない。

 次に待つのは極寒の砂漠の夜だ。

 日が暮れるのに合わせ、アーロンは氷熊の毛皮を脱いで、また歩き続ける。


――それは彼が


 そして砂が彼と棺を覆い始めた時だった。

 彼に近付く者達がいた。


「見つけたぞ……おい! こっちだ!」


「待って! 今行くから!」


「あらぁ~大丈夫でしょうかぁ~?」


「まだ息はあるけど、彼……呪われてる。解呪してあげるね」


「それと日影だ。すぐにキャンプの準備だ」


 それは不思議な四人組であった。

 騎士と、賢者と、魔導士、盗賊――そしてエデンと呼ばれたを飲んでいる女勇者だった。

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