第14話:弟子の条件
アーロンの言葉に女副団長――メアリの顔が歪んだが、すぐに表情を戻した。
そして彼へ座る事を命令していた彼女の方が、我慢できずに立ち上がった。
「噂通りの男の様だな。英雄と呼ばれる事も――勇者徴兵の招集を拒否したのも伊達ではないと言う事か」
「えっ、師匠も招集を……?」
彼女の言葉にサツキは少し驚いた。
サツキは先程、アーロンが勇者徴兵を意味のないものと断言しているのを聞いているからだ。
しかし、アーロンはサツキの言葉に反応する事もなく、静かに言った。
「要件を言えと言った。まさか、言葉が通じない訳ではあるまい」
「っ!――貴様ぁ……!」
その言葉にメアリの我慢は呆気なく崩れる。
ただアーロンの言葉は、別に挑発とかではなく、純粋な彼が思った事だった。
しかし挑発や態度で、アーロンへ圧力を掛けた気でいた騎士達が、逆にアーロンの言葉に乱されるのは皮肉なものだ。
少なくともサツキ達はそう思い、内心で少しだけスカッとしていた。
「まぁ良い……要件を言ってやろう」
メアリもアーロンに付き合うのが屈辱と思い、何事もなかったと装って彼の前へと立った。
「陛下が貴様を御呼びだ。感謝するが良い、貴様如き死体漁りに陛下は話しが――」
「断る。帰れ」
アーロンはメアリの言葉を遮った。
そして彼の言葉の後に、ギルド内に少しの静寂が支配し、誰もが目を丸くする。
何故ならば、確かに騎士の態度は確かに悪かった。
しかし話を聞く限り、中央の王の依頼とも取れる言葉をアーロンがガン無視したからだ。
「い、今……何と言った?」
そして真っ先に我に返ったのはメアリであった。
メアリは聞き間違いかと、声と身体を怒りで震わせながらアーロンへ聞き返した。
「断る。帰れ」
だが返答は全く同じ。一切、声のトーンすらもアーロンは変えなかった。
そんな彼の態度に、とうとうメアリと騎士達は立ち上がった声をあげる。
「貴様!! 王の言葉だぞ! 分かっているのか!」
「この無礼者!!」
「俺は救出屋だ。――勇者でもなければ、騎士でもない。だから、中央に従う理由はない」
「王の言葉よりも、死体漁りを優先と言うか貴様!」
アーロンの言葉にメアリ達は怒りの声をあげるが、アーロン自身は全く怯む様子はない。
寧ろ、兜で素顔が見えず、使い古された鎧姿もあって逆にメアリ達は圧を感じてしまう。
「貴様……勇者徴兵を拒否しただけではなく、王からの招きも拒否するとは! それによって死ぬ事となってもか!」
「そうだ。俺達救出屋も人間だ。死は恐れる……だが、臆して歩みを止める事はない。――何故なら、救出屋としての誇り、信念があるからだ」
「口だけならば幾らでも言えるぞ……!! もう一度言おう……我等と一緒に来い。陛下が中央でお待ちだ!」
「断る。帰れ」
「くっ! 貴様――」
アーロンの繰り返す同じ言葉に、メアリは激昂して剣を抜きそうになった時だった。
不意に、ギルドに置いてあった『命の水晶』が二つ。その光が消えた。
「なっ! 命の水晶が――!」
「死んだのか! 一体どこで!?」
冒険者が死んだことを示す『命の水晶』の光が消え、ギルドは一斉に騒がしくなる。
そしてギルド長は水晶の傍に行き、そこに記された書類のダンジョン名を読み上げようとする。
「どこのダンジョンだ?」
「えっと……東の国――砂漠の魔窟『闇夜の蜃気牢』だ!」
「そこに向かうと言っていた二人組がいたな。そうなると、死んだのは銀クラス二人だ」
冒険者達は可能な限り、死んだ者達の情報を思い出そうと必死になる。
そしてメアリ達を無視し、アーロンも資料の方へ向かい、それを手に持って読み始めた。
「……ランクBか。だが気候や環境が危険な場所だった筈だ」
「師匠、私はどうしますか?」
読んでいる自身の下にサツキがやって来ると、アーロンは少し考えた。
そろそろサツキを救出に連れ行っても大丈夫だと。
しかし、アーロンは少し考えると首を左右へと振った。
「今回は駄目だ。B級のダンジョンだが、環境が悪い。お前を連れ行くなら、まず安定した場所から始める。――だから今回は待機だ。分かったか?」
「は、はい……待機します!」
サツキは少し残念そうだが、アーロンの指示を信じているから素直に頷いて従った。
それを見てアーロンも安心した様に頷くと、ギルド長の方を見る。
「ギルド長……準備は出来ている。すぐに向かうぞ」
「あぁ、頼むアーロン!」
「サツキ、お前は神父様に今の事を伝えておいてくれ」
「はい!」
ギルド長の許可を得て、サツキにも指示を出したアーロンは出発する為、転移魔法を発動し、ゲートを目の前に出現させた。
「ほう……今から仕事か」
だが入ろうとしたアーロンの傍へ、メアリが寄って来た。
「邪魔をするならば、お前は潰す」
近寄って鎧を触る彼女にアーロンは忠告すると、メアリは少しだけ距離を取った。
「いや、別にそのつもりはない。ただ、貴様の言葉が本当か知りたくてな。――死よりも、信念を取ると言った貴様の言葉を」
メアリがそう言った時だった。
彼女はアーロンの鎧の腰回りを軽く触った。すると、そこに特殊な紋が浮かび上がったのをサツキは見逃さなかった。
「呪紋! 師匠!!」
「っ!」
サツキの言葉にアーロンも異変に気付いた。
だが、それと同時に彼はメアリに押されてゲートの中へと入ってしまう。
その直後だ。ゲートが普段とは違う感じに、魔力が歪みながら閉じてしまう。
「なんだ、いつもと違う……!」
「アーロン!」
ギルド長や冒険者達が心配そうに彼の名を呼ぶが、アーロンはもうゲートの向こうだ。
それを見てメアリは笑っていた。
「ウフフフ……アハハハハ! ざまぁみなさい。さぁ見せてもらうわよ。死体漁りの信念――ぎゃっ!」
「貴様!!」
それはメアリが叫ぶと同時であった。
サツキが彼女を腹ばいに組み倒し、両腕を片手で拘束した。
そして空いた手で小太刀を握り、メアリの首に当てながら怒号をあげる。
「答えろ!! 今の何だ! 何の呪紋を刻んだ! 師匠に何をしたか答えろ! 答えなば腕の骨を折り、首を斬る!」
「ま、待ちなさい――!?」
サツキの鬼気迫る迫力に、メアリも冗談ではないとサツキを止めようとしたが、抵抗しようとすれば拘束が更に強くなる。
そして小太刀の刃も首に完全に当てられ、もし少しでも動けば斬れると、メアリは一気に汗を拭きだした。
「副団長!?」
「この小娘が――」
「おっと! そうはさせねぇぞ」
騎士達がメアリを助けようと剣を持った瞬間、それよりも早く冒険者達が武器を抜いて騎士達へ向ける。
「おいおい、訓練が足りねぇんじゃねぇか? 騎士様よ」
「よっぽど、良い物を食べられてないのね。こんなに弱いんだもの」
「そ、そんな……速すぎる……!」
冒険者に遅れを取った事に信じられないと、騎士達は信じられないと表情を浮かべる。
だが首に武器を向けられると、すぐに手から剣を放した。
どうやら、自身の命に代えてもメアリを助けようとする者は一人もいないようだった。
彼等は全員、両腕を上げて降伏の姿勢を取る。
そんな情けない姿を見て冒険者達は、こんなのが中央を守っているのかと呆れてしまった。
そして、そうこうしている内にサツキの尋問も一気に終わろうとしていた。
「3秒待つ。3――2――」
「待って! 話す! 話すわよ! あれは魔力妨害の呪紋よ! これで、あの男は転移魔法の様な精密な魔法が使えなくしたのよ!」
「なんてことを……! すぐに消せ!」
「む、無理よ……本人がいないと――」
その言葉にサツキの中の修羅が目覚め様とした。
それを分かり切って、東から西までどうやって帰って来るのが大変だと分かって、この女はと、サツキの怒りは頂点に達する。
「よくも……死んだ人には、待っている人達もいるのに。よくもそんな事を!!」
「まっ、待ちなさい!!」
メアリが必死に叫ぶ。
だがサツキは止まらず、そのまま小太刀を首に――
「待ちなさい」
「ッ! ギルド長……止めないで下さい」
不意にサツキの肩に手に置き、優しい声を掛けて来たのはギルド長だった。
その声に彼女は我に返ったが、目の前にいるメアリの姿に再び怒りが込みあがる。
だが、ギルド長は首を左右に振ってサツキを止めた。
「君の師匠は、こんな事では止まらないよ。無論、私だって怒りで手が震えそうだ。この連中は許せない!」
「なら!」
「だけどね……それ以上に許せないのは君の手を、こんな連中の為に汚させる事だ。あのアーロンが選んだ弟子である君に、私の目の前で、そんな事をさせる訳にはいかない!」
ギルド長はそう言ってサツキの手を取って、ゆっくりと小太刀をメアリの首から放した。
そしてギルド長は、サツキが驚く程、簡単に小太刀を放していくの感じて、彼女がが本当に優しい子なんだな理解する。
「何故……止めたんですか? この人は間違いなく、棺の敵ですよ!」
「そうだね。私もそう思う……しかし、だからこそだ。――サツキ、突然だが君は、今までアーロンが取った弟子の数を知っているかい?」
「えっ……分かりません。でも師匠ならきっと大勢――」
「君で二人目なんだよ」
「……たった二人?」
ギルド長の言葉にサツキは思わず言葉を失う。
最初は嘘だと思った。しかしギルド長は、意味のない嘘を言わない人だと彼女も分かっていた。
だからその人数に驚いていると、ギルド長は笑いながら話を続けてくれる。
「あぁ、君と今は北の国にいる兄弟子。その二人だけだ。――前にアーロンに聞いたんだ。なんで弟子をもっと取らないかと。そうすれば、君も楽になるだろうと。だけどね、アーロンはそれを否定しながら、こう言ったんだ」
『弟子にするのは、俺の跡を継げる者と思えた者だけと決めている』
「それって……」
気付けばサツキの瞳から涙が流れていた。
嬉しかったからだ。アーロンはきっと口にしないし、彼女はてっきり『慈悲の終言』に利用された同情からだと思っていたから。
そして、それを見たギルド長は、優しく頷いた。
「これを聞いて、君がどう思うかは君次第だ。しかし、だからこそアーロンが選んだ君に、こんな連中を殺させる訳にはいかない。これはアーロンの嫌う無意味な死しか生まない」
ギルド長はそう言ってサツキをメアリから優しき引き離すと、転がっているメアリへ叫んだ。
「いつまで転がっている! 邪魔じゃあ!!」
「ひっ!」
ギルド長の怒号にメアリは驚いて立ち上がった。
サツキや他の冒険者も驚いた。あの仏みたいに優しいギルド長が叫んだのを始めて見たからだ。
しかし調子が良いと言うのだろう。
メアリは解放されると再び険しい表情をし、サツキやギルド長達を睨みつける。
「き、貴様等……!! 良くも、中央の誇りある上級貴族出身の私に対して! 絶対に許さんぞ! 必ず思い知らせてやる!!」
「許さんのは、こっちの台詞だ。もしアーロンの身に万が一があれば、私達も黙らんし、王の命令を果たせないの其方の筈だ。それに貴様等の態度、西の王を通じて抗議させてもらうぞ。――思い知るか? 腐敗した中央にどれだけ敵がいるかを」
サツキや家族である冒険者達を守る様に、ギルド長は前に出てメアリ達へそう告げた。
その迫力にメアリ達は気圧され、やがて悔しそうな表情でギルドから出て行ってしまう。
――そして、それを確認した後、ギルド長は汗を流しながら腰を抜かして倒れ込んでしまった。
「こ、怖かったぁ……」
「ギ、ギルド長!?」
「急いでベッドへ運べ!!」
冒険者達は急いでギルド長を奥の部屋へと運んでいき、残されたのはサツキと受付嬢のテレサの二人だった。
テレサは、今もアーロンの消えた場所で立ち尽くし、顔を下に向けるサツキの傍に寄り添い、優しく肩に触れる。
「今は信じましょう……アーロンさんを。――さぁ私達も動きましょう。私達には出来る事がある筈です」
「……はい。師匠に頼まれた事がありますから。――教会に行ってきます!」
テレサの言葉に頷くサツキの姿に、彼女も少し安心した。
そしてサツキが教会へ向かって出て行くのを見守ると、流石はアーロンさんの弟子だと優しく頬むのだった。
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