第三章:棺の信念
第13話:中央の騎士
あの騒動から数日。
サツキはアーロンの家兼拠点で住み込みで働いていた。
彼の拠点は二階建てで広く、二階に幾つかの空き部屋があり、その一室をサツキは貰った。
そして今では見習い救出屋・アーロンの弟子として、行動を共にする様になっていた。
と言ってもだ。この数日で救出の仕事はなかった。
だから彼女は、アーロンに連れられてダンジョンのアフターケアを手伝いながら、ダンジョンについで教えてもらう日々だった。
そして今日はアフターケアもなく、アーロンとサツキは拠点で、自身の道具の手入れをしていた。
♦♦♦♦
「ここ最近、道具の消費が増えた……また買い足さなくては」
「私もです。実家から送って貰ってますが、道具屋で買いたいのもあります」
「買う時は言え、こちらで払う。食事代も支給する」
「……ホワイト過ぎます!」
あの壊滅したギルドにいた時の待遇との違いに、思わずサツキは感動で口元を隠してしまう。
しかもアーロンは給料も支給してくれて、家賃も自身が勝手に弟子にしたからと、サツキに請求しないのだ。
その代わり、しっかりとダンジョンや救出について学ぶ様にとだけ彼女は言われている。
だがそれはサツキ自身の望むところ。寧ろ、辛くても学びたい事なので問題はなかった。
アーロン自身も、彼女を死なせない様に学ばせるつもりだ。
ここからはサツキの事情にもよるだろうが、彼女が続ける限り、少なくとも数年は見習いとして動く。
その事をアーロンが考えていると、彼は不意に思い出した。
――新たに弟子が出来た事を手紙で知らせなば。俺のもう一人の弟子。サツキにとって兄弟子であるアイツに。
アーロンが思い出したのは、彼のもう一人の弟子についてだ。
その弟子は今、自身の故郷――北の国で救出屋を修行がてらさせており、所謂、単身赴任中であった。
だから帰って来た事の為にと、アーロンは彼へ、サツキの事を記した手紙を書き始める。
内容そのものは、簡単にサツキの事を記すだけ。
だから書きながら、不意にアーロンは最近のダンジョンについて思っていた事を口にした。
「最近……ダンジョンが妙だ。思えば、中央国の国王が『勇者徴兵』を行ってからだな」
「勇者徴兵……あぁ、ありましたね! 確か普通よりも、女神の加護が多い方を募って勇者とするってやつですね!」
「……あぁ。あまりに滑稽な政策だったがな」
アーロンが思い出す『勇者徴兵』とは、その名の通り、勇者を募る為の政策であった。
そもそも、この国は中央・東西南北に王を置き、各方面の国という名の地域として政治を行っていた。
無論、最も強い発言権を持つ真なる王は『中央の国』――通称・中央だ。
東西南北の王は所詮、その地域を管理する為の王でしかない。
その為、自由な政策を各地域で出来はするが『勇者徴兵』の様な大きな政策を決めるのは中央だ。
そして数年前に始めた『勇者徴兵』を行った中央は、全地域に女神ライフの加護が常人よりも強い者を集め、勇者とした。
その目的は魔物退治や人助け。治安の改善――そして、いるとされている魔王退治らしいとアーロンは思い出していた。
「何かを成した訳でもなく、勇者を名乗るとは……滑稽だな」
「確かに違和感はあります。それに良い噂だけじゃなく、悪い話も聞きますし」
サツキの言葉に、アーロンは確かにと内心で頷いた。
前に助けた天然な勇者達はまだ良い。加護も能力も強く、心優しい者達だと分かる。
しかし中には、勇者の名を使って好き放題する者達も多いと聞く。
勇者徴兵で勇者となった者達――300人。
その者達がどうなったか、救出屋程、情報が入ってきている。
だからアーロンは不意に、その事を思い出そうとした時だった。
突如、アーロンの拠点の扉が叩かれる。
「あっ……私、行ってきます」
「頼む」
サツキが対応する為、玄関へ向かって開くと、そこにはギルドの受付嬢――テレサがいた。
ただ、その表情は少し暗い。
「あっ、テレサさん!」
「こんにちわ、サツキさん。――その、アーロンさんはいらっしゃいますか?」
「はい!――師匠! テレサさんがいらっしゃいました!」
「どうした?」
サツキの声を聞き、アーロンはすぐにやってきた。
そして彼女の様子を見て、すぐに変だとも感じた。
表情が暗い。しかし救出の仕事依頼ならば、もっと焦りがある筈だと。
そうなれば残りは何かとアーロンが考えると、出た答えは問題ごと。それだけだった。
「何があった……テレサ?」
「アーロンさん……すみません。ギルドに来て頂けないでしょうか?――来客なんです。アーロンさんへ」
「……誰だ?」
テレサの表情を見る限り、アーロンも碌な客じゃないなと分かる。
そして彼女が顔を上げて、その者達の事を口にすると案の定だった。
「中央の……騎士様達です」
「中央の騎士……?」
サツキも、なんでか分からなかった。
何故、エリート思考が強く、他地域に来るのを嫌がる事で有名な騎士達が、この西の国へ来ているのか。
しかも師匠であるアーロンに用事とは。
「師匠……?」
「分かった、行こう。……準備をしろ、サツキ」
「は、はい!」
アーロンはサツキへ指示をすると、彼女も返事をして自身の道具や装備を整え始める。
勿論、アーロン自身もだ。彼には予感があった。
――連中が来ると言う事は、碌な内容じゃないな。
長年の勘でアーロンはそう決めつけたが、まさか本当にその通りになると彼自身も思っていなかった。
♦♦♦♦
テレサの来訪から、アーロンとサツキは素早く準備をすると彼女と共にギルドへ向かった。
そしてギルドへ到着し、中に入るとギルド長と冒険者達が出迎えてくれた。
「おぉアーロン! サツキも……よく来てくれた」
そう言って二人を歓迎してくれるギルド長だが、顔には冷や汗や、気疲れした様に疲労感が顔に出ていた。
「中央の騎士が来たと聞いたが?」
「あぁ……あそこにいるぜ、連中。気を付けろよ」
一人の冒険者が気に入らなそうに、その者達の場所を目線でアーロンへ伝える。
そして目線を追うと、そこには大人数用のテーブルを独占する四人の騎士達がいた。
しかし酒や肉や果物を飲み食いし、姿勢も露骨に不満だという態度を見るだけでアーロンとサツキも嫌な気分になった。
「あぁ~あ、なんでこんな西まで俺達が来ないといけないんだよ」
「まずい酒、マズイ飯。西の連中らしいが、我等中央の者にはこれでも拷問と同じだな」
彼等に我慢という言葉はないようだ。
態度や不満も、口に出さねば済まないらしい。
そんな彼等を見て冒険者達は殺気を込めた目で見ていた。
西の国は食べ物や水、酒が美味しく豊富なので有名で、自慢でもある。
なのにそんな言われ様では、冒険者達が今にも一線を越えそうになるのも無理はなかった。
しかしアーロンは、自身に用があると言われた以上、彼等の相手をしなければならない。
だから殺気めいた彼等を背にし、アーロンはサツキを少し下がらせながら騎士達の下へ向かった。
そして騎士達も、近づいてきたアーロンとサツキの存在に気付いた。
「あっ? ようやく来たか……英雄様」
「本当に棺、担いでんだな!」
「それが無いと眠れないのかね、英雄様は?――アハハハハ!」
――何この人達、品がない。
男騎士三人の態度に、サツキも怒りを抱いた。
師匠であるアーロンを馬鹿にされたのもあるが、一人の人間として品がないのも理由だ。
これが騎士かと。中央の腐敗は彼女も故郷で聞いていたが、これ程とは思っておらず、目の当たりにして完全に失望した。
「俺に用があると聞いた」
だがアーロンはアーロンのままだ。
挑発では動じず、要件を言えと彼等に伝えると、アーロンの圧に気押されたのか、騎士達は気に入らなそうに黙った。
そして、その中の一人が奥に座っていた女性騎士の方を見る。
「副団長……例の奴、来ましたよ」
「そうか……ほう、貴様が噂の『棺の英雄』か」
その副団長と呼ばれた、長い赤髪の女騎士はそう言うと席の方へ手で示し、アーロン達へ着席を促す。
「ほら座れ。許してやる」
副団長と聞いて、サツキは僅かに期待したが駄目だった。
彼女の態度は露骨に他者を見下しており、明らかに自分達をどう見ているかが分かる。
「どうした? 早く座れ。死体漁りでも。言葉ぐらいは理解できよう」
「――なっ!」
救出屋へ対し、何て言い方だとサツキは思わず飛び出しそうになった。
後ろで待っている冒険者達も、それを聞いて更に表情が険しくなる。
だが、そんな彼女を察してかアーロンは手で制止した。
そして――
「とっとと要件を言え」
アーロンはアーロンのままだった。
彼女等の態度にも一切感情が揺らがず、平然と彼は態度を自身のペースを貫くのだった。
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