第12話:報い

 西の国――アーロン達も住む国に『慈悲の終言』の本部はあった。


 都会の街――その一角にある巨大な豪邸。その最上の執務室に、その男はいた。

 男は手紙を読みながら葉巻を咥え、やがて手紙を燃やして窓の外へと放り投げてしまう。


「全く、ザクマめ死んだのか! 油断したのかハメられたのか……死ぬと分かっていれば、奴に色々と罪を背負ってもらったものを」 


 その男――スキンヘッドで顔がテカテカしている、この男。

 名前は――<シモジ>と言った。この『慈悲の終言』のボスである。


 彼は手紙でザクマの死を知ったが、そんな心に弔いの言葉はなかった。

 そもそもザクマを副ギルド長にしたのは、万が一の尻尾切りの為だからだ。


「さてさて、後任はどうするか……馬鹿ではなく、だからといっていつ死んでも良い人材とは難しいなぁ」


 シモジがそんな事を言っていると、彼の執務室にノックと共に一人の男が入って来た。

 彼はこの『慈悲の終言』のメンバーであるが、基本的には秘書という名の雑用係だ。

 そんな彼の手には書類の束があり、それをシモジのデスクまで持ってきた。


「シモジ様、こちら……ここ数ヶ月の利益に関する書類です」


「おぉ! 来たか……これを見るのが儂の楽しみだ! どれどれ――」


 シモジはそう言って嬉しそうに書類を見る。

 そこに書かれているのは、明らかな利益の向上の証明であった。


 それを見てシモジは、葉巻を落としそうになるほどの笑みを浮かべていた。


「いやぁ! 良い感じじゃないか! やはり救出業は儲かる!――しかし、契約する連中は馬鹿で助かる。最初だけ格安にして、後からちょっとずつ何回も請求しても払ってくれるからな」


「えぇ、所詮は目先の馬鹿ですよ。適当な処置でも何も言わず、挙句には、我々が生存者を殺害しているとは思ってもいないでしょうね」


「おいおい、そんな事を外で言うなよ。まぁ事実だがな……アッハッハッハ!」


 そう言って二人は大いに笑いあった。

 自身の想像以上に利益が出た以上、自分達の言葉が正しいという事だからだと。

 これからも稼いでいける。シモジ達は疑わなかった。


――は。


「ギルド長! 大変です!! 救出屋が来ました!」


 突如、扉を勢いよく開けながら入って来たのは一人のギルド員であった。


 姿は武装しており、戦闘兼ギルドのガードを担当している者だが、その顔は焦っているのか汗でびっしょりしている。


「なんだ騒々しいぞ! 救出屋がどうしたって?」


 部下の言葉にシモジは、鬱陶しそうに葉巻を弄りながら聞いた。 


 最初は雇って欲しいという救出屋かとも思ったが、何やら様子もおかしい。

 シモジは最初は余裕があったが、同時に少し嫌な予感を抱いていると、部下は窓の外を指差していた。


「外を! 外を見てください!!」


「そとぉ……?」


「何だというのでしょうか?」


 シモジと秘書は言われた通りに窓の外を見てみた。

――そして我が目を疑った。


――何故ならそこには、十字架が刻まれた武器を持ったがいたからだ。


「なっ! な、なんだ連中は……!」


「ですから救出屋達です! 何か棺の敵に罰を、とかなんとか言っていて……!」


「罰だと?――まさか、生存者の殺害の事でしょうか!?」


「……だろうな。だが落ち着け」


 狼狽える部下達へ、シモジはそう言って落ち着かせようとした。

 自身も吸っていた葉巻を一旦潰し、新しい葉巻の準備をしながら話し始めた。


「良いか、連中は救出屋だ。そして目的は我々の仕事へのだろう。連中からすれば看過できない内容もあるだろうからな。――だが所詮はその程度で終わりだ」


 そう言ってシモジはハンカチで額の汗を拭い、嫌らしい笑みをみせた。


「奴等は、やれ女神ライフだ。やれ命があぁだ、棺が、十字架かがとか、うるさい連中だ。しかし、だからといって力では何かしてくる訳じゃない! それこそ命を重んじる女神ライフとかいう神様の教えに反するだろう。――おい! もし殺害などの件を問われたら雇った連中の独断だと言って来い。場合によっては金を出して黙らせろ!」


「は、はい!!」


 部下はそう言って執務室から出て行った。

 それを見て残された二人は後は落ち着くのを待つだけだと思い、少し肩の力を抜いた。


 しかし秘書の男は気付く。救出屋の集団の後ろに、西の国の兵達がいる事に。


「シモジ様……彼等の背後に西の王と、その兵士達もいますが。あれは……?」


「あれもパフォーマンスだろ。西の王は小心者だとか聞いた事がある。彼等が何か問題を起こさないか、心配で見に来たのだろう」


「……だと良いのですが」


 秘書は段々と嫌な予感が強くなっていた。

 何故なら、外にいる者達の表情は今にも襲撃するかのように殺伐としているからだ。


 それは西の王の顔もそうだ。真剣な表情で、小心者の顔とは思えない。


――特にだ。なんだアイツ、兜をして表情が分からないが、そこにいるだけで存在感や威圧感が凄いぞ。


 兜や鎧でもそうだが、一番は背中に背負っている棺の様な何かだ。

 何で棺を背負っているのか不気味でしかないと、秘書は喉を鳴らした後、自然と窓から離れた。


 取り敢えずは落ち着くのを待とうと。きっと何も起こらないのだから。

――秘書も、シモジ自身もそう思って疑わない。そう思っていた時だ。


『ギャアァァァァァァッ!!!』


 一階の方から叫び声と共に、何かが壊れる音と。

 そして大勢が雪崩れ込む音が、執務室へと届いた。


♦♦♦♦♦


 サツキは目の前の光景、そして周囲の者達の存在に唖然としていた。


 今、彼女の前で、何やら延々と言い訳をしていた『慈悲の終言』の者が、アーロンに頭部を持たれたまま、本部の扉に叩き付けられたからだ。 


 だが周囲の者達は特に反応しない。

 鎌・剣・槍・弓等々、色んな武器を持つ者達。彼等の持つどの武器にも、どこかに十字架が刻まれていた。


 そう、周囲の彼等も救出屋だ。

 

 アーロンが教会から送ったハトの伝言を聞き、共に女神ライフを冒涜し、命を嘲笑う者達に制裁する為に集まった者達だった。


「女神ライフよ……彼の者達の冒涜に、この十字架を背負い粛清する我等をお許しください」


「「「女神ライフよ……お許し下さい」」」


 アーロンが気絶する男の頭部を持ったまま、そう祈ると一斉に救出屋達も祈りを捧げていた。

 そして次々と屋内へと入って行くと『慈悲の終言』のガードと出くわすが、彼等はもう止まらない。


「ごらぁ! 待て貴様等! 何の理由――」


「一線を越えたのだ。お前達は」


 武器を持って出て来たガードの顔を、一人の救出屋が飛び出して飛び蹴りを放った。 

 その一撃にガードは意識を手放し、攻撃した救出屋は何事も無かったかのように前へ進んで行く。


「遅れるな、サツキ」


「は、はい!」


 そこへ唖然としていたサツキへアーロンが声を掛け、我へと返す。


 そして二人も奥へと進んで行く中で、救出屋とガードや『慈悲の終言』のギルドメンバーとの戦闘が行われていた。


 しかし、戦闘というにはあまりにも圧倒的であった。

 集団でも碌な実力がない彼等と、単独でダンジョンへと入って救出する彼等とでは地力が違った。


 アーロンを含めた救出屋は、相手を殺さずに手心を加えながらも容赦はしない。


 相手が仕掛ければ武器ごと彼等を粉砕し、怯えて武器と共に戦いを放棄すれば無視してアーロン達は進んで行く。


 道中で数名は証拠集めの為に分かれ、残りは次のフロア、次のフロアへと歩みを止めず、ずっと進んで行った。


 そんな中でも相手は彼等へ牙を向けてくる。


「この野郎共が! 何が救出屋だ! 偽善者共がぁ!!」


 一人のガードがアーロンへと斧を振り下ろす。

 それを見てサツキは思わず叫んだ。


「アーロンさん!」


「……問題ない」


 サツキの声に、アーロンはそう呟くと片手で、斧が握られている男の腕を掴んだ。

 そして一気に握り絞めると、男は肉や骨の軋む音共に痛みで膝を付いた。


「ギャアァァァァァァ!! い、いたい!? い、いいのかよ!? め、女神様とやらが悲し――」


 男はそこまで言って、思わず言葉を失った。

 何故なら目の前で、アーロンがクロスライフを持って身構えていたからだ。


「あぁ、そうだ。女神ライフは悲しむ。我等もいつか罰を受けるだろう。だが間違えるな。救出屋は――」


――別に聖人ではない。


 そう言って男の顔にクロスライフを叩き込み、男は意識を失って倒れた。

 

「――行くぞ」


 アーロンの言葉にサツキは、もう言葉も出ない程に驚きっぱなしだったが、何も言わず、この現場を見届けようと心に決めた。

 そして黙って頷き、アーロンの後ろを付いて行く姿を他の救出屋達が見ていた。


「フッ……英雄の新たな弟子か」


「この状況を見ても取り乱さんとは、見込みがある」


「確かにな。将来が楽しみだ」


 そう言って救出屋達は静かに笑った。

 救出屋とは、どんな状況でも動じない心が必要だ。

 しかし、人である以上、それは難しい。だから少しずつ慣れていくしかない。


 だからその点ではサツキは合格だと、彼女は他の救出屋に採点されていた。


 しかしサツキ自身は、そんな事など知らず、やがてアーロンと共にギルド長の執務室前へと辿り着く。


「ここか」


 アーロンはそう呟くと、扉を開けた。


――そこは普通に開けるんですね。


 てっきり蹴破るのかと思ったサツキは、アーロンが普通に開けた事に思わず笑いそうになるのを耐えた。


「なんだ、普通に開けるのか」


「うるさい」


 代わりとばかりに他の救出屋がそう言うと、アーロンは小さくそう言って返す。

 そして意外と恥ずかしかったのか、彼はそれ以上は言わず、中へと入って行く。


 そこには部屋の隅で震えて丸くなっている秘書と、椅子に座って真っ青な顔で椅子に座っているシモジがいた。


「き、貴様等……も、も、目的は何なんだ!?」


「命を背負う者……その冒涜の報いだ」


「む、報い!? あ、あれか! 生存者を殺していた事か! あ、あ、あ、あれなら訳が……そうだ! 雇った連中が――」


「もう喋るな」


 シモジが必死に弁明する中、アーロンは彼の前へと歩いて行き、そう言った。

 そしてクロスライフでシモジの顔面をぶん殴り、彼は椅子ごと地面に叩き付けられた。


「……これで今回の仕事は終わりだ」


 そう言ってアーロンは完全に気を失ったシモジを引きずって外へ向かい、サツキはその後を追いかけた。


 他の救出屋は秘書を引きずって行ったり、室内で証拠を探したりし続ける。

 

――その後、シモジ達は西の王達にその身を拘束され、結果『慈悲の終言』が壊滅。その悪行も広報ギルドによって広まる事となる。


「……これで良かったのでしょうか?」


「……少なくとも、俺達は善悪で動いていない。信念に沿っている」


「そうじゃなく……私です。私も片棒を担いでいたのに、見逃されている様で」


 サツキはシモジ達が叫びながら連れていかれるのを見て、思わず顔を下へ向けてしまう。

 本当ならば、自身もあそこにるべきだと、そう思っているからだ。


 だがそんな彼女へ、アーロンは優しく頭に手を乗せて、こう言った。


「……サツキ。救出屋は厳しいぞ。ちゃんと、明日から遅れず俺の下に来い。――住む場所がないなら、俺の拠点に空きもある。そこを貸してやる」


「……アーロンさん」


「……


「……はい師匠」


 アーロンはサツキを裁く気はない。

 それでも彼女自身が償いを望むならば、それは救出屋として誰かを救う事だとアーロンは思っている。


 何故なら彼女には、女神ライフの加護――蒼き聖なる光が、その身に宿っているのが彼には見えているからだ。


 こうしてサツキをアーロンの弟子となり、見習い救出屋となった。

 


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