第11話:棺の重さ

「――行くぞ」


 本来の救出者に加え、ついでとなった『慈悲の終言』メンバー6人の棺も繋いだ鎖を持ちながらアーロンは、ボ~ッとしながら見学していたサツキへそう言った。

 残命のコンパスの針も、残された救出者がいない事を示してか、針は動く事はなかった。 

 

「帰りは楽だぞ」


 ボス魔物を筆頭に、強力な魔物の大半が死んだ事で周囲のマナは安定していた。

 これでアーロンの空間魔法で、教会までのゲートを安全に繋げる事ができ、彼は鎖を持ち直してゲートの中へ入ろうとした。

――そんな時だった。


「待ってください! わ、私にも棺を引かせてくれませんか!」


 意を決した様にサツキが立ち上がり、アーロンへそう願ったのだ。

 そんな彼女を見て、アーロンもまた問いかけた。


「……それは己の贖罪としてか? それとも罪悪感からの解放の為か?」


「両方です!――そして、せめて最後くらい救出屋として、誰かを救いたいという私の我儘です……!」


 宣言したサツキの表情は、凛として自信に満ちていた。

 その言葉に嘘も、僅かな邪さもない。寧ろ正直なものだ。

 アーロンが、そう断言できるほどに。 


 だが涙は止まっても、未だに目が腫れている少女だ。

 自身が誰も救っていない事が、百も承知での発言だろう。

 しかしアーロンも。そこは分かっている。


「……棺を引く事を救いと言うか」

 

――あんな目の遭っても、まだその言葉が言えるのか。 


 依頼主に裏切られ、死に掛けて、生き残ったと思えば犯罪の片棒を担がされていた。 

 並みの人間ならば、それだけで救出屋に関する仕事は疎か、ダンジョンにすら近寄りたいとも思わないだろう。


 それでも彼が見る限り、サツキの瞳から光は消えていない。心の芯が変わらずいたのだ。

 それだけでアーロンも納得できた。


「少し待ってろ」


 そう言ってアーロンは、自身が引いていた棺。

 それを繋げていた鎖を外し、その内の三つの棺をサツキへと渡した。

 受け取ったサツキも棺を引くための鎖を受け取り、その重さをようやく実感する。


「……重いんですね」


 それは棺の重さでもなければ、鎖の重さではない。

 純粋な重さではなく、感傷深い不思議な感覚。

 きっと、これが命の重さなのだろうとサツキは思った。


「それが本来、お前が引く筈だった命の重さだ」


 サツキの反応を見て、アーロンは呟く。

 もう幾つの棺を引いたのか覚えていないアーロンだが、それ故にサツキの抱いた感情は容易に読み取れた。

 そんなアーロンの言葉を聞き、サツキも気付いた。


「三つの棺……もしかして――」


「行くぞ」


 サツキは察した時、アーロンは既に残りの棺の鎖を担ぎ、ゲートへ歩んでいた。

 その後ろ姿に、サツキは静かに頭を下げる。

 この三つの棺――本来、自分が助ける筈だった三名の棺だからだ。

 

「……本当に重い」


 鎖を持ち、棺を引いた分かる命の重さ。

 それを実感し、なんて自分は浅はかだったんだと、サツキは後悔を実感する。

 

 『慈悲の終言』に入るべきじゃなかったと。

 本当に救出屋を望むなら、探してでも弟子入りするべきだった。

 

 自身が救出屋として何も知らず、スタートラインにすら立っていない事を恥ながらも、サツキは頭を切り替える。


「待っててください……必ず、貴方達を連れ帰ります。――そして、ごめんなさい」


 知らなかったでは済まされない。

 サツキは今回の一件、自身が関わり、命を失った彼等への謝罪を口にした。


 そして意を決した表情で顔を上げ、棺を引きながらゲートの前で待ってくれているアーロンと共に、ゲートへ入って行くのだった。


♦♦♦


 シスターがパイプオルガンを奏で、教会に神聖な音色が流れる。

 神父もアーロンが救出に向かった冒険者の家族が、自身へ意識を向けるのを落ち着いて対応しながらも、いつでも蘇生の対応ができるように佇んでいた。


 それが、長年アーロンを見て来た者だからこその信頼の証でもある。

 だから彼の空間魔法――ゲートが教会内に出現しても、その様子は変わらなかった。

――しかし、今回だけは、いつもと違う光景に神父様は少しだけ驚いた。


「これは……」


 ゲートから出て来たのはアーロンと、その隣で同じ様に棺を引くサツキの姿だった。

 その光景に神父は驚いた様な声が出たが、すぐに表情は穏やかな笑顔を浮かべる。

 それは、どこか満足そうで、時の流れを感じる一人の人間としての確かな確信。


――あぁ、新たに棺を引く者が生まれたのですね。女神ライフよ。


 神父様は嬉しそうに頷いていた。

 ただ、そんな神父様とは裏腹に、ざわざわし始めるのは仲間の冒険者達と、今回の救出者の家族だった


「あぁ! 息子がやはり……だがどの棺だ?」


「……う、うむ。なんでこんなに棺が多いんだ? 娘達を含めても三つの筈じゃ?」


「典礼ギルドの連中だろうよ。ギルドマスターが事前に教えたろ。あんたらの勝手で迷惑を被ったんだ」


「でも案の定、あの忍の娘を除いて全滅したみたいね」


 典礼ギルドに勝手に依頼した冒険者の家族に、ギルドのメンバーは非難めいた視線を向ける。

 だが目の前の光景に不思議に思う者はいなかった。

 歴戦の冒険者達はサツキはともかく、典礼ギルドの面々の実力を分かっていたからだ。


 しかし、サツキに周囲の言葉は届いていなかった。

 彼女は自身が引く、棺の重さを教会に入ったまさに今、最も実感していたからだ。


「……重い。重いんですね、棺は」


「そうだ。これが命の重さだ」


 顔を下へ向け、時おり身体を震わせながら引き続けるサツキへ、アーロンはただそう言って答えた。

 アーロンも、分かっている。

 棺や遺体、そんな物理的な重量ではなくサツキが呟く重さの意味を。


「もう棺の者達の命は消えた……だが、それでも感じられる重さがある。この重さを、感じる心を忘れるな」


「……はい……はい!!」


 サツキの綺麗な黒髪に隠れながら、彼女は涙を流し続けても、力強く頷き、棺を引き続ける。

 忘れるものかと、絶対に忘れたくないと。

 自身を責める様に、戒める様に、強く、強くサツキは自身へと刻み込んだ。

 

 悪行の片棒を担いでしまった自身には、感じる事も許されないであろう信念を。


「ご苦労様でしたねアーロン。そして新たな担ぎ手の少女よ」


 神父の声にサツキは、ハッとなって顔を上げると同時に足も止めると、そこは既に教会の最奥であった。


 未だにシスターが演奏を続ける中、サツキの目の前では、優しい微笑みで自身を見る神父様がいて、隣にはアーロンが棺を引く鎖を下ろしていた。


「……よくやったな」 


 そしてサツキの方を見て、アーロンは静かに頷いていた。

 兜で素顔が見えないが、サツキは彼の言葉に静かに頷き、気付けば鎖を下ろしていた。

 それが正しい動きだと、何となくだが理解できたから。


「神父様……この様な人数になってしまいましたが、此度もお願い致します」


「えぇ……お任せください」


 神父は頷くと、シスターの演奏が一層の音色で奏でられた。

 それに合わせてアーロンは一歩下がり、それを見てサツキも、自然と同じ動きをして一歩下がった。


 同時に神父の声が教会中に響き渡る。


「この世を見守りし大いなる女神よ……今ここに、運命を捻じ曲げられし9人の命、リーゼ・セントラン、アルバ・メモリア――」


 棺に入った者達の名を次々と読み上げ、教会に神聖な光が天から降り注ぐ。

 そして女神ライフへ、教会にいる者達が祈りを捧げる中、それは起こった。


「――ダイケェ・カマセン。この者達の魂を今一度呼び戻して下され」


 そう言い終えて神父も祈った時だ。棺の中の者達を、蒼白の光が包み込む。

 そして――


「……あ、あれ? ここどこ……眩しい」


「ぼ、ぼくは……そうだ……確か僕は彼等に……!」


「ふわぁ……おはよぉ~」


「おぉ……おぉ!! 生き返ったぞ!!」


 当初の救出対象の三名が棺から起きるのを見て、家族や仲間達が一斉に駆け寄っていく。

 家族は泣きながら抱きしめたり、身体に異常が無いか調べるが、蘇った者達はまだボォ~としているのか、されるがままだ。

 それを見て、ようやくアーロンは肩の力を抜いた。


「……やれやれだ」


「今回もお疲れ様でしたね、アーロン」


「えぇ、神父様も。――しかしまだ問題は残っています」


 アーロンが肩の力を抜いたのは一瞬だけで、その口調は静かに、だが強い口調であった。

 そんな彼の声を聞いた神父様も、何かを察した様に頷き、未だに棺から出られず亡骸のままの『慈悲の終言』の者達を見た。


「……成程、彼等は敵と言う事ですか」


 神父様はそう言って、納得した様に頷いた。

 誰一人として生き返らない彼等――典礼ギルドの者達。

 やはりとアーロンにとっては想定内であり、彼は蘇った本来の冒険者の下へ向かう。


 その中で、背中を斬られていた青年の下へ。


「……もう大丈夫か?」


「えっ……あっ! 棺の英雄!? こ、この度は本当にありがとうございました!!」


 青年はアーロンの姿に気付くと、棺の中にいたまま頭を下げた。

 それを見てアーロンは手で制止する。

 別にお礼を聞きたい訳ではなかった。ただ聞きたかった。命を弄んだ者達の蛮行を。


「聞かせてほしい。奴等は――君達に何をした?」


「えっ――そ、そうだ……僕は……僕達は――」


 青年は全てを話した。

 自分を除き、気を失っていた二人をまず『慈悲の終言』の者達は殺し、次に自身をも斬りつけて殺した事を。


 それを聞いた家族は絶句し、仲間の冒険者は理性の限界を超えた。


「ふざけんな!! そんな馬鹿な事があるか!!」


「報復だ! 報復の準備だ!」


 怒りは当然だった。

 仲間を助けに行ったと思えば殺害していたのだから。

 冒険者達は激怒した。そして今にも彼等の本拠地へ殴り込みを決めようと出て行ってしまう。


 そして残されたのは神父様やシスターを除き、彼等と、その家族だけとなる。

 そんな中でアーロンは、後ろに下がっていたサツキを呼んだ。

 

「サツキ……来い」


「……はい」


 アーロンの言葉にサツキは頷いた。

 謝罪しなければならない。アーロンは、その時間を作ってくれたのだとサツキは思った。

 そして彼等の下に行くと、青年達もサツキを見た。


「えっと、彼女は?」


 青年達は不思議そうにサツキを見ていた。

 サツキは当時、扉の外に追い出されていた為、彼等との面識はない。

 だが片棒を担いだのだ。サツキは、怖い気持ちを隠して口を開いた。


「サツキと申します……くノ一です。そして『慈悲――」


「俺の新しい


「――えっ」


 自身が『慈悲の終言』に雇われていたと、そう告げようとしたサツキの言葉を遮ってアーロンはそう言った。

 そして彼の言葉に、サツキは最初、どういう意味か分からずに困惑していると、アーロンは彼女の頭に手を置いた。


「そして、お前達の入った棺を教会まで運んだのが……サツキだ」


「えっ! そうなんですか……あ、ありがとうございます!」


「うわぁ~感謝ぁ~」


「もうちゃんとお礼を言いなさい! すいません、ありがとうございます!」


「あっ……いえ」


 サツキは茫然としながら、そんな返答しか言えなかった。

 どういう事だろうと、自身の状況が分からないとサツキの混乱は解けない。

 

「……来い」


 しかし当の原因であるアーロンは、彼女の状態を知ってか知らずか、そう言って歩き出した。

 サツキはもう訳が分からず、しかし小鴨の様に付いて行くしかなかった。


 そしてアーロンが教会の入口で足を止めて、設置されている鳥籠を空けて中から一羽のハトを取り出す。

 そのハトには十字架の模様があり、そのハトにアーロンは何やら手紙を書くと、足へと結ぶ。


 そして外へと放った。


「あ、あの……アーロンさん。今のは――」


「出かけるぞ、サツキ。準備しろ――命の敵を排除する」


 アーロンはそう言ってサツキにそう言うと、彼女も思わず頷く。

 訳が分からないままだが、直感でも彼女は分かっていた。

 準備とは――戦いの準備であると。


 そしてサツキは思い知る。命の敵を――救出屋を敵に回すとどうなるかを。


――彼等は聖人ではない。

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