第10話:棺の敵は

「――最奥だ。ここで間違いないんだな?」


「はい。私はこの入口の前で見張りしてましたから間違いないです」


 アーロンとサツキは鬼竜の冥城――その最深部へ到達した。

 道中で、鬼竜以外の魔物を倒しながら進み、今、目の前にある崩れた大きな扉を二人で見上げていた。


 しかしサツキにとっては複雑な心境であった。

 少し前にここにいて、そこから死に掛けたからだ。


 しかし、だからこそ間違いがない。ここに救出対象含め全員がいるという事が。

 アーロンも最後の確認の為にとコンパスを見ると、針は輝きながらも扉の方を一点に示していた。


「派手に暴れたみたいだな」


 アーロンが周囲を見ると、それだけで分かる戦いの――否、蹂躙の痕。

 大扉は昔から崩れていたから問題ないが、少し前に来た時にはなかった壁の傷痕や武器の残骸があった。

 勿論、まだ真新しい血痕も。


「……あの者達のレベルでは、A級ダンジョンの魔物には勝てん。生存者もいないだろう」


 アーロンはギルドで見た彼等の実力を思い出し、同時にダンジョンの空気が死んでいる事もあって、そう判断する。

 ただ隣ではサツキが、何とも言えない悲しそうな表情をしているが、現実は変わらないとアーロンは歩き出した。


「行くぞ」


「あっ、はい!」


 そして二人で扉の向こう側――そこに広がる間に入ると、出迎えたのは予想通りの光景であった。


「……惨いな」


 二人の目に飛び込んで来たには、血の海――とまでではないが、血飛沫が周囲に飛び散る悲惨な光景であった。


 遺体によっては鎧ごと抉られ、武器はボロボロに。

 遺体自体も涙を流し、悲愴の表情で満ちている。

 そんな姿に、アーロンも揉め事があったとはいえ哀れにしか思えなかった。


「……入った者達は兎も角。彼等もここがA級ダンジョンだった事を知らなかったんだ。無理もない」


 恐らくは何が起こっているか分からず、反撃もできずに殺されたのだろうとアーロンは察するに簡単だった。

 それを証明するかのように、遺体の持った武器の中に、血が付いてはいるが傷一つない武器もあった。


「こんなことになっていたなんて……」


 そして、今度はちゃんと現場を確認したサツキも、アーロンの隣で再び顔色を悪くする。

 咄嗟の事で、彼女は中の事は本当に知らなかった。

 ただ、それが功を奏した事で、サツキは生きているのだから、幸運であったと言えた。

 

「早速だが始めるぞ」


 これが常人ならば、サツキが落ち着くのを待ってやるべきだが、アーロンは救出屋だ。

 残念ながら、仕事上そこまで甘くできなかった。


 アーロンはサツキをその場に置いて、自身だけで遺体の傍に近付く。

 そして、すぐに異次元庫を開き、棺と必要になるであろう道具を取り出していった。


「……やるか」


 ここからが救出屋の本領発揮だと、アーロンの手にも力が入る。

 そして、その最初の者達は本来の救出対象の三名だった。


――かなり時間が経っている。急いで棺に入れてやらねば。


 性別と人数は男性二人、女一人の計三人。


 時間が経っている事を考慮し、アーロンは素早く遺体の全身をチェックしていく。

 その傍らでアーロンは聖水を撒くなど、同時に幾つもの作業を熟した。

 そんな彼の姿にサツキは、自身で出来る事が分からず、ポカンと立ち尽くす事しかできなかった。


 ただ、それには理由もあった。


「対処が全然ちがう……」

 

 サツキが思わず口に出してしまう程、アーロンと『慈悲の終言』の動きは天地の差があった。

 状況判断。遺体の対処に過程の動き。早く繊細なアーロンと比べ、サツキが見て来た『慈悲の終言』の動きは、どう表現しようが一つだけ――ただ雑。

 

 それは彼女が、所属している間の全てが無駄だった。そう自覚してしまう程に。


「出血が多い……多少は縫わんといかんな」


 サツキが軽くショックを受けているなんて思いもせず、アーロンは救出者の対処に集中する。


 異次元庫から『エルフの清水』を取り出して傷口を消毒。

 その後、素早く縫い合わせると青黒い液体が入った果実――『血の実』を取り出し、針とホースも取り出して血の実と繋げて輸血を始めた。


「これで生き返った後に貧血にはならんだろう……」


 生き返った時、多少の骨折程度ならば一緒に完治する事はある。

 けれど血液が足らず、生き返った後に貧血やら、少しした後にショック死したという話もあり、アーロンは一見無駄に思える様な行為にも集中していた。


「……急がねば。今回ばかりは人数が多い」

 

 一人、また一人と素早く棺に納たアーロンは本来の救出対象――その最後の一人である青年剣士の処置に取り掛かろうと、彼の遺体を動かした時だった。

 

――アーロンはある事に気付いた。 


「これは……!」


 ひっくり返した青年剣士の背中には、斜めに入った大きな斬り傷があった。

 やけにこの青年だけ出血が多いと思っていたが、これが原因だ。

 しかし、アーロンが気付いたのは、別に傷の存在ではなかった。


「……まさか」


 アーロンに嫌な予感が過った。もし自身が考えてる事が事実ならば、事態が変わると思いながら。

 彼は急ぎ先程、棺に入れた青年魔導士と、女性格闘家の遺体を再度確認し始めた。

 そして気付いた。


――衣服の所々に妙な痕がある。射抜いた様な、綺麗過ぎる傷だ。

 

 実は最初の二人の身体を調べていた時にも、アーロンは違和感を抱いていた。

 ただ急ぎだったので流したが、最後の剣士の傷を見たアーロンの中で、ある確信へと至る。


「あ、あの……何かありましたか?」


 やがて、アーロンの動きが止まった事で気になったサツキが、その横から顔を出し、青年剣士の傷を覗いて見る。

 すると彼女も、傷に驚きながらも、ある違和感を抱いた。

 

「す、すごい傷です……でも、あの鬼竜にしては傷が綺麗過ぎるような?」


「……その通りだ」

 

 アーロンはサツキの言葉を肯定し、同時に強い怒気を纏った。

 それは鎧や兜で姿が見えないにも関わらず、サツキがすぐに察せる程の怒りだった。


「一体、何が……あっ!」


 アーロンの怒り正体は分からないが、サツキはアーロンがある場所を見ている事に気付き、その視線の先を追った。

 視線の行方、それは兜を被っているので完全には分からない。

 ただ、顔の先にあったのは一つだけだった。


「あれは大剣?」


 一つの大剣が『慈悲の終言』のメンバー――その遺体の傍に転がっていた。

 まだ乾き切っていない血が刃に垂れていたが、それだけで別に問題は――


「あれ……?」


――瞬間、サツキは思い出した。

 それは仲間達の叫びと同時に広場に戻った時の事だ。

 

 彼女の記憶の限り、この大剣の持ち主は鬼竜が出た時は、まだ

 その直後、鬼竜へ反撃しようとして構えた瞬間に殺されたのだ。


「この人は鬼竜に反撃していません……つまり、この大剣に付いた血は――」


 サツキも答えに辿り着く。

 けれど、その事実はあまりに非道な行いだ、

 そして、知らずに片棒を担いでいた自身の事もあって、彼女の顔色は蒼白となっていた。


「そ、そんな……私――」


 どうりでアーロンが怒気を纏う筈だと、サツキにも真実が分かった。

 だはそれを知った彼女は何も言えず、そんなサツキへアーロンは話しかけた。


「……気付いたか? そうだ、血の色も攻撃痕も鬼竜共のとは違う。つまりそう言う事だ」


 アーロンはそう言って落ちていた大剣を片手で持ち、その刃を青年剣士の背中の傷と照らし合わせる。

 これ以上、遺体に傷を作らない様に慎重に合わせたアーロンの動きをサツキも見ていたが、結果は一目瞭然であった。


「傷と一致してます……」


 青年の背中の傷と、大剣の刃が一致した。

 つまりは最初の救出者三名は生きていたが、それを『慈悲の終言』のメンバーが殺したのだ。


 その事実にサツキはショックを受け、膝を付いてしまった。


「私……なんてことを……!」


「……片棒を担がされたのは確かだが、顔を上げろサツキ。お前は騙されていただけだ。直接、お前が手を下した訳じゃない」


 アーロンはサツキの肩に手を置いて言葉を掛けるが、サツキの肩は震え、彼女も首を左右に振っていた。


「でも……でも……こんな……救出するべきを人を殺していたなんて……なんでそんな事を!」


 ショックであると同時に疑問であった。

 サツキには分からなかったからだ。

 何故にダンジョンで死んだ、または死に掛けている人を、わざわざ手を掛ける必要があるのか。


 だが、その疑問の答えをアーロンは知っていた。


「……生きている者よりも、死んだ者の救出の方が金になると聞いた」


 救出時の報酬。それは生存者よりも死者の方が価値が高いという話。

 いつからだろうか。そんな価値観の風潮が生まれていると、アーロンは思い出す。

 

 無論、彼自身は生存者・死者の区別は疎か、金額にも差を付けていない。

 しかし、他者は別だったのだろう。


「救出の手間による報酬の増額……他にも理由はあるが、大体の理由がそれだ。それに、生き返ったばかりの者は多少の記憶障害も起こりやすい。だからこそ、理由をいくらでも作れる」


「けど……そんな事がゆるされるんですか!? 死者を……いえ、命を弄ぶような真似が! そんな事……女神ライフだって……」


 救出側も危険を伴うのは分かる。それで費用の増額をしたいという気持ちも。

 そもそもダンジョンに向かうのは自己責任。

 それでも救出を依頼する者は後を絶たず、だから報酬の額については救出する側次第なのも仕方ない事だ。

 

 けれど、だからといってこれは許されないとサツキ勿論、アーロンも怒りを隠せなかった。

 報酬を上げる為に、助かっていた人達を手に掛けるなんてと、サツキの顔に怒りが現れる。


「救出屋じゃないです、こんなの……!」


 憧れの救出屋を目指し、雇ってもらった場所だが、もう関係ない。

 サツキは組織内部の違和感に気付いていたが、それでもここまでするとは思ってなかったのだ。


「父上……ごめんなさい……私、想影一族の誇りを汚してしまいました……!」


 ここまで来たら怒りもだが、悔しさの方が勝った。

 サツキは拳を握り締め、悔しくて悔しくて仕方なかった。

 また泣いてしまう自分が恥ずかしいが、それ程までに無念で仕方ないとサツキの心の中は滅茶苦茶となっていた。


「グスッ……すみません、アーロンさん。情けない所ばかり見せてしまいまして……」


 サツキは涙を拭いながらアーロンに謝罪すると、当のアーロンは再び仕事に戻っており、最初の三人全員を棺に納め終えてから静かに答えた。


「気にするな。泣く事は情けない事でもなければ、悪い事ではない。――この仕事をしていると分かってくる。泣きたい時に泣ける者は幸せだ。逆に泣く者を貶す者は、泣く事が出来なくなった哀れ者だ」


 心のまま泣ける者は少ないと、アーロンは自身の経験を思い出す。

 無駄に背負う者ばかり増えた事で、涙を弱者の証としてしまう連中が増えたと。

 自身がもう泣けないから、自身が泣けない故の妬みだとアーロンは思っている。

 

――悲しき、そして哀れな妬みだと。


「きっと今は、お前にも分からないだろう。だが、それでもサツキ……お前はお前のままでいてくれ」


「……はい」


 サツキにはアーロンの心情も、その言葉の意味は察せても、中身までは理解できなかった。

 けれど、そう言ったアーロンの言葉はとても優しいもので、だから彼女も自信を持って頷く。 


 きっと自身とアーロンは場数が違う。とても凄い経験をしなければ分からないのだろうと、サツキもそこだけは分かっていた。


 ただ、そう思ったサツキだが、アーロンが『慈悲の終言』の者達の前で腰を下ろし、棺を出した事で思わず声を出してしまった。


「ア、アーロンさん! その人達も助けるんですか?」


「そうだ」


「どうしてですか? その人達は他者の……いえ、命を冒涜しました。なら、救出屋にとっても――」


「――サツキ。お前の言う通りでもある。だが、俺は救出屋だ。理由はどうであれ、まずは助ける」


 アーロンも、サツキの言いたい事は分かっている。

 実際、彼等が行ってきた所業は許される事ではない。


 けれど、それでも助けるのが救出屋なのだ。

 その後、蘇生させるかどうかは女神ライフが決める事。それ以上の事は、救出屋の仕事ではないから。


「……難しいですね、救出屋は」


 救いようがない者達も助ける。生き返る事はないと分かっていてもだ。

 サツキは救出屋の深さを、複雑ながらも理解できてしまい、暗い表情をしながらもアーロンの作業を見届けた。


 救出屋をしたいならば、きっと感情の物差しで測ってはいけないのだろう。

 だからサツキはアーロンの仕事を見ながら、自身の道を決めようとしていると、不意にアーロンが口を開いた。


「だがサツキ……お前の言う事も間違いではない。救出屋の敵は、魔物やダンジョンだけではない――『命を害する者』が救出屋の敵だ」


――別に救出屋は聖人ではない。殺しも傷付けるのも禁止な筈がないのだ。

 

 命を弄ぶ者ならば、魔物だろうが人間だろうが関係ない。

 だからこそアーロンは、ダンジョンに潜るだけが救出屋の仕事じゃない事を『慈悲の終言偽物』に知らしめてやらねばならなかった。


「――女神ライフよ……他者の命を貪り喰らう者達に、報いを受けさせる私をお許し下さい」


 棺に納めながら小さく呟いたアーロンの言葉は、サツキには届かなかった。

 そして、全ての棺の準備を終えたアーロンは、全ての棺に繋げた鎖を持ち、静かに立ち上がった。

 

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