第8話:A級ダンジョンの魔物
――間にあった。
ダンジョンに突入したアーロンは、生きているサツキの姿を見て安堵する。
だが最初から
「下がっていろ、サツキ……」
背負っていたクロスライフを構え、鬼竜も仲間が仕留められたことで彼を脅威と判断する。
そのままサツキを無視し、アーロンへ血走った目で捉えながら、爪や牙を向けて迫ってきた。
『ウオォォォ~ン!!』
アーロン自身も何度も聞いてきた、無駄に耳に不快感が残る、何度聞いても好きなれない鳴き声に内心で悪態をついた。
それを黙らせる為、アーロンは素早く異次元庫を開きナイフを三本を取り出した。
そして迫って来る、鬼竜の顔面へ投擲する。
そのナイフは両目と額へと突き刺さり、鬼竜は苦しむ様に両腕を振るって暴れ始めた。
そんな状態を好機と見たアーロンは、鬼竜の頭部を銀の弾丸で撃ち抜いた。
『――!!』
撃ち抜かれた巨大な杭の様な銀の弾丸。
それは鬼竜達の頭部に複数の風穴を作り、鬼竜達は糸が切れた様に倒れ、そのまま動く事はなかった。
『ウオォォォ~ン!!』
「今更動き出すか、ボス鬼竜……」
仲間の死に――というよりも、餌が抗うのが気に入らない。
そんな理由でボスは動き出した。
ボス鬼竜は立ち上がり、アーロンへ巨大な腕を伸ばしながら突っ込んで来る。
だがアーロンからすれば、この魔物達は器用貧乏。
馬鹿ではないが、力の使い方を分かっていない連中でしかなかった。
――
ボス鬼竜が腕を叩き落とした寸前、アーロンは高く跳躍して、その腕へ着地する。
そのまま一気に腕を駆け上がり、ボス鬼竜の顔面へクロスライフを叩き込んで顔面を大きく潰した。
『ウオォォォン!!?』
牙が折れ、顔面が歪み、顔面から出血しながら身体も傾くボス鬼竜。
そこへ、アーロンは更に追い打ちを仕掛けようと、異次元庫を開けて取り出したのは一本のボトルだった。
中身は近所の酒屋で買った一般的な酒が入っており、顔面へボトルを叩付けると粉々に割れ、ボス鬼竜の顔は破片と酒まみれとなる。
「……安酒は好きか?」
『ウ、ウオォ~ン!!?』
問いかけるがボス鬼竜は答えず、まるで毒でも浴びたかのように苦しみの叫びをあげた。
それを見て狙い通りだと、アーロンは更に一手撃つ為、クロスライフの先端を顔面へ近付け、持ち手に仕込まれているトリガーを引く。
――瞬間。先端から火打石の様に
結果、酒が引火してボス鬼竜は大きく燃え上がり、顔面が大炎上を起こす。
『ウオォォォン!!』
「――ふんっ!」
顔を燃やしながら、腕でボス鬼竜はアーロンを払おうとするが、アーロンは慣れているので再び跳んでサツキの近くに着地した。
そんな彼の姿を見て安心したサツキは、涙ぐみながら棺の英雄の背を見上げる。
「うっ、うぐぅ……! やっぱり来てくれたぁ……ありがとうございますぅ……! 本当にありがとうございます!!」
「すまないが、礼を言うのは
「――へっ?」
安心した矢先、サツキから間抜けな声が漏れたと同時だった。
目の前では必死に火を消したボス鬼竜が立ち上がり、助けを求める様な必死の咆哮をあげた。
『ウオォォォォォン!!』
「ヒッ!」
それは大気を震え上がらせ、サツキの骨も震わせる程の声量だった。
しかし目的は震え上がらせる事ではないと、アーロンは知っている。
これは救援要請。謂わば、手下達に己の危機を知らせる為の。
「サツキ、お前はここから動くな」
それを知っているアーロンはサツキの前に陣取り、彼女へそう言った時だった。
アーロンは周囲から嫌な気配が大量に現れたのを察して周囲を見渡す。
それに釣られてサツキも同じ様に見渡すと、異変に気付いた。
――柱の影、天井、あらゆる場所から這い出て来る鬼竜達に。
「こ、こんなにですか……!」
「コイツ等……正確にはボスだが、己が不利になると高確率で仲間を呼ぶ。しかも数体ではなく、ダンジョン内にいる全ての配下をだ」
――昔、それで危うく死に掛けたな。
当時は師匠に助けて貰ったが、今では自身が誰かを同じ状況下で助けている。
これも時の流れなのかと、アーロンは自身を少し爺臭く感じていた。
けれど、そんな呑気な事を思っている場合ではないと、アーロンは切り替える。
今はサツキがいる。
気付けばあっという間に取り囲まれてしまったが、もう昔の自分ではないと覚悟は出来ていた。
――対策も既に見つけている。
「サツキ……お前は酒に
「えっ?……いえ別に強くはないですけど、だからって弱い訳でもありませんが、それが一体――」
「それで十分だ」
サツキに確認を取ったアーロンは、異次元庫から先程よりも上等なデザインの入った酒瓶を取り出すと、その栓を開けた。
そして同じく、クロスライフの側面の小さな隠し蓋も開ける。
そこへ、この
「お前達に味が分かるとは思えんが、今日は俺の奢りだ……」
鬼竜達へそう言い捨てて、アーロンは持ち手のレバーを若干だけ引くと、機械音と共にクロスライフの蓋が僅かに開く。
「行くぞ……!」
そして今度は一気にレバーを引くと、そこから大量の水蒸気の様な、煙が噴き出した。
それはあっという間に周囲を包み込み、同時に強い酒臭も立ち込め、それをアーロンも兜の中から感じていた。
――これは酒の煙だからな。当然だ
「うっ! 凄いお酒臭いです……!」
ただサツキには少々キツかったらしく、顔を両手で隠している。
やはりドワーフの名産品だ。かなりの威力を発揮する。
特に鬼竜は、兜を被っている自身や、サツキの比ではない惨状だろうとアーロンは確信していた。
『ウオォォォン!!?』
ボス鬼竜を皮切りに、他の鬼竜共も一斉に苦しむ様に叫び声をあげる。
あるモノは首を絞める様に抑え、またあるモノは口から泡を吐きながら動かなくなった。
「な、なにが起こっているんですか……!?」
アーロンの背後から、酔いに慣れたサツキが、目の前の惨状を見て不思議そうに彼へ尋ねてくる。
本当はくノ一の彼女ならば、その行動で察していると思ったが、やはり確証と呼べる言葉を直接聞きたい様だった。
それを察したアーロンも、別に隠す事ではないので惨状の答えを口にする。
「鬼竜共にとって……酒――恐らくはアルコールだろうが、それは猛毒らしい。俺も色々と試してみたが、度数が強ければ強い程、鬼竜共への致死率が高い事が分かった」
「酒で!? そ、それに試したって……?」
「言葉通りの意味だ。暇を見付けては立ち寄り、鬼竜共で実際に試して有効なアイテムを見つけたんだ。――まぁ、分かってから殆ど来なくなったがな」
「こんな魔物達相手に……そんな簡単に……!」
サツキの呆れた様な、けれど衝撃も受けた様な途切れ途切れの言葉を聞いて、アーロンは兜の中で微かに笑う。
確かに油断すれば即、死へ、一直線なA級ダンジョンだ。
暇を見付けて立ち寄る馬鹿は自身か師匠か、それ以外の十字架を持つ者達ぐらいだろうなと。
だが、そんな事を話す時間はない。
酒の煙と匂いが徐々に薄まり、視界が晴れてくるとアーロンは構えながら口を開いた。
「詳しい話はここから出た後に教えてやる。――だが、まずは終わらせるのが先だ」
『ウ、ウオォォォン!!』
咆哮と共に、目の間に現れたのはボス鬼竜だが、その姿は変わり果てていた。
目や口から血、そして血の混じった気泡を流し、肉体の部位が所々に痙攣を起こしている。
そんあボス鬼竜は、既にいつ死んでもおかしくない状態でも、アーロンへ最後の敵意を向け続けた。
また、そんな魔物の姿を見て、サツキは不思議で仕方なかった。
そして言葉を震わせながらも、何とかその疑問を呟く。
「あ、あんな状態で……どうして……!」
「ダンジョンのボス魔物は並みの個体ではない。遅かれ早かれ奴は死ぬ運命だが、最後に俺達を道連れにする力はあるようだ」
そのダンジョンの魔力を浴び、突然変異する個体――それがボス魔物だ。
B級ダンジョンでさえ、身体を真っ二つにされても生きてる奴がいる以上、A級ダンジョンのボス魔物も、この程度でくたばる個体ではない。
アーロン達を道連れにするだけの力は当然あり、絶命するまで油断は許されないのだ。
――まぁ、道連れに付いて行く気はないがな。
アーロンは声が震えているサツキを庇う様に構え直し、クロスライフをボス鬼竜へと掲げる様に構える。
それと同じタイミングで、ボス鬼竜の
「額に目が……! それになんて高濃度な魔力の炎?!」
――やはりそれも知らなかったか。
アーロンは驚いた様子のサツキの言葉と、周囲の戦いの痕跡を見て察していた。
サツキがセオリー通り、敵の五感を潰す戦いをしたのだと。
けれど見た通り、奴等の瞳は三つある。
しかも三つ目は額にあり、魔法で隠されていて知らなければ、まず気付かれない。
だからアーロンは先程、ナイフを投げた時に額にも投げ、視界を全て潰したのだ。
ただし、それを今サツキに説明する暇は彼にはない。
「その話も後だ……まずはコイツを倒す」
『ウォォォ~ン!!!』
ボス鬼竜は口から溢れる炎を今にも吐き出そうと、上半身を前に出し、口をアーロン達へと突き出した。
だがそれはアーロンが覚えている限り、昔から進歩もない、見なれた動きに過ぎない。
それだけ進化も学習もしない程、鬼竜共は冒険者を楽に捕食していたのだろうと、アーロンは内心で貶す。
「だからこそ対処も変わらん……!」
命の救出の為、学習もしない害だけの魔物に慈悲は与えない。
アーロンは、クロスライフを自身の目の前に叩き付ける様に置き、ボス鬼竜を迎え撃つように対峙した。
そして、自身の魔力をクロスライフへ捧げる。
――我が十字架を<女神ライフ>へ捧げん。
アーロンは心の中で祈り、魔力をクロスライフへ捧げた。
その瞬間、クロスライフが蒼白い光りで輝いた。
蒼白い光に包まれる仕込み盾。そこを中心に大きな魔力の嵐が生まれ、周囲に吹き荒れる。
『――!?』
「凄い魔力……!」
周囲に魔力の強風が吹き荒れ、その力の大きさを感じたボス鬼竜は口に炎を溜めながら思わず動きを止めた。
だが恐れる事はない。この魔力の嵐から感じるのは絶対的な慈愛――加護とも受け取れる優しい魔力の風だ。
少なくとも、アーロンやサツキには害無き現象――女神ライフが与える、我が子達を守る優しさだった。
それを理解しているアーロンは、祈る様にクロスライフに手を添え、静かに詠唱を始めた。
「――女神へ捧げるは我が
――<
巨大な棺を模った、聖なる光の魔壁がアーロン達の前に具現する。
それはアーロンとサツキを守る様に包み込み、ボス鬼竜の炎を受け止めた。
けれど、それだけではない。
その受けた炎を青白い光で包み込んで、そのまま元凶のボス鬼竜へと跳ね返したのだ。
『!』
予想外の事で頭が追い付かず、棒立ちのボス鬼竜だがもう遅い。
ボス鬼竜は自身で吐いた炎に包まれ、全身が一気に大炎上を起こす。
「ドワーフの作る酒は魔力に反応しやすい。――ならば、魔力の炎に触れればとんでもない大火力を生むだろうな」
まるで爆発の様に、大きく燃え上がるボス鬼竜の肉体。
それはやがて肉体を焼く内に小さくなっていき、最後は不快な匂いを発する焼け焦げた物体に成り果てた事で、ようやくアーロン達は一息入れる事が許されるのだった。
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