第3話:彼の職業は――

♦♦♦♦


 転移魔法から出て来たアーロンは、教会の中――その通路に出た。

 すると彼が棺を引きながら現れた事で、周囲にいる人々は息を呑んだような緊張感に包まれながら様子を見守った。


「帰ってきたぞ……!」


「だが棺が4つとは……」


「む、娘はどうなんだ! どうなるんだ!?」


 見守る者達の正体――それはギルドや街の者。

 そして、この4人の両親たちだ。

 

 我が子の事で落ち着けないのは分かる。

 ただやがて、神父の静める様な声や、教会の雰囲気に落ち着きを取り戻し、やがてアーロンの耳には自身の足音と、鎖の音しか聞こえなくなった。


「……」 


 彼自身も何も発さずに棺を引き続ける。

 汚れた鎧を纏い、素顔すら見せない棺を背負う男の姿はきっと異様だ。


 だが、誰も何も言わない。

 不思議と異様さが感じない。彼を知っている者は勿論、ただ知らない者もそう思ってしまう。


 通路を歩く彼を、教会の窓から差す光が、彼を祝福するかのように照らしているからなのかもしれない。


「……」


 アーロンは、また一歩、また一歩と進む。

 そして教壇の前に立つ正装に身を包んだ神父様の前で、その足を止めた。


「お願い致します」 


「仰せのままに」

 

 神父様からの頼みにアーロンは頷いた。

 そして4つの棺の蓋を開き、その中身を晒す。

 すると、周囲からは悲しみの声が漏れた。


――確かにまだ若いしな。 


 この4人はまだ若い。少年少女とも呼べるほどに。

 だからこそ、今からが重要になるのだ。


「神父様……後は、お願い致します」


「えぇ……お任せください」


 もう何度もしてきたやり取りの会話。

 それをしてから神父様は優しい笑顔で頷くと、アーロンもその場から下がって様子を見守る。


「……では始めましょう」


 神父様の声が教会に響いた直後、シスターの引くパイプオルガンが盛大な音を鳴らす。


「この世を見守りし大いなる女神・ライフよ……今ここに、運命を捻じ曲げられし4人の若者。――コロル・ホットサンド、ミレイ・アルトール、レッグ・マッドス、リアラ・カルトスの魂をここに呼び戻し下さい」


 パイプオルガンが演奏される中、神父様がそう唱えると棺の中の4人の肉体が輝き始め、やがて全身を包み込む。

 そして神父様の言葉、シスターの演奏が終わると同時に光は収まり、そして――


「あれ……?」


「ん? ちょっと、ここって教会?」


「僕達は洞窟にいたんじゃ?」


「……うぅ~なんか長く眠ってた気がするよ~」


 棺の中にいた死んでいた4人が

 それを見て、一斉に4人に駆け寄る家族とギルドの者達。


――これがこの世界のルールなのです。


 この世界は女神『ライフ』によって見守られ、病気や寿命じゃない不遇な死をした者は教会で蘇らせることが出来る。

 無論、遺体が破損していれば色々と面倒だが、それでも対処は出来る。


――そして、これがだ。


「ご苦労様! 今日も活躍ねアーロン?」


 感傷に浸っていたアーロンの背後から、声を掛けて来たのはアイテム屋のマキだった。

 そんな彼女からの労いの言葉を受けたアーロンは、静かに頷く。


「それが俺の仕事だ……それに、もう一仕事ある」


 そう、彼の仕事はまだ終わっていない。

 この仕事はアフターケアも肝心で、アーロンは4人の無事を確認して神父様とシスターの一礼し、皆に背を向けて歩き始めた。


「気を付けていってらっしゃい」


「……あぁ」


 マキの言葉に応え、教会から出ようとするアーロンだが、そんな時でも周囲からの話し声が聞こえてくる。

 どうやら若い冒険者が、彼の事が気になっている様だ。


「凄いですね……あの人は何者なんですか?」


「ギルドどころか、世界でも伝説の人さ……この世の全てのダンジョンを知り尽くしたダンジョンマスターで、全ての魔物も討ち倒してきた最強の英雄だ」


「聞いたことないか、こんな詩を?――棺を担いで彼は来る、棺を引く為にやって来る、女神に愛されし棺引き、棺を背負いし英雄は――って感じのやつ」


「……フッ、英雄に詩か」


 アーロンは、その話を聞いて兜の中で思わず笑いそうになった。

 

 別に全てのダンジョンを行ったのは否定しない。

 あらゆる魔物を倒してきたのも否定はしない。

 必要だから行っていた内に、常人離れした強さを持ったのも否定しない。


――だがアーロンはダンジョンマスターでも、ましてや英雄でもない。


 ただダンジョンに、忘れられようとしている魂を連れ戻しに行っているだけだから。


「さて……もう一仕事だ」


 アーロンは転移魔法を唱え、再び転移する。

 場所は勿論、行ったばかりの『神獣の巣』だ。


♦♦♦♦


 教会に送り届けたからといって、アーロンの仕事は終わりじゃない。

 彼は洞窟の入口の脇に立ち、そこに木工ギルドで購入した看板を打ち立てた。

 そして文字を記入していく。


『金以下、絶対に立ち入り禁止。―アーロン・リタンマン―』


 そう書いた看板を設置したら次は洞窟内へと行き、入口近くにも看板を設置する。


『ここの鉱石は奥に進むごとに回収しやすくなるが、奥には強靭な魔物が生息。金以下は、絶対の絶対に立ち入り禁止』 


「後は『溶け込み樹の蔓』を巻けば……よし大丈夫だ」


 周囲に溶け込む性質を持つ木の蔓を看板に巻けば、ダンジョンの魔物も異物とは気付かず、早々看板は破壊されなくなる。


――これがアーロンの仕事。そのアフターケア。


 ダンジョンに注意書きをしなければ、また同じ様に来る連中が現れるのだ。

 その時の為に備え、彼はダンジョンのアフターケアをしている。


 無論、壊してしまった梯子も忘れずに再設置していった。

 完全に固定して、上から下まで蔓を巻き付けて作業を終えた。

 そんな頃に、アーロンは不意に懐中時計を取り出すと、間もなく日が暮れる時間だと気付く。


「今日はここまで。お疲れ……」


 アーロンはダンジョンに労いの言葉を掛けると、転移魔法で帰還していった。

――この時、それを待っていましたと言わんばかりに洞窟に入って来た者。その存在に気付かずに。



♦♦♦♦


 翌日、アーロンが再びダンジョンに訪れ、アフターケアの続きをしていた。

――が、そんな彼を出迎えたのは、無残に殺された男の死体だった。

 かなり損傷は激しいが、どことなく見覚えがある姿。

 そしてタグに男の名前が記されていた。


「……ショウか」


 死体は、昨日の4人を騙した張本人――ショウだった。

 何を勘違いしたのか、安全と思って一人でここに入って魔物達に殺されたらしい。


 だが放って置く事もできず、アーロンはショウの遺体を整えて棺に入れ、もう一度教会へ向かった。


♦♦♦♦


「……駄目なようです」


 アーロンの連絡を受けて駆け付けたマスターとギルドの者達の前で、神父様は無念そうに首を振った。

 そうショウは生き返れなかったのだ。


――これもまた世界のルールなのです。


 女神さまは良く見ている。悪しき者は生き返る事が出来ない。

 だからショウは自業自得の死を迎えるが、悲しそうにしてくれたのはマスターだけなのが、彼の生き様を全て物語っていた。



♦♦♦♦


――全てを助けられる訳ではない。


 それでもアーロンはダンジョンに潜り、彼等を連れ戻してくる。

 長年行っていると、外見だけで悪党かも見分けがつく様にもなり、生き返る者と生き返れない者も分かる様になっていた。


――だが彼は鑑定士ではない。


 ただ女神ライフに心から尽くし、今では他者の女神の加護を見える様になったぐらいだ。


 そんなアーロンも仕事はダンジョンで力尽き、そんな者達を連れ戻して教会まで連れ帰り、最後はダンジョンのアフターケアをする事。


 それが全てのダンジョンを知り尽くし、色んな魔物と戦って来たことで常人よりも強い以外、ただの人間である彼の仕事だ。


――そして今日もまた、アーロンの下へ依頼が舞い込んでくる。


「大変ですアーロンさん!? 西の国王陛下がいらっしゃっております!?」


「おおぉアーロンよ!? 勇者が! 勇者達の命の水晶の光が消えてしまったのだ!!」


 どうやら勇者は本当にいたらしい。

 いや確かと、アーロンは思い出した。

 暫く前に<勇者徴兵>とかいう、変な事を中央の国王がしていたな、と。


 だが勇者も人間らしく、油断してしまったのだろう。

 しかも勇者が行って命を落とした以上、並みのダンジョンではない。


――けれど相手も場所も関係ない。


 何処へだろうが向かい、連れて帰る。それがアーロンの仕事だ。

 騎士でも兵士でも英雄でもない。

 魔術師でも聖職者でも大工でもない。

 

――そんな彼の仕事は『救出屋』

 

「頼むぞアーロン! 棺の英雄よ!?」


――棺の英雄。自身で否定しても、皆はアーロンをそう呼んだ。


 けれど肩書きも、二つ名もアーロンには関係ない。

 だから今日も棺盾クロスライフを背負い、依頼人へ問いかける。


「――どこのダンジョンだ?」

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