第4話:天然勇者御一行

「いやぁ~つい油断しちゃたよ! 救出してくれて本当にありがとう! 流石はだね!」


 救出屋――アーロン・リタンマン。

 彼の目の前に立ち、蒼い鎧を着て人懐っこい笑顔でお礼を言っているのは、ついさっき、アーロンが救出してきた女性勇者一行だった。


――彼女達はそれぞれ、女性勇者エデン・女性騎士トリア・女性魔導士マリン・女性賢者マザーサ・女性盗賊キッドと名乗る。


 先程、S級ダンジョン『死竜の宴』から救出し、教会で生き返ったばかりだ。

 だが驚異的というべきか、普通の者と違ってすぐに全快し動いている。

 そして、そのままの勢いで。まるでゾンビの如くアーロンの下に来て、パーティ全員で頭を下げていた。 


「勇者でも油断するんだな……」


 だがアーロンから見て、彼女達に対しての印象は微妙だった。 

 

 勇者と言えど、何とも言えな感情を抱いている。

 なんせ、アーロンが救出に行った時、彼女達の死んでいた姿は普通ではなかったから。


「うん! 油断は良くないけど……やっぱり古くなった牛乳は飲んじゃダメだね! 反省しているよ……」


 この勇者は素晴らしい笑顔で、何かふざけた事を言っているとアーロンは思った。

 どうりで腹を抑え、尻を上に向けながら、仰向けに倒れた状態で死んでいた筈だと。


 不思議と魔物達が一定の範囲を保っていたのも何か分かる。

 

――長年、救出屋をしていたが、あんな死に方していたのはこの勇者達だけだ。


 アーロンは彼女性達が死亡した理由が下らない様な気がし、それ以上は追求しなかった。――したくもなかった。 


「それと……これは僕達からのお礼! 受け取って!」


 勇者たちはそう言って膨らんだ袋を差し出してくるが、そのジャラジャラした音を聞いただけで中身は想像がついた彼は、手で制止する。


「料金は既に国王から受け取っている……それは自分達の為に使え」


「それじゃ僕達の気が済まないんだよぉ……」


「私達は構わんから受け取ってくれないか?」


 女性騎士も加わってアーロンへお礼金を渡そうとするが、それでも彼は受け取らない。


「すまないが既に料金を貰っていながら、他の者達から更に報酬を貰うのはに反する。だから、それは受け取れん」


――棺を持つ者よ、過ぎたる対価を求める事なかれ。


 それがアーロンが、師匠から受け継いだ代々の救出屋の信念の一つ。


 命を賭ける以上、己の命・救出する者の命の価値は、アーロン自身が決めて良い。

 だが一度決めた価値を覆し、欲に走る事はとして許されない。


『金で命を引くなよ……アーロン?』


――分かっている師匠、例えそれを相手が納得しなくてもだろ?


 アーロンは、久しぶりに救出屋の誇りを思い出した気がした。

 性格は馬鹿だが、救出屋としての顔は真剣そのものだった師匠の事を。


 そして思い出した事で少し、意識が離れていた彼が我に返えると、勇者達の様子も変わっていた。


「……なるほどね、誇りと言われたら僕達も無理には渡せないよ」


「危うく恩人へ仇を返す所だったな……」


 アーロンの言葉に納得した勇者と騎士は、袋をしまった。

 だが今度は、そんな二人の間から賢者マザーサの二人が、アーロンの前に出て来た。


「ごめんなさいね~二人共、良い子なだけなの~」


 のほほんとした感じの賢者はそう言って頭を下げてくるが、その反動で賢者のが目の前で激しく揺れ動く。 

 ぶるんっと、それも凄まじい程に。

 

 嘗てアーロンが、S級ダンジョンで対峙したゴッドプルルンスライムの如く揺れていた。


――賢者なのになんとけしから――なんと胸の広い賢者だ。


 悲しき男の性よ。

 嘗てサキュバスと激闘を繰り広げていなかったら、自身は悩殺されていたかもしれないとアーロンは思った。


 彼は身体に力を入れて平常心を保つが、賢者は首を捻って何も話さない事を疑問に持ったらしく、上目で見て来る。

 彼女は天然だ。魅了魔法を素で使っているのではと、疑ってしまう程に。

 雰囲気とフェロモンが半端じゃないから。


「出た! 賢者の必勝悩殺!」


「これで落ちなかった男はいない……」


「良いなぁ~賢者も騎士も胸が大きくて……僕も、もうちょっとボンキュッボンになれば威厳がつくかなぁ?」


「大きいと戦いに不便なのだぞ勇者?」


 勇者達も賢者の後ろで好き勝手言っているが、どうやら賢者は天然常習犯なようだ。

 ならばと、アーロンも思考は冷静にできた。


――俺は試されている。


 アーロンはそう思う事で煩悩と、胸から込み上げる制御が難しい衝動を抑え込むことに成功する。

 サキュバスのダンジョン対策で、耐性魔法などで煩悩を抑える事はできるが、男である以上は、どうも制御が難しくなる時があるのは難点だ。


――そう言えば師匠も言っていたな。


『アーロン覚えておけ。お前はまだ若いがいずれ分かる……男にとって性欲とはなんだ』


『あなた……浮気の理由はそれで良いのね?』


 アーロンは、そう言って奥さんにボコボコにされた師匠の姿を思い出した。

 それを教訓にし、彼は理性をフル稼働させ、平常心を保つ事に成功する。

 

「……そうか、別に俺は気にしていない」


「そうですか~よかった~」


 冷静な態度で言い切ると、賢者はそう言って下がるのを見てアーロンは内心で勝利を確信する。


 腹を下して死んでいたとは思えない勇者一行だ。

 そんな彼女達に内心を乱された事は恥ずかしいが、そう思っているうちに勇者が再び前に来て、何かを差し出していた。


「じゃあせめてこれをあげるよ! 私達は人数分あって余ってるからさ!」


「なんだこれは……宝石?」


 勇者の手にあったのは蒼い宝石だった。

 まるで涙の様に雫の形をしているが、それからは強い魔力を感じる。

 見た目もそうだが、これも立派な高価な物。それも豪邸が建つ程だとアーロンはには分かった。


「すまないが、言った筈だ……俺は――」


「あぁ!? 誤解しないでお礼じゃないから!――なんていうか、?」


「誓い?」


 勇者の言葉の意味は分かるが、一体なにを言いたいのかアーロンは分からず、彼女の様子を見守った。


「この宝石はね……『ライフの涙』っていう宝石で、女神ライフ様の加護があるの。だからそれを持っていると魔物から守ってくれたり、ちょっとした怪我も所持しているだけで癒してくれるんだよ」


「ますます受け取れないぞ? 明らかに上位のレアアイテムだ」


「だ・か・ら! 話は最後まで聞いてよ! むぅ~!」


 最後まで言わせなかったからと、アーロンの目の前で、頬を膨らませてむくれてしまう勇者。

 

――勇者もむくれるんだな。

 

 そんな呑気な事を考えていたが、勇者の機嫌を損ねても得はなく、彼は黙って聞く事を選ぶ。


「悪かった……話を続けてくれ」


「もう!……これはあげるんじゃなく、君に預けるの! またいつか、僕たちが出会う為の誓いと一緒にね!」


「なんだ……そんな事なら家に来れば茶くらい出すぞ?」


「そう言う事じゃないの! 僕たちも危険と生きているからさ……待ってくれている人がどこかにいるだけでも、それはとても心強いんだ」


「……成程な」


 アーロンは、勇者の言葉に納得して頷いた。

 勇者達は特別な存在だ。勇者徴兵に選ばれた存在達。

 けれど、それ以前に一人の人間。心が寂しくなり、そして不安も覚える事もあるのだろう。


 そして今回死んでしまった事で、その気持ちが強くなった。

 自分達の事を知り、出迎えてくれる心のあり処が欲しいんだなとアーロンも察し、勇者の差し出すライフの涙を受け取った。


「良いだろう……これは俺が預かっておく。また会う時までな」


「……う、うん! お願いするよ! きっと君の役にも立つと思うからさ」


「勇者……そろそろ――」


 彼が勇者と話していると、魔導士が時計を見ながら耳打ちをする。

 それを聞いた勇者は、寂しそうな表情を浮かべた。


「そうか……ごめんね。もう行かないと」


「……気を付けていけ。もう全滅するなよ?」


 願わくば、腹を抑えながら絶命している勇者達は見たくない。

 魔物すらも申し訳なさそうに距離を取っていたし、ハッキリ言って助ける側としても複雑な心境だ。


「あはは! 確かにそんな再会は嫌だもんね!――うん、次は堂々と生きて会いに来るよ」


 そう言って勇者一行は、アーロンへ一礼しながら背を向けて歩き出し、魔導士が移動魔法を唱えようとした時だった。

 勇者が不意に、彼へ振り返った。


「あっそうだ! に伝言頼まれたんだけど、女神様は君をいつも見守ってるって!」


「……それはどういう――」


「じゃあ次は砂漠辺りに行こう!!」


 勇者に問いかけようとしたアーロンだったが、勇者達は移動魔法の光に包まれ、そのまま天高く飛んで行く。

 

 どうやら次の再会まではお預けをくらった様だ。

 アーロンは、自身の手に握られている『ライフの涙』を見ながら、初めての勇者の友人達との再会を、心待ちにする事にした


「……俺も行くか」


 見送った彼は、ダンジョンのアフターケアへと向かう為、転移魔法で先程のダンジョンへと転移していった。


♦♦♦♦


 ダンジョンで『このダンジョン、勇者死亡歴あり』の看板を建てたりし、アフターケアをして街に戻って来た頃には、日が沈み始めていた。

 

「夕食はどこかで食べるか……」


 アーロンは、すれ違う人々と軽い挨拶を交わしながら、帰宅の路を歩く。

 勇者が行くだけの事はあるダンジョンで、彼自身も20回も行っていない場所は流石に堪えた。


 仕事には手を抜けないが、せめて夕食は手を抜こうと思い、アーロンは鎧を脱いで着替える為に、家へ急いでいた時だった。


「アーロンさん!」


「……テレサか?」


 見覚えのある銀髪のサイドテール――ギルドの受付嬢テレサが息を乱しながら駆け寄って来た。

 もう夕方なのに珍しいと思いながらアーロンは、急な仕事の可能性を考えて頭を切り替えた。


「急ぎか?」


「は、はい! で、でもちょっと……複雑な事態になりまして……!」


「複数のダンジョンか?」


 長年していると、そう言う事態も起こりえる。

 別々のダンジョンで、冒険者が同時に全滅する場合だ。


 その場合もアーロンは普段以上に急がねばならず、すぐにギルドに向かおうとするが、テレサは首を振って否定する。


「ち、違うんです……『典礼ギルド』の人達が来てしまってるんです!」


 その者達の名を聞いた彼は納得した。

 確かに少し面倒な事になるかもしれないと、胸の奥で覚悟をしてテレサと共にギルドへと急ぐのだった。



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