第5話:命の搾取者
『典礼ギルド』
それはアーロン達――救出屋と同じく、ダンジョンに潜って死者や怪我人を教会まで連れ帰る者達である。
近年、価格が救出屋よりも格安である事から頼む者も増えているが、彼から見れば、彼等の仕事は雑過ぎると評価せざる得ない。
何故ならば、彼等が関わった案件には、良くて後遺症、最悪は手足が無くなって蘇る事があるとも聞いていたから。
典礼ギルドは、割に合わないとすぐに手を抜き、命を重んじず利益を前提としている者達だ。
だからアーロン達の様な、信念がある救出屋とは相容れない関係だ。
そんな彼等が雇われる理由もああった。それは依頼金だ。
事情を言えばアーロン自身は費用を下げる交渉を受けるが、他の救出屋はそうもいかない。
そんな価格事情から、余裕が無い者達から距離を置かれる原因になっていた。
しかし値下げに応じない救出屋は、別に悪ではないのだ。
――彼等を責める事はできない。その救出屋達も命を賭けているからな。
アーロン自身も痛いほど分かっていた。
それが典礼ギルドの台頭を許す理由でもだ。
「棺を持つ者よ、過ぎたる対価を求める事なかれ……か」
それを律儀にでも守っている救出屋が、それを平然と破る者達を増長させるのは皮肉だ。
アーロンは内心で、自分達の在り方を考えながらテレサを抱えて走り続ける。
やがてギルドへ近付くと、扉が開きっぱなしのギルドから、揉める様な声が彼の耳へと届いた。
「だぁかぁらぁ!! 俺等はその救出者の身内から依頼されてんだよ! だからとっとと情報を開示しろってんだよ!」
「出来ぬわ! マスターとして貴様等の様な利益しか考えぬ者達へ、私の家族の命を任せられぬ!」
アーロンとテレサが入口から入ると、そこではギルドメンバ達と8人の男女のパーティが、マスターと言い争いをしていた。
対峙するギルド側には冒険者ランク【金】以上の者もいて、アーロンは事態が緊迫している事を悟り、急いでギルドへ入る。
「マスター」
「ん!?……お、おぉアーロン! 来てくれたのか!」
「良かった! アーロンさんが来てくれたぞ!」
彼の姿を見たマスターやギルドの者達は、安心した様に嬉しそうな声を出した。
対峙していた金以上の者達。彼等の纏う雰囲気も若干だが柔らかくなる。
だが、振り返ってアーロンを見る典礼ギルドの者達の目は、敵意に満ち溢れていた。
「あぁ? そうか……テメェが棺の英雄様か。大層なもん背負ってんな?」
「悪いけどさ、あんたは関係ないから、あたいらの邪魔はしないでくんない?」
「無関係ではない……俺はこのギルドからも仕事を依頼されている。筋が通らない話ならば、俺も黙りはしない」
「……!」
彼が関与しない自信でもあったのか。典礼ギルドの者達は、アーロンから放たれる威圧感に臆し、言葉を聞いて顔色を変えた。
そしてアーロンが万が一に備え、背中のクロスライフに触れた事で戦いも辞さない覚悟だと分かると、彼等から嫌な汗が流れる。
ところが、そんな彼等の間から一人の男が出て来ると空気が一変した。
「これ、英雄に失礼ですよ?――大変失礼いたしました……職業柄、やや荒っぽい者も多いのでね?」
現れたのは鎧等で武装した者達とは違い、貴族の様な服を纏った男だった。
インテリ眼鏡を掛け、あからさまに自らの手を汚さないと分かる人種の登場に、アーロンも兜の奥で表情が険しくなる。
「……お前は?」
「これは失礼を……典礼ギルド『慈悲の終言』の副ギルド長――ザクマと申します」
――『慈悲の終言』……聞いたことのある名だ。
聞き覚えのある名に、彼は記憶を呼び覚ました。
救出屋よりは安く依頼を受けるが、あれやこれやと追加で安い金額を何度も請求すると聞く。
結果的には救出屋と同じ値段か、それ以上の額を持っていく集団の名だ。
――少し前、連中に救出されて生き返った者を見たが酷いものだったな。
雑な処置、雑な対応。
表面だけを見繕い、良い顔で、死んだ者達の為とか言いながらも利益だけを考える。
それは女神ライフへの冒涜だと、それ平然と行う者達だと、アーロンは内心で静かな怒りを抱いていた。
「何故ギルド員の身内が、お前達に依頼を出した?」
「えぇ気になりますよね? 近々ですが、我々はこの地域に支部を作る予定でしてねぇ。周囲の街や村で、説明と共に料金表を渡したら皆さん、凄く喜んでくれたんですよ」
「――だからなんだ?」
「分かりませんか? つまりは料金・人員、それらの全てが『棺持ち』の貴方達よりも優れている我々の方が需要があるんですよ」
――需要……か、連中らしい言い方だ。
その言葉を聞いて彼は理解した。連中が全てを、本当に金で見ている事を。
助けを求めている者達を需要と呼ぶ。
その時点で救出屋と、この者達とは分かり合えないと再度認識できた。
しかし兜で彼の顔は見えていないのもあり、ザクマはアーロンが言葉を発しない事を困惑している、とでも受け取ったらしい。
何やら、嫌な笑みを浮かべてアーロンを見ていた。
「ハッキリ言いますと、貴方は一つの身体で救出にも限界がある。それに引き換え我々は人手も多く、同時に幾つもの対応も可能です。――ギルドメンバーや冒険者は依頼を受ける前にギルドへ、事前に一定の救出費用を支払っている筈ですが、なのに間に合わない……それは通らないでしょう? 安い金でもないのに」
「……否定はしない」
――俺も、実際に間に合わなかった事が何度もある。
『こんな身体になるなら、どうして死なせてくれなかったんだ!!』
女神の加護が弱まり、腕を魔物に食われ、義手で代用して蘇生させた者からアーロンは、泣きながら責められた事もあった。
『自惚れるなよ……俺等は女神ライフの慈悲を利用しているに過ぎん。だから全てを救えると思うな』
アーロンは嘗て、師匠から言われた言葉を思い出していた。
師匠はそう言う。引っ張られるなと。
自身の責任にするなと、自身を思っての言葉なのはアーロンも理解している。
でも行った行かない、生き返った、生き返らない。そんな事は関係ない。
――
「分かってくれたようで嬉しいですよ……まぁ英雄って言われても、所詮は救出屋は集団行動が出来ない世界不適応者。――もう貴方達の時代じゃないんですよ?」
「なっ! 貴様等なんだその言い方は!」
「他の連中はどうだか知らんが! アーロンは立派な救出屋だ!」
「侮辱は私たちが許さない!」
「おやおや人望も稼いでいるんですね……その商売のコツ、見習いたいものだ」
マスター達がアーロンを擁護してくれるが、ザクマは敢えて挑発し、マスター達の非を引っ張り出そうとしていた。
アーロン自身は全く気にしていないが、ギルドの者達は仲間の侮辱を許さない、優しい者が多い。
この男は、そう言う弱点への理解が上手い男だとアーロンは、そこだけは内心で褒めた。
「……良いんだマスター。皆も落ち着いてくれ」
「だがアーロン……!」
マスター達は納得していない様子だったが、アーロンは、この連中に時間を取られている事が無駄だと、救出する者達の方が心配だと思っている。
だから彼は何とかマスター達を制止させ、すぐに行動しようと詳細を問いかけた。
「……どこのダンジョンだ?」
「『気流の迷城』――こりゃあ楽勝だな!」
受付から答えが返ってきたが、それを答えたのは受付嬢やマスター達ではなかった。
聞き覚えのない声にアーロンやマスター達が一斉に向くと、受付にいたのは『慈悲の終言』の男だった。
その男はこれ見よがしに書類をヒラヒラさせ、ふざけた様子で読み上げる。
「メンバーは5人……こりゃ楽勝だな!」
「貴様! 何を勝手にしているか!」
「おっと!」
書類を取り返そうとしたマスターは男に飛び掛かるが、男は軽く避けて押し返し、マスターは床に勢いよく腰を打った。
「ぐぬっ!?」
「マスター!?」
「貴様よくも!!」
ギルド員がマスターに駆け寄り、他の者達が剣を抜こうとした。
流石にマズイと、アーロンが皆を止めようとした時だった。
「た、大変ですぅ~!? 他のダンジョンに行った方々の『命の水晶』の光が消えてしまってますぅ~!?」
「なっ、なんだと……!?」
奥の部屋から出て来た別の受付嬢の言葉に周囲はざわつき始め、マスターも他の者から肩を借りて立ち上がった。
それを確認したアーロンは、受付嬢へ場所を問いかけた。
「……どこのダンジョンだ?」
「それが二つありまして! A級ダンジョン『月下の轟谷』と、同じくA級ダンジョン『凍土の魔天河』です! 人数は各3名です!」
「ば、馬鹿な……どうなっているんだ!? 最近、多過ぎている……!」
マスターは驚きのあまり言葉がそれ以上は出ないが、アーロンも同感だった。
幾ら難易度が高いとはいえ、前の時とは違ってランクに合ったダンジョンの筈だと。
――何なんだ。一体、何が起こっているんだ?
彼は何故そうなったのか考えるが、すぐ頭を切り替えた。
そして救出に行こうとした時だ。
ギルド内に笑い声が響き渡る。
「ハーハッハッハッ! これは傑作だ! どうやら貴方達は私達に構っている場合では無いようですね? 名前だけは聞き覚えがありますが、確か『気流の迷城』はB級ダンジョンだった筈。何なら我々の仕事をお譲りしましょうか?――A級ダンジョン二つの攻略をした後にでもね?」
無理だ。アーロンは脳裏に、そう結論が過った。
今朝は勇者救出でS級ダンジョンに行って消耗している。
そんな状態でA級ダンジョン二つに向かえば、B級の方は絶対に間に合わない。
逆もまた同じ。目の前の者達にA級は無理であり、自身が行くしかなかった。
――だがそれは、どちらかを諦めると言う事だ。
体力・時間、そのどれを考えても間に合う事はない。
見捨てなければならないのか、己の限界を理由にとアーロンの顔が僅かに下がった。
だが、その顔をすぐにあげた。
いや、そんな理由は必要がないと。そう時の為にこそ、自身が十字架を背負っているんだと。
アーロンは向かう決心を決めた。
「分かった、その依頼を受け――」
「分かった! B級の方は任せる……金も追加で払ってやる!」
アーロンが受けようとした時、それを遮ったのはマスターだった。
そしてマスターの言葉にザクマは嫌な笑みを浮かべ、手を叩きながら頷く。
「交渉は成立……では書類も受け取って行きますよ」
「最初から素直になればいいものをよ!」
「ダッサ!――ペッ」
ぶつくさ言いながら『慈悲の終言』の者達は出て行った。
その最中、アーロンの鎧にツバを吐いて行ったが、彼にとって、そんな些細な事はどうでも良かった。
自身もすぐにダンジョンに向かおうと決める中、ザクマが横を通り過ぎ間際に呟いた。
「まぁ貴方と仕事したいとは思っているんですが……
「……そうだな」
――十字架。
アーロンが師匠から譲り受けた仕込み盾『クロスライフ』の様に、十字架が刻まれた武器の事を指していた。
これがアーロン達――救出屋の証。自らも十字架を常に背負っているという戒めだった。
『日頃から背負ってねぇ奴は、いざって時にも背負う事は出来ねんだよ』
アーロンの脳裏に師匠の言葉が過った間にザクマ達は出て行き、彼の目の前には申し訳なさそうな顔のマスター達が残った。
だが、そんな顔をする理由はないと、気付けば彼が逆に頭を下げていた。
「……すまない、俺の力不足だ」
「っ!? お前が謝る事じゃないぞアーロン!」
マスターが逆にやめてくれと、彼の行動を止めた。
逆に気を使わせたてしまったなと、アーロンは顔を上げ、詳細を聞こうとした時だ。
「良いしょ! 良いしょ! 良し! 綺麗になりましたよ!」
――鎧を誰かが拭いてくれている?
「……君は?」
アーロンは鎧を拭かれている事に気付いて、顔を横に向けると、背伸びしてツバが付いた鎧を、ハンカチで拭いている少女がいた。
黒髪のポニーテールで、動きやすそうな生地の少ない黒装束。
少なくともギルドでは見た事のない少女にアーロンは名を聞くと、その子は背筋を伸ばして挨拶してきた。
「初めまして! 私はサツキとお申します! つい先日に『慈悲の終言』に雇われたくノ一です!」
「くノ一? 確か一部の地域に住んでいる特殊なレンジャーだったな」
無邪気な笑顔を向ける少女――サツキに対し、アーロンは昔、似た様な人達も助けた事があるのを思い出した。
閉鎖的ではないが、情報を色々と規制している特殊な者達――忍。
まさか『慈悲の終言』に参加していたとは、アーロンは少し意外だった。
「……『慈悲の終言』か。だが君は行かなくて良いのか?」
「行かなきゃダメですけど、私はアーロンさんに会いたかったんです!――昔、父様をアーロンさんに助けてもらった事があるので、そのお礼をずっと言いたかったんです!」
――どうやら俺は少なからず、彼女と繋がりがあったらしい。
人懐っこい笑みと柔らかな雰囲気の彼女。
そんなサツキの様子に、当初は警戒していたギルドの者達も雰囲気が柔らかくなっていた。
「ところで……何故君は『慈悲の終言』に参加しているんだい? くノ一……つまりは忍だが、彼等は優秀だと言う話だが?」
サツキにそう聞いたのはマスターだった。
テレサ達、受付嬢から腰に薬を塗ってもらいながら聞くと、その言葉にサツキは少し複雑な表情を浮かべる。
「実は……私、アーロンさんに憧れて救出屋になろうと決めたんです! でも周囲には救出屋がいないかったので、だったら似た経験でもと思って雇ってもらったのが……」
「あの連中と言う事か……」
基本的に救出屋は弟子入りし、師匠から色々と学ばせてもらうのが普通の流れだ。
だが救出屋が周囲にいなかった彼女は、取り敢えず『慈悲の終言』に入ってしまったらしい。
ただ彼女の顔には後悔していると描かれていた。
「なんか……違います、あそこは。救出屋さんは、自分の命を省みずに手を差し伸べてくれたのに。あそこは利益ばっかりで、変に思っているメンバーも多いです」
「典型的な上の者達ばかりが得をしている組織か……」
アーロンは絵に描いた様な連中に思わず笑いそうになるが、それを呑み込む。
そして掃除を終えたサツキは、彼とマスター達に一礼した。
「本当はアーロンさんに色々と話しがあったんですが、まずは一度受けた任務を果たしてからです!――という訳で行ってきます!」
「――待て」
アーロンの胸に、説明の付かないざわつきが過る。
虫の知らせなのか、アーロンはサツキへ思わず呼び止める。
「はい?」
サツキも呼び止められたことで足を止め、首を傾げながらアーロンを見る。
そして彼も、ゆっくりと口を開いた。
「――己の命を優先せよ。汝が死ねば、誰が魂を連れ戻す?」
「それって……」
「救出屋の言葉だ……助ける為に、己の命を守れと言う事だ。――決して油断はするな、。異変を感じれば、ランクに関係なく警戒しろ」
「……はい! 胸に刻みました!」
そう言ってサツキは元気よく飛び出していき、あの明るさにマスター達も、まるで仲間を見送る様な目で見守っていた。
「――さて、俺も行くか」
サツキに出会えたことで少し
疲れを忘れたアーロンは、救出屋としての使命の為、二つのダンジョンへと向かうのだった。
♦♦♦♦
あれから数時間。月が完全に昇った頃にアーロンは街に戻って来た。
無論、対象の者達が入った棺と共に。
「良かった! 良かった!!」
「もう! 心配させて!!」
無事にダンジョンから6名を救出し、彼等は教会で全員生き返ったばかりだ。
今はアーロンの目の前で、家族と泣きながら抱擁をしている。
時折だが、家族と一緒にアーロンへ頭を下げて来るのに彼も応えていたが、アーロンは不意にサツキの事を思い出す。
「『気流の迷城』ならば、もうとっくに帰っている筈だな」
既に月が昇っていて完全に深夜だ。
距離からしてサツキ達も帰っているだろうと、アーロンは近くにいた神父様に聞いてみた。
「神父様……『慈悲の終言』の者達はどうでしたか?」
他はともかく、アーロンには見た感じ、サツキの実力は高く見えた。
だから、そこまでの心配はしていない。
故に処置に関しての意味で聞いたのだが、返ってきた言葉は思ってもみないものだった。
「いえ……それが彼等は
「……どういう事でしょうか?」
本来ならばあり得ない状況だと、アーロンの内心がざわめく。
距離も、難易度も、全ての条件が今の状況と矛盾している。
それを理解している事もあり神父様も、珍しく不安な表情を浮かべていた。
「分かりませぬ……私もアーロン殿が先に戻って驚いているのです。何か胸騒ぎがいたしますな」
神父様の言葉を聞き、アーロンは胸に嫌な予感を抱くが、流石にもう体力と魔力の限界だった。
取り敢えず明日の朝まで様子を見る事を選び、彼は帰宅すると鎧を脱いで、ベッドの上で意識を落とした。
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