第2話:彼の仕事は――

 アーロンが虹色の洞窟に一歩入ると、目に写ったのは虹色の鉱石に満ちた別世界だった。


 だが油断してはいけない。

 どれだけ幻想的に美しくとも、ここには強靭な魔物がいる。

 その魔物の存在もあって『神獣の巣』と呼ばれているのだ。


 実際、アーロン自身はそこまで頻繁に来ないが、このダンジョンを訪れる者は上級者は意外と多かった。


「ここの鉱石は高く売れる……やはり奥に進んだか」


 洞窟にあちこちにある鉱石だが、アーロンは所々に無理矢理に削った様な跡に気付いた。  

 どうやら訪れた四人が削ろうとした様だ。

 

 けれども、ここの鉱石は入口に近い程に削りずらく、奥に進む程に削りやすくなっている特殊な鉱石だ。


「……それが怖い。この洞窟の魔物はからな」


 行きはよいよい、帰りは恐い。

 アーロンが探す者達は、鉱石の特徴に気付いてしまい、そのまま奥に行ってしまった様だ。


「……急ぐか」


 彼は、出来るだけ急いで洞窟の奥へと進んで行った。

 洞窟内の構造は何度か来て知っている。

 何より、この洞窟は一本道だから迷うことはない。


 ただ道中の、視界に映るキラキラと輝く価値の高い鉱石がアーロンを惑わそうとする。

 それが奥に進むに連れて恐ろしく見えた。

 洞窟そのものが罠で、魔物への餌として招いている様に。


「一体どこまで行ったんだ……!」


 洞窟内の中盤まで差し掛かっても4人の姿はない。

 この辺りからは魔物も出て来る筈だが、出てこない事と関係があるのかもしれない。

 

 アーロンは思わず足を止め、ある可能性へ至った。

 

「まさか最奥まで行ったのか……?」


 彼は嫌な予感を抱きながら再度進んで行くと、目の前に大きな崖の様な壁が立ちはだかる。

 その壁には古くなった梯子が設置され、周囲にも真新しい削られた鉱石がある。


「ここを登ったか……!」


 まずい、いよいよ生存の可能性が低くなると、アーロンは焦った。

 ここでは彼の転移魔法も大きな制限があり、最奥へ最速で向かう事は叶わない。 


 なぜならば、各ダンジョンには魔力の波があり、転移魔法も中から外なら可能だが、外から中には転移出来ないのだ。


――頼むから


 アーロンは急いで奥に向かおうと、梯子を上り始めた。


 しかし装備の重量もあり、古い梯子がギシギシと不安な音を立てる。

 頼むから今だけは耐えてくれと、彼は内心で祈りながら、ようやく頂上に着いた時だった。


「ぐおぉっ!?」


 梯子が折れてしまう。

 それで落ちそうなった彼は、間一髪で崖の上を掴んで難を逃れる。

 そして一気に力を入れてよじ登り、梯子があった場所を見下ろして見た。


「やってしまったが、買い替え時でもあった……新しい梯子を買って正解だったな」


 後で設置せねばと、アーロンは後の事も思い描く。

 下に散らばる残骸を見て、今は無理だと自身を納得させ、またすぐに奥へと急ぎ走り始めた。


「ここは松明も要らない。だから、どんどん奥に行ったのか……!」


 視界が明るいのは上級者にならば助かるが、不相応の者には罠でしかない。

 しかも、ここまで来る間に体力の消費も大きい筈。 

 ただアーロンは本人は、日頃から万が一に備えて鍛えていて、鎧で走っても早々疲れはしない。


――だからといって、彼が何かの教官な訳でもない。


「だからダンジョンの出入りを、もっと厳しくしろと言っていたんだ……」


 走りながらアーロンは愚痴ってしまう。

 今回の件だってそうだ。

 誰かが気付けば、防げた筈だろうと思えてならなかった。

 

 彼はそんな事を思いながら進んで行き、不意にツンとした異臭に気付いた。


「血の匂い……それに魔物の声も聞こえる」


 アーロンは背負っていたクロスライフを下ろし、それを左手で持って構えながら静かに奥に進んで行くと、巨大な広場に出た――と、同時に見つけた。

 広場の中央に倒れている若い男女の冒険者を。

 

 そして同じく、冒険者の周囲を取り囲んでいる魔物達を。 


「さて行くか……」


 ここからアーロンの仕事の始まりだ。

 多勢の魔物とは言え、彼は恐れず、怯まず、魔物達へ突っ込んで行く。


「こっちだ――こっちを見ろ!」


『!』


 周りの鉱石の様に、キラキラと輝く獣型の魔物の群れが、一斉にアーロンの方を向いた。


『ギャオォォッ!!』


 そして一匹が吼えると、一斉に掛かって来るのをアーロンはクロスライフで迎え撃ち、最初の1匹をクロスライフで正面から殴り飛ばした。


『ギャオォ!?』


 顔が潰れながら吹っ飛んだ1匹は、後方の魔物にも激突し、そのまま泡を吹いて動きを止めた。


 だが、その行動は完全に周囲の連中を怒らせた。

 だから怯まず、魔物達はアーロンへと向かっていく。

 

「そうだ、こっちに来い!」


 少しでも4人に損傷を与えない様に、そう戦う必要があるとアーロンには考えがあった。


 だから派手に動いて自身へと意識を集めていく。

 そしてクロスライフで次々に叩き潰し、盾として爪を受け、接近を許せば腰にあるオリハルコンの剣で斬り伏せる。


 そうしている内に、魔物達の数は確実に減っていた。


「しかし流石に硬いか……」


 ここの魔物は、洞窟の鉱石を餌にする偏食な魔物でもあった。だから身体も固い。

 それでもクロスライフ――そして、彼の空間魔法ならば倒せる。


「一気に決める……!」


 アーロンは腕に持ったクロスライフを前後を回転させ、その先端を魔物達へと向けた。

 クロスライフの先端に穴が開き、彼が持ち手のトリガーを引いた瞬間、杭の様に太い金属製の矢が次々と発射される。


「……空間を創れば、硬さは関係ない」


 クロスライフの仕込み武器――射撃装備。

 この中には大量の巨大な矢が内蔵されており、遠距離戦も可能としていた。

 色々と細工をしている仕込み盾。だからこそ出来る戦術だった。


 しかもアーロンは、空間魔法を発射と同時に唱えていた。

 空間魔法を纏った矢は、当たった魔物の身体に空間を作り、まるで蜂の巣の様に次々と穴を空けて貫通していった。


「――これで終わりだ」 


 アーロンは最後の1匹も撃ち抜くと、クロスライフの側面を僅かに開き、異次元庫の開いた。

 そこから金属製の矢を大量に流す様にクロスライフへ装填し、それを終えてアーロンは、やっとクロスライフを降ろす事が出来た。


「――さて次だ」


 彼は素早く仕事に取り掛かろうと、倒れた4人の下へと向かう。

 戦士・武道家・魔術師・狩人の男女だ。


「この4人で間違いないなさそうだ」


 アーロンは4人の首にあるタグを見て、それがギルドの一員でもある事を理解する。

 

 ただ、脅威を消しても4人が目を覚ます素振りはなかった。


 爪で切れたり、鉱石に叩き付けられたのか、血の海に沈んでいる者もいる。

 アーロンは一応、脈を計ってみるが、やはり4人共死んでいた。


「……だが良かった。だ」


 ハッキリ言えば、死んでいた事はアーロンも、ギルドにいた時から分かっていた事だ。

 タグに『命の水晶』が埋め込まれ、破片の持ち主が死ぬと輝きを消える仕組みになっているからだ。


 それでもアーロンが急いだ理由は、遺体の損傷を防ぐ為にある。 


「……早速、始めるか」


 彼はすぐに仕事に取り掛かった。

 まずは異次元庫からポーションを取り出し、それをちょっとずつ傷部分に掛けて再生させる。


 その後に管を使って肺に入らない様に体内に入れて内部も修復。

 次に、教会で買った聖水を4人の身体へと降り注いで掛けた。


「これで肉体が腐敗する事はない」


 教会の聖水には女神の加護が宿っている。

 だから降り注げば遺体の腐敗を防ぎ、ちょっとした魔物除けにもなるから、彼の仕事には欠かせないアイテムだ。


 しかしアーロンの仕事は、これで終わりじゃない。


「……次は棺だ」


 異次元庫から教会で購入した棺を4つ取り出し、アーロンは蓋を開け、4人をそれぞれ丁寧に収める。


 その途中、血液を失っている者にはブラッドポーションを血管に刺して輸血し、適量で整えて最後に棺の蓋を閉じた。


――その動きは手慣れている。だがアーロンは医者ではない。


「よし、まずはこれで良い……」


 4つ並んだ棺を見て、アーロン肩の力を抜きそうになるが持ち直す。

 次に、これを運ばねばならないからだ。  


 ――気を抜くのはまだ先だ。

 

 だが棺の下に車輪が付いているので運ぶ負担は小さい。

 アーロンは棺同士を鎖で繋いでいき、先頭のを少し長めに伸ばし、それを手に持って準備を終わらせた。

 

「――後は転移魔法で帰って教会に行けば完了だ」


 帰りは転移魔法で教会の前に直接、出れる。

 洞窟を棺を持って逆走する必要が無いのが救いで、アーロンが転移魔法を唱えようとした時だ。 


『ギャオォォォォンッ!!』


 大気を揺るがす程の咆哮が、洞窟へと響き渡った。


「来たか……!」


 どのダンジョンにも言える事だ。

 ダンジョン内の魔力の影響を受け、変異する個体が必ずいる。


 このダンジョンも、その例外ではない。  

 アーロンが振り向かずとも分かる威圧感。だが振り返えなければ死ぬ存在。


「来たか、大型変異種……」


 振り返ったアーロンの視界全体に写る、大型の魔物――レジェンドファング。

 その姿は、さっき倒した魔物の輝きと大きさを数倍にした姿で、怒りの形相でアーロンを見下ろして吼えた。


――言葉通り、この広場が奴の巣だったか。


「……仕事の邪魔をするな」


 この4人には、待っている者達がいると、アーロンがクロスライフを握る手が強くなる。

 だから自身が送り届けなければならないのだ。

 それを邪魔するなら、A級ダンジョンの大型でも容赦はしないと、アーロンは構える。


 何より、大型種は特殊な魔力波を流している。

 だから転移魔法も乱れて、これが近くにいる限り、洞窟の外に転移ができないのだ。


「邪魔者の排除。それもだ」


 彼は仕事を遂行する為に構え、レジェンドファングと対峙した。


――だが別に、アーロンは魔物狩りではない。


 ただ仕事の都合上、出会ったら避けては通れないだけだ。

 それは相手も理解しているのだろう。低く唸りながら腰を低くし、構えている。


『ギャオォォォォン!』


 そして向こうが飛び掛かってきた瞬間、アーロンは異次元庫から一つの瓶を取り出した。

 中身はを放つ濁った液体だ。

 彼はそれを、レジェンドファングに瓶ごと投げつけた。

 

『ギャオォォン!?』


 それは見事に奴の顔に命中し、割れた瓶から漏れた液体を被ると、魔物は苦しむ様に暴れ始めた。

 当然だった。それを浴びた魔物の顔は溶ける様に水蒸気を出し、顔を溶かしていたから。


――ここの鉱石には、もう一つ特徴がある。それをアーロンは知っている。


 それはを掛けると、特殊な反応をして溶けるという事だ。

 その液体こそ、アーロンが投げた瓶の中身。


「……尿。近々、補充しなければ」


 これが一番良く効くと、アーロン自身の経験の答えだった。

 彼は鉱石を餌にしていた先程の魔物も、例外なく長年、色々と試したりしたが、ドラゴンの尿が効くと結論を出したのだ。


――だが別に、彼は学者ではない。


 知識があれば効率良い。

 そして安全に仕事が出来るから学び、試しているだけだ。


『グルルルル……!』


 しかし魔物も懲りないものだと、アーロンは呆れていた。

 顔が火傷した様に歪んでいるが、それでも自身への敵意を緩めていない。

 怒りの眼光でアーロンを捉え、未だに唸り声をあげて隙を伺っている。


「……逃げずに仕事の邪魔をする、お前が悪い」


 彼の仕事は別に、絶対に魔物を倒さなければならない訳じゃない。  

 このレジェンドファングが、そのまま逃げても追う事はしないが、襲ってくるなら話は別なだけ。


「来い……!」


 クロスライフの持ち手を左腕で握り直したアーロンは、奴を迎え撃つように腰を低くして構えた。

 それを見て向こうも正面から挑むらしく、そのままアーロン目掛けて突撃。

 それに対し、彼はタイミングを見計らい、クロスライフをレジェンドファングの鼻へと叩き込む。


『ギャッ!?』


 叩き込んだ瞬間、奴の脆くなった顔が砕けて大きく怯んだ。

 その隙を狙い、アーロンは発射口に時空魔法を込め、奴の顔へ次々に撃ち込んだ。


『――!』


 空間魔法により皮膚で防ぐ事も、巨体で威力を落とす事も出来ずに穴が増えていくレジェンドファング。

 だが奴の生命力の高さ、それは本物だった。 


 穴から出血しながらもアーロンを殺そうと突っ込んで来る。

 それを見てアーロンは飛び上がり、落下を利用しクロスライフの渾身の一撃を顔へ再度叩き込んだ。


『!』

 

 その瞬間、周囲の張りつめた空気が消えた。

 同時にレジェンドファングも顔が完全に砕けて絶命し、その巨体が崩れ落ちた。

 

 その砕けた身体は本来なら貴重な素材。誰もが迷わず回収するだろう。


「……よし、行くか」


――だがアーロンは、別に冒険者じゃない。


 レジェンドファングの素材には目もくれず、クロスライフを背負っていた。

 そしてアーロンは棺に結んだ鎖を掴み、今度こそ転移魔法を発動して棺を引っ張りながら入って行った。


――目的地は街の教会だ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る