第1話:彼の仕事の下準備

 この世界には魔物がいる。ダンジョンもある。魔王もいるらしい。

 この世界には戦士や魔法使いもいる。ギルドもある。勇者もいるらしい。

 その他にも鍛冶屋、アイテム屋、普通の市民、兵士や国王だっている。


――だが彼は――兜で素顔を隠す男・アーロン・リタンマンはどれでもない。


 だが無職でもない。ちゃんと職に就いている男だ。


 依頼してくる者も農民から都会の町人を始め、ギルドや貴族、挙句には国王からもあるぐらいに繁盛している。


「……鍛冶屋に武器防具の受け取り、アイテム屋でも買い物しなければ」


 だから彼の仕事の準備は大切だ。

 儲かっているが、その仕事は命賭けの仕事だから。

 生き残る為に彼は街に出て、まずは鍛冶屋へ向かった。


「お~い! アーロン! 頼まれていた武器と防具の整備終わってるぞ!」


 鍛冶屋の店主と話し、彼は預けていた武器と防具を受け取る。

 その装備は、彼の仕事道具で、命を預ける相棒だ。


――だが彼は兵士でも傭兵でも、そして冒険者でもない。


「今日は他に何かあるのか? 色々と入荷しているぞ?」


 彼自身が、ここの店主と付き合いが長く、こうやって優先的に品を流してくれるから助かっていた。

 その日頃の感謝を込めて、彼は店主へと頭を下げる。


「すまんな店主、いつも助かってる」


「なぁに! 助かってるのはお互い様だ! お前がいるから皆は助かってるし、俺の息子も生きてるんだからよ」


 店主は、彼の仕事に好意的だった。

 それは昔、店主の息子さんを彼が仕事で助けた事があり、それで信頼関係を得ていた。

 だから店主が準備してくれる道具は全て、質が良い。


「じゃあ……かぎ爪ロープを3、ミスリルのバックラーを1、あと鉄製の杭サイズの矢を40本に、ナイフも20本頼む」


「おう毎度! どうする? お前の店に届けておくか?」


「いや、ここで受け取る」


 彼はそう言って手を翳し、自身の持つ固有魔法を唱えた。


「空間魔法――『異次元庫』」


 彼の目の前に、時空の穴が開いた。

 これは彼の固有魔法の一つ<空間魔法>によるものだった。

 魔法で作った特殊な空間の穴の中へ、彼は買った物を次々に入れていく。


「良いなお前の魔法は……買い物カゴ要らずだもんな」


「こう見えて扱いは難しい。――だが、この魔法のお陰で俺は今の仕事を続けられる」


 そう言って買った物入れ終えると空間を閉じ、アーロンは店主に代金の詰まった袋を手渡した。

 

「代金だ」


「ありがたいな、お前は。お前だけさ、いつもツケ無しで払ってくれんのは」


 店主はそう言って、彼からの代金が詰まった袋を嬉しそうに受け取った。

 

「じゃあ俺は行く。アイテム屋に教会も寄らければならない」


「そうか、次ゆっくり出来る時は言えよ? 茶や菓子ぐらい出すからよ」


 そう言って店主と別れたアーロンは、次にアイテム屋へと向かう。


「あらぁ! アーロンさんいらっしゃい!」


 歓迎のムードで出迎えてくれたのは、赤いポニーテールが特徴のアイテム屋の女性店主マキだった。


「……マキ、早速だがアイテムを見せてくれ」


「ふぅ、相変わらずの仕事人間ね? 少し世間話とかお茶とか誘ってくれないの?」


 マキは愚痴の様に言ってくるが、彼が忙しいのも理解している。

 だから、アイテムをすぐに見せてくれた。

 ポーション、エーテル、毒消しに魔物除けのお香。

 どれも彼には、幾つあっても足りないぐらいで、毎度大量に購入していた。


――だがアーロンは別に、商人ではない。


「いつものと……ロープにフライパン。そうだ簡易爆弾もない。あと新しいテントも欲しい」


――色々と買っているが、彼は別に料理人でもないし、トレジャーハンターでもありません。


「ハイハイ、すぐに準備するから出した奴から入れちゃいなさい」


 マキはアーロン自身の仕事を理解しているので、スムーズに買い物をさせてくれる。

 彼女が出す品を、お言葉に甘えて次々と異次元庫に放り込み、最後に彼は代金を支払った。


「まいどあり。本当は少し話ぐらい付き合って欲しいけど、今日は忙しいのよね?――でも、次はせめてお茶ぐらい付き合ってよね?」


「あぁ、そうさせてもらう」


 手を振るマキと別れた俺は次に教会へ――


「――しまった……がもうないのか」


 彼は不意に思い出す。不覚だ、看板を全部使ったのを忘れていたと。

 緊急の仕事が入る可能性がある中、アーロン急がねばと走りだした。


「すぐに木工ギルドに行かなければ……!」


 彼は目的地を変更し、木工ギルドへと向かう為、街の中を走る。

 

「どうしたアーロン急ぎか?」


 到着すると受付の木工ギルドの若い青年――モックが彼の様子を察してくれた。


「……あぁ、すまんがいつのも看板を頼む」


「わ、分かった! すぐ準備するよ!」


 アーロンの仕事を知っている人は対応が早い。

 そして彼も、ありがたいと思っている。

 

――だが彼は整備屋でも大工でもない。


「準備できたぞアーロン!」


 若い衆や熟練の職人の人達も手伝って、大量の矢印の板が付いた看板を、アーロンの為に持って来てくれた。

 彼は申し訳ないと思う反面、ありがたいという気持ちを抱く。

 そのまま自身の異次元庫へ入れてもらい、ついでに梯子も買う。


――だがそれでも彼は大工じゃない。そして修理屋でもない。


「代金はこれだ。そして、すまんがもう行く」


「お、おう! 頑張れよ!」


「また来いよ坊主!」


 木工ギルドの人達の暖かい言葉を背に、彼は急いで教会へと向かう。


「おやおやアーロン殿、随分とお疲れの様ですが……」


「大丈夫ですか……?」


 アーロンは走って教会まで来た。

 だが息は乱してない。

 額に汗を流しているだけだが、神父様達には辛そうに見えたらしい。


「問題ない」


 高齢の熟練の神父様と、若いが正しい心を持っているシスターに出迎えてもらった彼は、さっそく要件を伝えた。


「すまないが、聖水を瓶で30個、ロザリオを10……あと棺を20頼む」


――こんな物も買っているが、彼は別に聖職者でもなければ葬儀屋でもない。


「分かりました……すぐに他の者達に用意させましょう」


 神父様は頷くと若い人達に頼み、彼は他の人達に手伝ってもらって異次元庫に入れていく。

 これで仕事の準備が終わる。何が起こっても対応できると彼は安心した。

 そう思っていたが、そんなアーロンに神父様が近付いて来る。


「アーロン殿、今日の予定はどうなのですか?」


 それは、忘れてはいけない情報共有だ。

 彼の仕事に神父様の協力が不可欠だから。


「いえ、今日まだ予定はありません。ですが、いつ依頼が来ても――」


 彼が神父様に状況を伝えていた時だ。

 教会の扉が勢いよく開き、女性が一人で入って来たようだ。

 入って来たのは、整った服を着た小柄な女性だ。


「ア、アーロンさんはいらっしゃいますか!?」


 慌てた様子で入って来たのは、ギルドの受付嬢――テレサだった。

 彼女はアーロンを探している様で、どうやら仕事が来たかもしれないと彼も頭を切り替える。

 そして彼女が彼の姿を見付けると、ホッとした様子で近付いて来る。


「アーロンさん! よ、良かった……ここにいらしたんですね!」

 

「落ち着け、一体なにがあった?」


「依頼です! しかも緊急の!」 


 どうやら彼の勘は冴えている様だ。

 そして仕事が起こった以上、アーロンは神父様の方を見る。


「……神父様」


「えぇ、分かっております……私共も準備をしておきましょう」


 神父様もまた、伊達に長い間この街で神父を務めていない。

 彼は冷静に周囲のシスターや牧師に指示を出し始め、それを見てアーロンも安心できた様だ。

 

 顔をテレサの方へ向き、まずはどこへ行けば良いか聞いた。 


「場所はギルドか?」


「はい! すぐにご案内します!」


 幸運にも教会とギルドは近い位置にある。

 これならば走った方が良いと、アーロンはテレサを担ぎ、共にギルドへと急いだ。


「わぁぁ~!! せめてお姫様だっこでぇぇぇ~!!?」


 米俵を担ぐように持ったのは駄目だった様だ。

 彼女は恥ずかしそうに抗議している。


 だが忙しいのもあって彼は無視し、全力でギルドへと走り続けた。 

 その間、ずっとテレサは叫び続ける事となっても。


♦♦♦♦


 アーロンがギルドに着くと、すぐ奥の会議室へと通された。

 そこにはギルドマスターを始め、所属する各冒険者が集まっていた。

 

 そしてギルドマスター達は彼が入って来ると、待っていた様に安心した表情で出迎えてくれた。


「おぉ! アーロン待っていたぞ!」


 整った服とチョビ髭が特徴なギルドマスター――通称マスターは、すぐにアーロンへ駆け寄って来る。


「それで事態はどうなってる?」


「……まずはこれを見てくれ」


 そう言ってマスターはをテーブルへと並べて見せた。

 アーロンも水晶を見てみると、本来は光っているである筈の水晶の光。それが完全に消えていた。


 何てことだ、既に消えていてしかも4つ。つまり――


 アーロンはその意味を理解し、何とも言えない気分となる。


……一体どこのダンジョンだ?」


「それは……『神獣の巣』なんだ」


 彼はそれを聞いて驚いてみせた。

 そこはギルドが推定している難易度の中で、上級である【A級ダンジョン】に指定されている場所だった。


 ベテランでも入る事が制限される、その場所は魔物達が強靭な強さを持っており、並みの冒険者ではゴミ同然に殺されてしまう様な場所だ。


「その4人のランクは?」


「……銀一人と、銅が三人だ」


 ありえない、彼は内心で呆れを通り越して怒りを抱いた。


 どうなったらそうなるのだと、アーロンは冷静でいられない。


 ランクは簡単に表すならば冒険者のランク。銀は中級、銅は下級を意味していた。

 だがA級ダンジョンならば上級の金。そして最上級の白金クラスが一人は必要とされていた。


「何があった? なんで彼等がA級ダンジョンに?」


「恐らくだが……」


 そう言ってマスターや周囲の冒険者達の視線の先は、軽装鎧を着た一人の青年冒険者へ向けられる。

 アーロンも、その冒険者を見るが、その者は見覚えのある冒険者で、ギルド内でも悪い意味で有名な男だった。


「またお前か……ショウ?」


 この青年冒険者――ショウは、金目の物があるが危険なダンジョンへ、適当な冒険者を行かせて確認させる事で有名だった。

 何も知らない冒険者を騙し、安全か確認させ、無事なら自身も、死んだらならば自身は知らぬ存ぜぬ。


 それで何度も降格させられた筈だが、一切懲りた様子はないようだ。

 

「へっ? い、いや俺は知らねぇよ~?」


 そう言って口笛を吹いて誤魔化すショウを見て、周囲はイラついた様にピリピリしていた。

 だが彼は、今は馬鹿に構っている場合ではないと無視を選ぶ。


「すぐに準備をして行ってくる」


「あ、あぁ! 頼む!」


 マスターは、ギルドの仲間を家族の様に思っていた。

 勿論、それはショウも含まれていたが、その甘さが今回を招いてしまった。

 それを自覚している。だから藁にも縋る様な悲痛の表情でアーロンへ頼み、彼も期待に応えようと、異次元庫から鍛冶屋で受け取った装備を取り出し、急いで装備する。


――そして忘れてはならないのが、だ。


 アーロンは異次元庫から、相棒とも呼べる得物を取り出した。

 それは一言で現すなら、正面に十字架と女神が刻まれた『棺』だったが、それは棺にしては若干小さい。

 そう。これは棺のデザインした盾だった――しかも仕込み盾だ。


 十字架と女神を刻みし棺盾――『クロスライフ』 


 これは彼が“師匠”から譲り受けた相棒であり、仕事としての自身の証である。

 身の丈程ある盾にしては、並みの盾より厚いクロスライフを背負い、アーロンは会議室を出た。


 すると、フル装備した彼を見て、ギルド内の冒険者達が驚き、思わず声をあげた。


「おぉ……! ス、スゲェ!」


「あれ全部オリハルコン製かよ……!」


「そして背中の棺が……あの人の通り名の――」


 アーロンは、周囲から尊敬や憧れの視線に気付いている。

 ただし、彼はそんなものには興味がなく、それで気分を良くするとかなかった。


 アーロンの頭にあるのは、ダンジョンにいる4人の事だけだ。

 例え、どれだけ冒険者達から敬われても。


――だが彼は別に歴戦の冒険者でも、ましてや勇者でもない。


「それじゃ……行ってくる」


 彼は皆にそう言って、自身が持つを唱えた。


「発動――! 転移先は『神獣の巣』へ!」


 そう唱えると、アーロンの目の前の時空が裂け、白い靄の入口が現れた。

 これが彼が産まれ持った固有スキルであり、自身も認める自慢の魔法だった。


――けれど、だからといってアーロンは偉大なる魔法使いという訳でもない。


 彼は、その入口へと入って行くと、その姿が消えると次元の裂け目も消えた。

 そしてアーロンが次に立っていた場所は、街のギルドではなく、虹色に輝く洞窟の入口――


「神獣の巣か」


 彼は久し振りに来たダンジョンを見上げな、足を止めずに洞窟の中へと入って行った。

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