第2章:影

次に目を開けたら、そこは海の底だった。


冷たい水が、肌にまとわりついている。青い闇の中に、無数の影がうごめいている。細かい泡がふわふわと浮かび上がり、視界を曇らせる。この光景を、もう何度も見たことがある気がした。毎晩のように、夢の中で訪れる同じ場所だ。巨大な影の生き物たちが、ゆっくりとした動きで僕の周りを泳ぎ去っていく。その形ははっきりとは分からない。ただ、どこか不安を感じさせる奇妙な存在感があった。いつもなら、ここで目が覚めるのだ。


しかし、今回は違った。影が次第に大きくなり、渦を巻くように僕を囲み始める。僕の体はこわばり、動けなくなる。息はできているが、それがかえって不思議な感覚だ。現実と夢の境界線が曖昧になり、どこにいるのか、何をしているのかが分からなくなっていく。


僕はゆっくりと足を動かしてみた。体がふわりと浮き上がる。まるで重力がないかのようだ。足をゆっくりバタバタさせて前に進む。水の抵抗を感じながら、ただ、体が少しずつ前へ進んでいくのが分かる。


遠くに人影が見えた。黒い半ズボンだけを履き、スキンヘッドの男がギターを抱えている。水中にいるというのに、まるで日光浴でもしているかのように、悠然と立っている。彼の指先が弦を弾き、その音が静かに響き渡る。音楽が水を通して、まるで空気のように漂い、僕の心の深いところをノックするような感覚を覚えた。


「おい、大丈夫か?」


声をかけると、黒い半ズボンしか履いていないスキンヘッドの男はゆっくりと振り返り、焦点の定まらない目で僕を見た。何も言わずに手招きする。僕は躊躇しながらも、彼の方へゆっくりと近づいていった。そして、黒い半ズボンしか履いていないスキンヘッドの男が伸ばした手が僕の肩に触れた瞬間、電気が「ビリッ」と走ったような感覚が全身を貫いた。水の中で火花が散ったかのように視界が白くなり、体が軽く浮き上がるような気がした。彼の手の冷たさと、その奥に潜む奇妙な力。僕は息を止めた。


「ここはどこだ?」


黒い半ズボンしか履いていないスキンヘッドの男は、にやりと笑いながらギターを軽く弾いた。


「ここは深海の底『影の世界』さ。 おまえのように迷い込んできた者たちが集まる場所だ。 みんな、何かを抱えている」


「何かを…抱えている?」


僕は問い返す。


「まあ、見ていればわかるさ。 ついてきな」


黒い半ズボンしか履いていないスキンヘッドの男はそう言って、ギターを片手に持ったまま、ゆっくりと水中を進み始めた。僕もその後を追いかけるように、足をバタバタさせて進む。水中を泳ぐようにして進むと、体がふわりと浮かび、まるで空中を歩いているような感覚になる。


「どこへ向かってるんだ?」


「秘密の場所さ。 死んだ人と繋がれる特別な場所だ。 おまえみたいに未練を抱えた人間には、ちょうどいい場所かもしれない」


——死んだ人? まさか、由美のことか?


胸の奥がざわつく。けれど、黒い半ズボンしか履いていないスキンヘッドの男の言葉を否定することもできなかった。彼に従って進むうちに、突然、暗闇の中に一つの光の点が現れた。その点は次第に大きくなり、目の前に広がっていく。


「さあ、ここだ」

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