井上高志 第7話
陽介が真っ青な顔で「いろは坂ってこんなに辛いって聞いてないぞ」と弱音を吐く。最初はジェットコースター気分を味わっていたみんなの笑顔も、何度目か分からないヘアピンカーブを曲がり、陽介と同じようにだんだんと蒼白気味になってきている。隣に座る陽介はどうにかして新鮮な空気を吸おうと、真冬なのに車窓から顔を出している。
僕は「お菓子でも食べれば?」と提案したけど、陽介は顔を出したまま「部屋で食べる用に残しておいているんだ」と頑なに拒否する。けれども、僕の隣で吐かれては困るし、ビュウビュウとバスの中に吹き込む風があまりにも冷たいので、僕は自分で持ってきていた種抜きの梅干し菓子を陽介に食べさせる。通路を挟んで僕の隣に座る麻理も、陽介ほどではないが、額を前の座席に付けていてだいぶ苦しそうだ。
「東照宮まであと十五分くらいだ!みんな頑張れ!」
最前列にいる先生が声を掛けるも、みんな返事をする元気はない。
「これじゃあ昼飯食えねえかも」と陽介が残念そうに呟いた。
バスを降りてからレストランに入るまでの陽介は、ちょっとでも背中をさすったら吐きそうな表情をしていた。しかし、カレーライスを一口運ぶとみるみる顔色が戻り、夢中になってカレーライスをかき込んだ。復調していなかった麻理のカレーライスも代わりに食べ、満足そうに笑顔を浮かべた。
レストランを後にした僕らは日光東照宮に向かった。陽介が「腹痛え」と愚痴をこぼしていたが、僕と麻理が手を引きながら石段を何とか登り切ることができた。
歴史の教科書でお馴染みの猿たちの絵を眺めていると、煌びやかな拝殿の前にある陽明門のところで一組の生徒たちが集まっていた。鼻の下に髭を蓄えたカメラマンがテキパキと指示を出し、生徒たちが三列に並んでいく。
一組の撮影が終わると、二組が一組の並びを参考にし、わらわらと並んでいく。僕たち三組も二組が待機していた場所に移動する。
「おい、公太いるぞ」と陽介が麻理を肘で小突く。
「やめてよ。いつの話してんのよ」
「はーいこっち見てねー」とカメラマンの声が響く。
僕は無意識にトモちゃんを探していた。
「はいチーズ!」
トモちゃんは二列目でピースサインを作っていて、その四つ隣には公太が隣の人と肩を組んでいた。トモちゃんは、濃い青色のロングスカートを履いていて、肌も白く、背中まで隠れる髪がとても大人っぽく見えた。活発なサッカー少女というイメージはもうどこにも感じられなかった。
写真を撮り終え、友達と話しながら移動するトモちゃんの姿を目で追っていると、不意に振り向いたトモちゃんと目が合った。僕は慌てて視線を外し、陽介と一緒に三列目に並んだ。
拝殿の中と徳川家康が祀られているお墓を見た後、班別の自由行動の時間になった。自由行動と言っても、近くの神社くらいしか行動範囲がなく、時間も一時間くらいしかないので、他の班と同じ行動になってしまう。
僕たちは日光二荒山神社という日光東照宮から徒歩五分の神社に向かった。ここは縁結びの神社として有名らしく、境内の売店では縁結びにちなんだお守りやおみくじが売られている。何人かの女子は、是非とも縁結びの神様にあやかろうと、ハートが描かれたピンク色の絵馬を買い、油性ペンを走らせていた。
「麻理も書いとけよ」と陽介が麻理に言った。
しかし、麻理は陽介の言葉は聞かなかったことにして、神社の方にズンズンと進んで行った。
境内の観光スポットを一通り見終わった僕たちは、再び日光東照宮の方に戻る砂利道に歩を進めた。僕はふと国道から日光二荒山神社へと続く石段に目を向けた。すると、石段の中腹あたりにトモちゃんが石段を囲む外壁の前で屈み、両手を合わせて何かを拝んでいるようだった。真剣で端麗な横顔に僕は見入ってしまっていた。
声を掛けるかどうか悩んでいると、「高志ー。置いてくぞー」と陽介が遠くの方で僕を呼んだ。
僕は陽介たちの方を見て「今行く!」と伝え、もう一度トモちゃんの方に視線を戻した。
幸か不幸か、トモちゃんと目が合ってしまった。
トモちゃんは屈んだまま僕をじっと見続ける。
数秒間、お互いに一歩も動かないし、視線を逸らさなかった。激しい鼓動が僕の耳に伝わる。
先に動いたのはトモちゃんだった。トモちゃんは視線を石段に向けながら、石段を一歩、また一歩とゆっくりと登ってくる。トン、トン、とその足音が僕に近づく。
何を話そうと必死に考えを巡らせ、グッと右手を握る。
「高志! 早く来いよー!」
「何してんのー?」
陽介と麻理が僕を呼んだ。
ハッと我に帰った僕は班員のもとに駆けようとした。そのとき、数段下にいたトモちゃんが「高志」と僕に声を掛けた。
「今日の夜二時、駐車場で会えるかな?」
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