井上高志 第3話

 夏休みが終わり、九月中盤だというのにまだまだ外は暑い。それにも関わらず、トモちゃんたちのグループはサッカーをしている。

「ほら高志早く、早く」と僕の出すカードを待ちわびている八田陽介の手には一枚のカードがある。お相撲さんを思わせるような大柄な体型に反して、小さくて可愛らしい手をしている。

 僕は机に置かれた赤色のカードの上に、もう一枚赤色のカードを乗せた。

 僕らはあまり運動には興味がない、というか少し苦手なので、休み時間にはカードゲームをして暇を潰している。かといって教室で白昼堂々と遊んでいたら先生に没収されるので、一階の階段裏にある薄暗いスペースを使っている。

 公太が「パス」と言うと、陽介が「あがりー」と言って黄色のカードを机に出した。

 これで僕と公太の一騎打ちだ。

 僕の手札には黄色の5、赤色の4、赤色の5、緑色のドロー2、全色対応のドロー4、の計五枚。対して向こうは手札が二枚。特殊カードあがりは出来ないので、ドロー4は早い段階で手放しておきたい。ただ、相手がドロー2を持っていないとは限らない。

 何を出そうかなと考えていると、トモちゃんが階段から顔を覗かせた。

「ね! まだ続いてる?」

 トモちゃんが僕たちの輪の中に入ってきた。こうしてトモちゃんもたまに遊びに来たりする。

「あれ、サッカーは?」と僕は訊いた。

「暑いから戻ってきちゃった。それより高志のカードはどんな感じ?」

 トモちゃんが僕のカードを覗いてきたので、僕は咄嗟にカードを隠した。

「今いいところなんだから言いふらしたりしないでね」

「分かってるよ」

 健太がずるいと言ったが、トモちゃんは構わず僕の手札を取った。

「なるほどねえ」

 そう呟いてから、トモちゃんは僕に手札を返した。

「高志、これは勝てるよ」

「そうなの?」

「公太。私がアドバイスしてもいい? 公太って強いからさ」

 公太は少し鼻をを膨らませて「いいよ」と言った。

 トモちゃんは僕との距離を更に詰め、僕の耳元で囁いた。

「ドロー4は最後まで残しておこう。その代わり、最初に5を二枚出した方がいいと思う」

 僕は言われるがまま、赤色と黄色の5を二枚出した。公太はパスし、また僕のターンとなった。手元には赤色の4、緑色のドロー2、4色対応のドロー4が残っている。

「次は?」

「うーん。緑のドロー2かな」

「ほんとに?」

「うん。きっとね」

 僕は緑色のドロー2を机に出した。

「ラッキー!」

 僕が出したカードの上に、ドロー4が置かれた。

「これで六枚ドローだ!」

 拳を突き上げて勝利を確信する公太を他所に、僕はトモちゃんの方を見た。

「さすがトモちゃんだ……これで終わりだ!」

 僕がドロー4を叩きつけると、公太は「嘘だ。負けた」と声を落とした。

「高志! やったね!」

 トモちゃんと勢いよくハイタッチし、僕の右手はピリピリと痺れた。トモちゃんと協力して得た勝利に酔いしれ、その痺れは心地良ささえ感じた。

「ずるい」

 僕とトモちゃんの間に公太の声が割り込んだ。

「どうせカンニングでもしたんだろ」

「僕は公太が何持っているかなんて聞いてないよ」

 僕が言うと、トモちゃんはうんうんと頷いた。

「じゃあ何であそこでドロー4を持ってたんだよ」

「それは公太も同じでしょ?高志が公太と同じように最後までドロー4を持っていたっていうだけ」

「まあ……そうだけどよ」

「私は思うの。切り札は最後まで取っておくもの、ってね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る